居酒屋日記・オムニバス (9)
第一話 陽子というおんな ⑨

9日、10日と経つうちに、幸作の胸がざわざわと波立ってくる。
(今日も来ねえなぁ、あの女は。なんだか少しばかり心配になって来た。
今夜も姿をみせなかったら訪ねてみるか、例のあのマンションへ・・・)
好物の煮物を仕込んで土産に持って行ってやろうと、幸作がガスのスイッチをひねる。
陽子の好物は、里芋の煮っころがしだ。
里芋のぬめりを残しながら、むっちりした粘り気のある煮っころがしに
仕上げる。それが幸作の煮っ転がしの作り方だ。
この方法にすると、少なめの調味料でしっかりした味がつく。
まず里芋の泥を、ざっと洗い流す。
皮の部分を包丁の背を使って、こそぐようにして落としていく。
皮は包丁の刃でむかない。こそぎ落とした後、泥が残っていればさっと洗う。
用意する調味料は、里芋1キロにたいして、だし汁 2カップ。みりん 大さじ1/2。
味付けとして、きび糖を大さじ2、醤油を 大さじ1杯半使う。
鍋にきび糖と醤油だけを入れて、沸騰するまで強火で煮立てる。
ぶくぶくと泡が立ってきたら里芋を入れる。
強火のまま鍋を揺すりながら、全体に色がからまるまで煮詰めていく。
里芋がしっかり色付いたら、だし汁を加える。
煮立ってきたら落とし蓋をして、中弱火でおよそ15分ほど煮ていく。
里芋に菜箸が刺さるようになったら、みりんを回し入れる。
鍋を揺すり、全体に照りが出てきたらできあがり。
最初に調味料を煮詰め、里芋に味をからめておくのがポイントだ。
少ない調味料でしっかりと味がつく。
冷めてもおいしい田舎風の煮っころがしが、これで完成する。
「それ。あたしのための煮っころがしかい、もしかして?」
とつぜん幸作の背後に、陽子があらわれた。
いつの間に入って来たのか、背後に陽子がピタリと立っている。
「あ・・・」あわてて振り返る幸作の鼻先に、なつかしい陽子の匂いが
ふわりと漂ってくる。
化粧によるものなのか、香水なのか、いまだに正体はわからない。
だがいつものように、いつもの匂いが、陽子の身体から懐かしく立ち込めてくる。
「ね、姐さん、近すぎます。胸が近すぎて、目がクラクラします・・・」
「姐さんはおよし。いつものように陽子でいいよ。
ふふふ。いいじゃないか、久しぶりだもの、このくらいの距離は」
陽子の胸が、幸作に触れるぎりぎりまで接近している。
(確信犯だ絶対に。それにこいつ、いつの間にか、胸がでっかくなっている・・・)
幸作がツンととがった陽子の胸をオロオロした目のまま、じっと見下ろす。
「触っても無駄だよ。
スポンジのパットが、入っているからね。
外出がつづいているから、見栄を張るのもいいだろうとたっぷり胸を盛ってみた。
いつものBから、Dに格上げだ。
あんた。ホントに女に不自由しているみたいだねぇ・・・
卑猥すぎるよ、いつも以上に。あたしのおっぱいを見つめる、あんたのその目が・・・」
「寂しかっただろう。あたしが10日ちかくも無断欠席したから?」
好物の煮っころがしを美味しそうにほうばりながら、陽子が目を細めて笑う。
「はい、寂しかったです。俺」などと、口が裂けても言えない。
言えば、足元を見透かされてしまう。
だが「別に・・・」などと曖昧に答えてしまうと、今度は自分を偽ることになる・・・
(10)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第一話 陽子というおんな ⑨

9日、10日と経つうちに、幸作の胸がざわざわと波立ってくる。
(今日も来ねえなぁ、あの女は。なんだか少しばかり心配になって来た。
今夜も姿をみせなかったら訪ねてみるか、例のあのマンションへ・・・)
好物の煮物を仕込んで土産に持って行ってやろうと、幸作がガスのスイッチをひねる。
陽子の好物は、里芋の煮っころがしだ。
里芋のぬめりを残しながら、むっちりした粘り気のある煮っころがしに
仕上げる。それが幸作の煮っ転がしの作り方だ。
この方法にすると、少なめの調味料でしっかりした味がつく。
まず里芋の泥を、ざっと洗い流す。
皮の部分を包丁の背を使って、こそぐようにして落としていく。
皮は包丁の刃でむかない。こそぎ落とした後、泥が残っていればさっと洗う。
用意する調味料は、里芋1キロにたいして、だし汁 2カップ。みりん 大さじ1/2。
味付けとして、きび糖を大さじ2、醤油を 大さじ1杯半使う。
鍋にきび糖と醤油だけを入れて、沸騰するまで強火で煮立てる。
ぶくぶくと泡が立ってきたら里芋を入れる。
強火のまま鍋を揺すりながら、全体に色がからまるまで煮詰めていく。
里芋がしっかり色付いたら、だし汁を加える。
煮立ってきたら落とし蓋をして、中弱火でおよそ15分ほど煮ていく。
里芋に菜箸が刺さるようになったら、みりんを回し入れる。
鍋を揺すり、全体に照りが出てきたらできあがり。
最初に調味料を煮詰め、里芋に味をからめておくのがポイントだ。
少ない調味料でしっかりと味がつく。
冷めてもおいしい田舎風の煮っころがしが、これで完成する。
「それ。あたしのための煮っころがしかい、もしかして?」
とつぜん幸作の背後に、陽子があらわれた。
いつの間に入って来たのか、背後に陽子がピタリと立っている。
「あ・・・」あわてて振り返る幸作の鼻先に、なつかしい陽子の匂いが
ふわりと漂ってくる。
化粧によるものなのか、香水なのか、いまだに正体はわからない。
だがいつものように、いつもの匂いが、陽子の身体から懐かしく立ち込めてくる。
「ね、姐さん、近すぎます。胸が近すぎて、目がクラクラします・・・」
「姐さんはおよし。いつものように陽子でいいよ。
ふふふ。いいじゃないか、久しぶりだもの、このくらいの距離は」
陽子の胸が、幸作に触れるぎりぎりまで接近している。
(確信犯だ絶対に。それにこいつ、いつの間にか、胸がでっかくなっている・・・)
幸作がツンととがった陽子の胸をオロオロした目のまま、じっと見下ろす。
「触っても無駄だよ。
スポンジのパットが、入っているからね。
外出がつづいているから、見栄を張るのもいいだろうとたっぷり胸を盛ってみた。
いつものBから、Dに格上げだ。
あんた。ホントに女に不自由しているみたいだねぇ・・・
卑猥すぎるよ、いつも以上に。あたしのおっぱいを見つめる、あんたのその目が・・・」
「寂しかっただろう。あたしが10日ちかくも無断欠席したから?」
好物の煮っころがしを美味しそうにほうばりながら、陽子が目を細めて笑う。
「はい、寂しかったです。俺」などと、口が裂けても言えない。
言えば、足元を見透かされてしまう。
だが「別に・・・」などと曖昧に答えてしまうと、今度は自分を偽ることになる・・・
(10)へつづく
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