「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
第110話につづく
おちょぼ 第115話 四万温泉・積善館へ
「千と千尋に出てくる、千尋とハクに会えるかもしれませんねぇ!」
助手席に座ったサラが、四万の積善館と聞いて大はしゃぎをしている。
積善館はスタジオジブリのヒット作、『千と千尋の神隠し』のモデルになった
と言われている四万温泉の老舗旅館だ。
『千と千尋の神隠し』は、2001年7月に公開されたアニメ映画だ。
夏休み用に公開された映画にもかかわらず、翌年の春休みまで上映が続くという
異例のロングランを記録した。
サラはこの映画を、中国語に翻訳されたDVDで見たという。
『大きい画面で見たいのに、なかなか機会に恵まれません』と本気で嘆く。
「そうよねぇ、もう10年以上も前に公開された作品だもの。
なかなか再上映はありませんねぇ、たしかにねぇ・・・」
車窓に目をやりながら、後部座席で佳つ乃(かつの)がポツリとつぶやく。
「それにしても、来るなら来るで一報を入れてくれ。
心臓が止まるかと思ったぜ。ワンボックスの中に、2人の顔を見つけた瞬間は」
「嘘ばっかり言いはりますなぁ兄さんも・・・白々しいどす!。
ウチはどうせ、お邪魔虫のよけい者どす。
兄さんが会いたいのは、佳つ乃(かつの)姉さんだけで、ウチはただの邪魔もんどす。
けどな兄さん。車の中で安全な席といえば、運転席の後ろどすえ。
大事なお方は後部座席に乗せて助手席には、どうでもええ人を乗せるもんどす。
それが当節の、乗車マナーと言うもんどっしゃろ」
「たしかに後部座席なら安心だ。サラちゃんの言い分は筋が通っている。
そうじゃないよ。俺が言いたいのは群馬へ来るなら来るで、ひとことでいいから
連絡を入れてくれと言ってるんだ。
実家に戻っているんだ、俺は。立場があるし、都合というものも有る」
「ふふふ。その割には嬉しそうな顔してますなぁ、兄さんは。
突然のほうが喜ぶだろうと、美容室の陽子姉さんも申しておりました。
そういえば、今朝お会いしたお母はんも素敵な方どすなぁ」
「サラちゃん、少しおしゃべりが過ぎます。
運転に集中させてあげないと、山道で、大作はんが可哀想どす」
後部座席から佳つ乃(かつの)が、助け舟を出す。
榛名の山道にさしかかったワンボックスは、右に左へ忙しく道路が曲がっていく。
上越への起点に当たる渋川市から、群馬県北端にある四万温泉へ行くためのルートは
国道353号を直進するのが一般的だ。
353号線は、群馬県桐生市を起点に、新潟県柏崎市を終点とする一般国道だ。
桐生市広沢町にある国道50号との交差点を起点に、赤城山の南斜面を通過してから
中之条町の四万温泉を通り、群馬と新潟の県境を越えていく。
吾妻川に沿って吾妻の谷あいを走る353号線は、中之条町の手前で、
もうひとつの観光道路・国道145号線と合流をする。
国道145号線の先には、ダムの完成が待たれる八ッ場や、草津温泉への道が有る。
行楽客が集中する春や秋の行楽シーズンには、必ずと言っていいほど
両方の国道の随所で、激しい渋滞が連続的に発生をする。
吾妻川を挟み、国道353号線に並走する形で榛名山の北山麓を抜けていく
もう一つの道、県道35号線が有る。
通称「日影道(ひかげみち)」と呼ばれ、地元の人たちが使う生活道路がある。
少々狭いが、中之条までの抜け道として利用されている。
北の山麓を走り抜けていくため、太陽が傾く冬場になると道路に直接、
陽が射さなくなることから、日影道路の別称がついた。
大作は渋川の市街から本来の国道ではなく、通過する車の少ない日影道を選択する。
北向きの狭い道を20キロほど走っていくと、前方に中之条の市街地が見えてくる。
市街地に入る直前を、谷底の吾妻川に向って下降する。
架け替えられたばかりの竜ヶ鼻橋を渡ると、吾妻川を挟んで並走をしてきた
国道353号線と合流をする。
道路はここから、四万温泉に向かう、ゆるやかな登り道に変る。
先ほど見えた中之条の市街地は、あっけなく車窓の向こう側へ消えていく。
小さな畑と農家が点在する景色の中を、353号線がゆるゆると高度をあげていく。
此処まで登ってくると、もう周囲に見えるのは、四方を取り囲む枯れた山並みだけになる。
「兄さん。この道は、新潟まで行けると標識に書いてありましたが本当どすか。
うねうねと登った挙句、最後は、山にドンと突き当りそうどす。
ホントに行けるんどすか、雪の深い越後まで?。
あら・・・なんでっしゃろ・・・
道路に、滑り止めのようなギザギザの模様が見えてきました・・・」
「いまは越後までは行けないよ。
県境の峠の途中で、冬の間だけ、交通止めの処置がとられるからね。
それに、道路に見える凹凸は、滑り止めじゃないよ。
千と千尋のメロディラインだ。
時速40キロで走行すると、主題歌の『いつも何度でも』が聞こえてくる。
ほら始まったぞ!。♪~呼んでいる 胸の何処か奥で~♪
いいねぇ、千と千尋の夢物語がこれから、はじまるぞ。
快適な道と快適なドライブ。
なんだか最高の年の瀬になるような、そんな気分になって来たぞ~」
「ウチより千と千尋のメロディで喜ぶなんて、兄さんこそ餓鬼みたいやなぁ。
佳つ乃(かつの)姉さんも、山ばかり見て笑ってなんかいないで、
浮き上がっている兄さんに、何か言ってくださいな!。
あっ、グダグダと文句言っとる間に、メロディラインが終ってしもうたわぁ・・・・
なんや。ウチが一番損したみたいどす、アホらしい!」
第116話につづく
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