落合順平 作品集

現代小説の部屋。

おちょぼ 第110話 難産で生まれた子

2015-02-11 11:53:54 | 現代小説
「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
第110話につづく
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おちょぼ 第110話 難産で生まれた子




 実家の台所で、父の退院祝いの料理をハイペースで作り終えた陽子が
挨拶もそこそこに、いそいそと帰りの身支度をはじめる。
その様子を見ていた徳治が、「はてな」と首をひねる。
「嬉しそうだな、お前。冗談かと思っていたが、ホントに出来たのか新しい男が」
と、父の徳治が陽子の背後に立つ。


 「子連れ女の再婚となると、なにかと大変だぞ。
 ひとり娘と、新しくできた男の間に入って苦労するのは、お前だ。
 承知しているんだろうな、そのくらいのことは」



 「あら・・・まだ男が出来たとも、再婚するとも言っていません、わたしは。
 うふ。私の心配をしてくれるなんて、どういう風の吹き回しかしらねぇ。
 さては突然の入院騒ぎで、頑固一徹だったお父さんも、
 ついに、弱気の風に吹かれたのかな?」


 「何とでも言え。親が、娘の将来を心配をしてどこが悪い。
 男と付き合うのは、一向に構わない。
 だがその先でお前さんがまた、憂き目にあうのが心配なだけだ。
 お前。仕事運は良いが、男運はまったくの落ち目の三度笠だからな・・・」



 「そう言うのを下げマンと言って、さげすんだ目で見るんでしょ、世間では。
 いまさら、白馬の王子を待つ純真な乙女という立場じゃあるまいし、
 30を過ぎた女は、冷めた目で現実だけを見つめます。
 真理(ひとり娘)が居れば、わたしは充分です。
 うふふ。いまは、余計な心配をしてくれなくても大丈夫。
 お父さん。とりあえず、退院おめでとう。
 あまり母さんを心配させないでね。もう、若くなんかないんだから」



 「おう。そのくらいのことは分かっている。じゃ新しい男によろしくな」
と父の徳治が陽子の背中に着いて、玄関まで見送りに出る。
「ここでいいわよ。表はもう、寒いから」と陽子が玄関先から振り返る。


 「ねぇ。真由美さん(父の愛人)にも、これ以上、迷惑かけちゃ駄目よ。
 少しは娘の立場にもなって頂戴。
 実家で母さんの愚痴を聞いた後、美容室で、真由美さんの愚痴を聞くのよ。
 髪を結いながら、お母さんの愚痴と愛人の愚痴を聞くのが、
 わたしの仕事になるとは思ってもみませんでした。
 それから、退院できたからと言って、油断してあまり呑み過ぎないでね。
 一度倒れたことでお父さんはすでに、前科一犯ですから」



 「馬鹿やろう。医者も2合(2号)までは、大丈夫と言っていた。
 分かったよ。お前が言う通り、とうぶんの間は我慢するさ、好きな酒も女も。
 娘と、こんな会話をしているようじゃ、俺もそろそろ年貢の納め時が来たかな。
 寂しいが、俺の逝く時が近づいてきたようだ」


 「逝くなんて縁起でもない。逝くのなら、大作の嫁の顔を見てからにしてね」


 「大作の嫁を見てから?。
 なんだ初めてきく話だな。という事は、あいつに、女が出来たということか?」


 「私と母さんはもう、それらしい女性の写真を見せてもらいました。
 あ・・・いけない。母さんは承知しているけど、父さんにはまだ内緒の話です。
 あとで、それとなく大作に探りを入れて下さい。
 それ以上のことは、とりあえず、わたしの口からは言えません」


 
 「難産で生まれた子は、やっぱり、どこか強情だな。
 おまけに口のききかたまで、いつの間にか、すっかり母さんに似てきたなぁ」


 「あら。難産で生まれた子なの?。わたしは」



 「予定日を1週間ほど超過したため、管理入院をすることになった。
 その日の深夜に破水したが、生まれるまで、お前は78時間もかかった。
 母さんはまる3日間、必死の想いで頑張り抜いたが、これ以上は妊婦の力だけでは
 難しいということで、最後は吸引分娩で生まれてきた。
 病院は誘発剤を使わない方針だったもんで、あと数日生まれてくるのが遅ければ
 お前さんは、帝王切開でこの世に出てくるはずだった」


 「へぇぇ・・・初めて聞きましたぁ、難産だったんだ、あたしって子は。
 ということはお父さんも、3日3晩寝ずに付き合っていたという事になりますねぇ」


 
 「おう。いちおう愛し合っている間柄だったからな。俺たちは。
 そのかわり、次に生まれた弟の大作は、あっけないほどの安産だった。
 分娩室に入って1時間も経たないうちに、おぎゃぁと元気に生まれたからな、
 あいつときたら」


 「そうか。そのせいで大作は生まれた時からちょっぴりと根性なしなのか。
 うっふっふ。あとで母さんに確認してみよう」



 「よせ。ここだけの話にしておけ。俺が喋ったことは母さんには内緒だぞ」
と徳治が、大げさに片目をつぶる。
「分かっています。わたしは、そういう父さんと母さんの子供だもの」
じゃ、もう帰るわねと、姉の陽子が玄関のガラス戸を閉める。



第111話につづく

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