NPO法人 三千里鐵道 

NPO法人 三千里鐵道のブログです。記事下のコメントをクリックしていただくとコメント記入欄が出ます。

朴槿恵大統領にとって民主主義とは?-10万のキャンドルが訴えるもの   

2013年08月12日 | 三千里コラム

国家情報院を糾弾するキャンドル集会(8月10日、ソウル市庁前広場)


 8月10日の夜、ソウル市庁前広場は6万人の市民が灯すキャンドルで埋まった。『参与連帯』など284の市民運動団体はこの日、「国家情報院の政冶工作と大統領選挙への不法介入を糾弾する第6回市民キャンドル集会」を開催した。釜山、大田、大邱などの地方都市でも同様の集会が開かれ、全国的には約10万人の市民が参加したと推測される。
 6月から始まったキャンドル集会の参加者は、回を追うごとに増えている。また、国家情報院を糾弾する大学教員やジャーナリスト、聖職者たちの時局宣言文も相次いで公表されている。この問題は今や、韓国社会最大の政治イシューに浮上したといえるだろう。

 どの国にも国家の行政機構として情報機関が存在する。しかし、独裁政権が長期間にわたって君臨した韓国では、その弊害が極めて深刻だった。1961年5月16日、クーデターで執権した朴正熙は、その4日後に韓国中央情報部(KCIA)の創設を宣言した。1973年の金大中拉致事件など数多くの謀略事件に関わったKCIAは、民主化運動を弾圧するうえで手段と方法を選ばぬ暴力機構だった。

 朴正熙政権崩壊後に権力を掌握した全斗煥は、1981年にKCIAを国家安全企画部(安企部)に改称する。安企部の機能と役割も、軍事独裁に抗議する民衆運動を鎮圧することにあったのは言うまでもない。その後、金大中政権のもとで安企部は国家情報院(国情院)となり、今に続いている。金大中・盧武鉉政権期の国情院は、国内政治への介入や国民に対する査察活動を禁じられていたが、李明博政権のもとで権力維持のための工作機関として華々しく復活する。その白眉が、昨年12月の大統領選挙だった。

 投票日を数日後に控え与野党候補が熾烈な選挙戦を展開していた頃、国情院は組織的に露骨な世論操作を行い、与党候補(朴槿恵)の当選に決定的な貢献をしたのだ。国情院はSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を通じて、ブログやツイッターに膨大な「書き込み」を展開した。その内容はもちろん、朴槿恵を支持し民主党候補の文在寅を非難するものだった。
 12月11日、ソウル市内のレンタル・オフィスで国情院心理情報局の女性職員が、民主党の関係者たちに摘発された。任務遂行中だった彼女は、50個近いIDを不正使用して「書き込み」に没頭していたという。

 ところが、この事件を捜査していたソウル市警察庁のキム・ヨンパン長官が12月16日、緊急の中間捜査報告を午後11時に発表した。彼はまた、翌日早朝に新聞・テレビ各社に向けたブリーフィングまで行なうというサービスぶりだった。
 「国情院の組織的な関与はなく個人的な書き込みであり、選挙法違反の嫌疑なし」という内容だった。16日は投票日(19日)の3日前であり、与野党候補が最後のテレビ討論を行なった日である。テレビ討論の不得手な朴槿恵候補が受けたダメージを、警察長官の捜査報告が挽回した結果となった。そして朴槿恵候補はこの事件を、「民主党員による女性職員への不法監禁・人権蹂躙」と主張し、「国情院と結託した選挙工作云々するのは自身と与党への許し難い誹謗中傷だ」と反撃した。

 実は捜査の中間報告があった16日、国情院の情報官とキム・ヨンパン警察長官が単独で会っている。おそらく、事態の打開策を協議するための会合だったであろう。世論の推移を分析し選挙の行方を確信したのか、翌17日に国情院の幹部会議を主催した元世勲(ウォン・セフン)国情院長は、「僅少差の劣勢を僅少差の優勢へと転換できた。諸君の労苦をねぎらいたい」と訓示している。国情院はしてはならない選挙工作に奔り、警察庁はやるべき捜査を意図的に怠った。

 選挙は「民主主義の華」と呼ばれている。もっと皮肉っぽい表現で「民主主義は投票日の一日だけ機能する」と言われたりもする。日ごろは横柄な政治家が、有権者の一票欲しさに平身低頭する選挙...。その一票が故に文字通り「民」が「主」となる投票日...。選挙制度の一面を揶揄する名言かもしれないが、選択と投票の重要性を強調する言葉であることは確かだ。

 国情院が昨年の大統領選挙で行なった世論操作は、民主主義の根幹を揺るがす重大な組織犯罪といえる。大統領選挙に際し、情報機関が国民の合理的な判断と選択を妨げる工作を組織的に、しかも国民の税金を使って敢行したのだから。先ほどの言葉に倣うならば、韓国の民主主義は「たったの一日も機能しなかった」ことになる。

 問題は、選挙で当選した朴槿恵大統領の対応である。「選挙結果に承服しない野党と市民団体」をなじり、「大統領選挙で国情院からは一切の支援を受けていない」と突っぱねるだけで、真相の究明と国情院の改革には一向に関心がないようだ。その姿勢からは、危機に陥った韓国民主主義を救おうとの意志も、責任感もうかがえない。
 
