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落合順平 作品集

現代小説の部屋。

居酒屋日記・オムニバス (15)     第二話 小悪魔と呼ばれたい ④

2016-02-23 10:00:30 | 現代小説
居酒屋日記・オムニバス (15)
    第二話 小悪魔と呼ばれたい ④




 「男なんか居ないよ。渡り歩きの鉄筋職人だからね。
 チームの平均年齢は若い。
 この間まで突っ張っていた、金髪の派手な連中も何人かいる。
 けどね。ひと夏が過ぎるころには、みんな真人間に変身しちまう。
 仕事が厳し過ぎるから、不良してた時の中途半端な根性じゃ通用しないのさ。
 全員がもうひとまわりたくましくなる。
 それが鉄筋工という世界なんだよ」



 この女から、どこからともなく、逞しさのようなものが漂ってくる。
だが、横顔を見ると普通に美しい。
このアンバランスは何処からくるのだろうと幸作が首をひねったとき、
ふらりと女鉄筋工が立ち上がった。



 「帰る。今夜はすこし呑み過ぎた。
 主任が朝からグズグズの2日酔いじゃ、若い者にしめしがつかない。
 勘定しておくれ。気分がいいから、またやって来る。
 このあたりの現場が続くから、1ヶ月くらいは此処に居るはずだ。
 いい店と知り合いになった」



 立ち上がった女鉄筋工の、足元がおぼつかない。
送っていこうかと声をかけると、「送りオオカミはまっぴらだ」といきなり女が啖呵を切る。
だがそれを口にした瞬間、女があわてて手で口元をおおう。



 「うそっ・・・あたしったら、なにを言ってんだろう。こころにもないことを。
 明日も来るから、またあたしと呑んでいただけますか。
 お世話になりましたぁ。わたしのタイプの、マス~タ~さん!」



 どうやらこの女。
大丈夫だと言いながら、いつの間にか完璧なまでに酔っぱらっていたようだ。
カラリと戸を開けて、女がヨロヨロと走り去っていく・・・



 その次の日も約束通り、鉄筋女が顔を見せた。
昨日と同じように風呂上がりの、小さっぱりとした格好であらわれた。
だが、あとから連れがやって来るような気配が有る。
カウンター席に座らず、いちばん端のテーブル席にどんと腰をおろした。



 ほどなく連れがあらわれた。いずれも見覚えがある。
同じ現場で働いている、若い衆と思われる2人だ。
「おっ、なかなかいい店を見つけやしたねぇアネゴ。遠慮なくゴチになりやす」
主任と言っていた肩書は、まんざら嘘ではなさそうだ。
もうひとりの男も「すいません」と、ペコペコしながら椅子へ腰をおろす。



 男2人とアネゴの酒盛りがはじまった。
アネゴは焼酎のウーロン茶割り。若い2人は水割りとソーダ―割り。
いちばん年下と思われる茶髪の男が文句も言わず、せっせと2人の飲み物をつくりつづける。



 「どうだった。パチンコ屋で声をかけてきた女の子の味は?」



 「どうもこうもありませんや、アネゴ。話になりません。
 まったく声も出さないし、自分からはピクリとも動きません。
 どこまでいっても無反応です。
 ああいう無反応を、マグロ女っていうんでしょうね。
 だいいち。裸にひんむいたら25歳どころか、40のババァでしたよ、あれは」



 この男は、パチンコ屋で女性から誘惑されたらしい。
パチンコに負けた女性が金を工面するために、身体を売るという話は昔からよく聞く。
にわかパチンコ依存症の主婦たちが、急増しているからだ。
主婦売春が増えてきた背景には、無担保消費者ローンの総量規制の徹底がある。


 (16)へつづく
 


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