居酒屋日記・オムニバス (14)
第二話 小悪魔と呼ばれたい ③

「鉄筋は、とにかく重い。
10ミリ(とおみり、と発音する)の鉄筋は細いから、5.5mものなら
10本以上は担がないと、ハネてどうしようもない。
重さはだいたい35キロくらいになる。
10ミリと13ミリを使うことが多いので、組む前に、必死で運ぶ。
4~50キロの鉄筋を束にして肩に担いで、足元の鉄筋をよけながら配って歩く。
真夏になると鉄筋が焼けてやけどする。
だからやけどしないように、肩と鉄筋の間にダンボールを挟む。
太さの違う鉄筋を交互に組み合わせ、格子状に配筋して針金に似た結束線でたばねていく。
床のスラブをやる場合は、下を向きっぱなし。
これが意外と腰と足にくる」
「あんたも呑むかい。呑めるんだろう?」
久しぶりに呑み屋で会話してるんだ。あたしも気分が良いから、あんたも呑みな!
鉄筋女がドンと大きな音を立てて、幸作の前にボトルを置いた。
「梁には22ミリとか、25ミリ以上のぶっとい鉄筋を使う。
こいつはさすがに重い。頑張っても2~3本しか担げなかった。
私の限度は、45キロ前後らしい」
「大したもんだ。俺なんか30キロのコメ袋を担ぐだけでヨロヨロする」
「鉄筋屋を始めるとき、長髪は危ないということで背中まであった髪をばっさりと切った。
それが真夏の私を助けてくれた。
頭から水をかぶり、口から水分を補給する。
汗がとめどなく吹き出てくるから、巻いたタオルがびしょびしょになる。
それでもハッカーをぐるぐる回し、ひたすら鉄筋を結束していく。
真っ直ぐに、均等に、ひたすらぐるぐる結束していく。
ふと顔を上げると、目の前に自分がくみ上げた鉄筋の海がある。
自分が組んできた四角い格子が、綺麗に広がっている。
そいつを見ると、壮観だ。
でもね。最初から全部がうまくいったわけじゃない。
うねったり、曲がったり。なんでこんなに下手くそなんだろうと、自分が嫌になった。
ハッカーの握り部分で叩きながら、修正して、組みなおしていく。
なかなか終わりが見えてこない地味な仕事なんだよ。鉄筋工と言う仕事は」
「一人前の職人になるまで、どこの世界でもべらぼうに時間がかかる。
いまどきの若いもんは、修行が嫌いかと思っていたが、捨てたもんじゃないな。
居るんだねいまだに。君みたいに、根性のある若いもんが・・・」
「夕方、手元が暗くなったら仕事はおしまい。
親方の家に寄らない日は、小さなビールを一本だけ買って帰る。
そいつを風呂上りに、一気に飲み干すんだ。
ビールがおいしいと思ったのは、後にも先にもあの夏の何回かだけだ。
冬の雨もきつかった。
舗装屋と違って、鉄筋屋に天気は関係ない。
真冬の雨の中。寒くてどうしようもなくて、仲間たちと声を限りに叫びながら
柱を巻いていったことも有る。
震えながら雨の滴り落ちる型枠の影で、弁当をかきこんだことも有る。
水をポンプで吸い出しながら、ドロを掻き分け、結束線をくりだしたことも有る。
とにかく必死だった。
あんまり良い思い出は無いのに、なぜだか、この仕事を辞められないんだ。
馬鹿だよね。自分で自分のことを、鉄筋馬鹿と呼ぶんだもの、あたしは」
そう思うだろうあんたも、と、女が日に焼けた顔をこちらに向ける。
この娘は仕事美人だなと、幸作は思う。
肌は日に焼けて真っ黒になっているが、こころが白く透き通っているようにみえる。
目鼻立ちも整っている。世間ではきっと、美人の部類に入るだろう。
(よく見れば、やっぱりいい女だな・・・)
言い寄って来る男はいないのだろうかと、幸作がふと気になった。
(15)へつづく
新田さらだ館は、こちら
第二話 小悪魔と呼ばれたい ③

「鉄筋は、とにかく重い。
10ミリ(とおみり、と発音する)の鉄筋は細いから、5.5mものなら
10本以上は担がないと、ハネてどうしようもない。
重さはだいたい35キロくらいになる。
10ミリと13ミリを使うことが多いので、組む前に、必死で運ぶ。
4~50キロの鉄筋を束にして肩に担いで、足元の鉄筋をよけながら配って歩く。
真夏になると鉄筋が焼けてやけどする。
だからやけどしないように、肩と鉄筋の間にダンボールを挟む。
太さの違う鉄筋を交互に組み合わせ、格子状に配筋して針金に似た結束線でたばねていく。
床のスラブをやる場合は、下を向きっぱなし。
これが意外と腰と足にくる」
「あんたも呑むかい。呑めるんだろう?」
久しぶりに呑み屋で会話してるんだ。あたしも気分が良いから、あんたも呑みな!