 「国情院の助けで当選したかどうか」が問われているのではない。何よりも選挙に介入して世論を操作した国家情報機関の違法行為が、そして厳格な取り調べをせずに犯罪を隠蔽している警察庁の怠慢が、国政を担う最高指導者に問われているのだ。全国各地で灯された10万のキャンドルは、この事態から目を背けることが韓国民主主義の死を意味し、時代の後退を容認することになるという、歴史の警告なのだ。

 沈黙を続けた大統領は8月5日、大統領官邸の主要官僚を更迭した。人事改編の“目玉”は、政権のナンバー・ツーである大統領秘書室長に金淇春(キム・ギチュン)元法務長官を任命したことだ(ちなみに、文在寅候補は盧武鉉大統領の秘書室長だった)。これ以上ない明確な方法で、朴槿恵大統領は国情院事態に対する自らの意志を国民に示したのだろう。新任秘書室長の経歴から、大統領の胸中は余すところなく読み取れる。

 キム・ギチュンは公安検事として在職中の1972年、朴正熙の永久執権体制を可能にした改悪憲法(維新憲法)を起草した人物である。その功績が認められ、1974年にはKCIAの公安捜査局部長に就任する。彼の指揮下で、「在日韓国人スパイ団事件」をはじめ数多くのスパイ事件が捏造されていった。その後、朴正熙政権の末期には大統領官邸の秘書官となり、盧泰愚政権期には法務長官に抜擢されている。

 しかし、彼の悪名を決定的に高めたのは、1992年12月11日、第14代大統領選挙における選挙工作だった。わずか2ヶ月前まで法務長官の職にあった彼は、金泳三・金大中・鄭周永の三候補が激しく争う選挙戦の終盤、与党候補(金泳三)を支援するために釜山地域の関係機関長会議を招集した。出席したのは釜山市長、釜山地方検察庁長官、釜山地区機務部隊長(機務部の旧称は国軍保安司令部)、安企部釜山支部長、釜山警察庁長官、釜山商工会議所会長、釜山市教育庁教育監など、慶尚南道地域の政情を左右する錚々たる顔ぶれだった。

 その場で彼は、「選挙民の地域感情を刺激して与党の得票を伸ばさないと危うい。野党が政権を取れば革命的な状況になり、われわれは終わりだ」と危機感を煽り、露骨な選挙介入を指示した。彼らの発言内容は、会合があった料理店を監視していた野党側の関係者が盗聴し、全貌が公開された。選挙法違反だと攻撃されたが金泳三候補と与党は一切の関与を否定し、盗聴器を仕掛けた野党関係者を「住居不法侵入」で逆に告訴した。 
 
 ひとたび点火された地域感情の効果は絶大だった。慶尚道地域の票は与党に流れ、金泳三候補が圧勝した。公職選挙法違反の容疑で在宅起訴されていたキム・ギチュンは、当然ながら「不起訴処分」となった。一方、選挙工作の謀議を公開した野党関係者は「住居侵入罪」で処罰された。新政権誕生の一等功臣となったキム・ギチュンはその後、金泳三政権のもとで与党の国会議員になっている。三選議員として国会の法律委員会委員長だった2004年、彼は盧武鉉大統領に対する弾劾訴追議決書を作成し、憲法裁判所に提出した。

 キム・ギチュン任命に込められた朴槿恵大統領の意志を、ゆめにも過小評価してはなるまい。国情院の選挙介入と世論操作を、彼女は違法だとも、犯罪だとも見なしていない。「これしきの事で何をそんなに騒いでいるのだ?」と言わんばかりに、強行突破するつもりなのだ。

 大統領の意向を反映してか8月5日、本件に関する国会の国政調査特別委員会に出席したナム・チェジュン国情院長は野党議員の質問に答え「国情院心理情報局員の書き込みは、民主主義体制の転覆を企図する北韓の対南工作への、正当な安保活動だ。これを選挙介入だと主張することこそ、野党の政治工作だ」と開き直った。

 選挙工作を指揮した当時のウォン・セフン国情院長は今、収賄罪で拘束されている。選挙法違反の容疑に関しては、拘束を免れ在宅起訴の処分だった。一方、国情院の職員を摘発した野党関係者は「不法監禁の罪」で逮捕された。まるで、20年前の醜態を再現するかのようだ。
 国情院問題の解決責任を担うのは、朴槿恵大統領自身である。なぜなら、国情院の選挙工作は、他の誰でもない朴槿恵候補当選のために敢行されたからだ。そして、国情院は大統領直属の機関であり、大統領の命令と支持によってのみ動く組織であるからだ。

 国情院が政権延長のための機関として存続する限り、韓国社会の民主主義は衰退の道を歩むことだろう。10万のキャンドルは、民主主義を守り韓国社会の誇らしい未来を切り開こうとする、市民の良心が灯したものだ。来る8月14日、第7回目のキャンドル集会がソウル市庁前広場で予定されている。
 韓国民主主義の蘇生のために、市民よ、もっとたくさんのキャンドルを!!  (JHK)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