鉄筋女がドンと大きな音を立てて、幸作の前にボトルを置いた。
「梁には22ミリとか、25ミリ以上のぶっとい鉄筋を使う。
こいつはさすがに重い。頑張っても2~3本しか担げなかった。
私の限度は、45キロ前後らしい」
「大したもんだ。俺なんか30キロのコメ袋を担ぐだけでヨロヨロする」
「鉄筋屋を始めるとき、長髪は危ないということで背中まであった髪をばっさりと切った。
それが真夏の私を助けてくれた。
頭から水をかぶり、口から水分を補給する。
汗がとめどなく吹き出てくるから、巻いたタオルがびしょびしょになる。
それでもハッカーをぐるぐる回し、ひたすら鉄筋を結束していく。
真っ直ぐに、均等に、ひたすらぐるぐる結束していく。
ふと顔を上げると、目の前に自分がくみ上げた鉄筋の海がある。
自分が組んできた四角い格子が、綺麗に広がっている。
そいつを見ると、壮観だ。
でもね。最初から全部がうまくいったわけじゃない。
うねったり、曲がったり。なんでこんなに下手くそなんだろうと、自分が嫌になった。
ハッカーの握り部分で叩きながら、修正して、組みなおしていく。
なかなか終わりが見えてこない地味な仕事なんだよ。鉄筋工と言う仕事は」
「一人前の職人になるまで、どこの世界でもべらぼうに時間がかかる。
いまどきの若いもんは、修行が嫌いかと思っていたが、捨てたもんじゃないな。
居るんだねいまだに。君みたいに、根性のある若いもんが・・・」
「夕方、手元が暗くなったら仕事はおしまい。
親方の家に寄らない日は、小さなビールを一本だけ買って帰る。
そいつを風呂上りに、一気に飲み干すんだ。
ビールがおいしいと思ったのは、後にも先にもあの夏の何回かだけだ。
冬の雨もきつかった。
舗装屋と違って、鉄筋屋に天気は関係ない。
真冬の雨の中。寒くてどうしようもなくて、仲間たちと声を限りに叫びながら
柱を巻いていったことも有る。
震えながら雨の滴り落ちる型枠の影で、弁当をかきこんだことも有る。
水をポンプで吸い出しながら、ドロを掻き分け、結束線をくりだしたことも有る。
とにかく必死だった。
あんまり良い思い出は無いのに、なぜだか、この仕事を辞められないんだ。
馬鹿だよね。自分で自分のことを、鉄筋馬鹿と呼ぶんだもの、あたしは」
そう思うだろうあんたも、と、女が日に焼けた顔をこちらに向ける。
この娘は仕事美人だなと、幸作は思う。
肌は日に焼けて真っ黒になっているが、こころが白く透き通っているようにみえる。
目鼻立ちも整っている。世間ではきっと、美人の部類に入るだろう。
(よく見れば、やっぱりいい女だな・・・)
言い寄って来る男はいないのだろうかと、幸作がふと気になった。
(15)へつづく
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