「迷走」後編
「捕まったら出れない大きな穴。そこからカイは出られるのか?」
あれから、しばらくして、
「カイくん。蓮見明良の写真を入手できたわ」
春野が店に電話して伝言を残してからマンションにやってきた。
こうして事件の事を色々と話せるのは嬉しかった。
やはり、古い事件なので一人では限界があった。
不通になってしまうネット環境にも嫌気がさしていたし、彼らにとても頼っていた自分を感じているカイだった。
「ここに居る蓮見明良については何かわかった?」
「彼はわからない。相変わらずだ」
「霊の方の…八年前のライブの写真はこれよ」
「…確かに、俺が追ったのはこの人だ」
「この霊が私に憑いていたのよね?それで、祓ってくれたんでしょ?」
「うん。祓ったというか、とにかく剥がしたって言った方が当たってる」
「それで?」
「それで、俺に入ってきて…それからは俺も記憶がない」
「なんで、そんなのを私はつれていたのかしら…本当にごめんなさい」
春野は本当にすまなそうに謝った。
「それは、俺に会う為だろう…な」
「え?何故」
「お兄さんがそう言ったんだ。俺が祓いをしている事は噂になっていたらしくて、ここの店でもそういう話が出たみたいで、俺が新宿に入ったのが、その翌日だったからと言うんだ」
「その話していたって言うのが蓮見明良なの?」
「そう」
「なんとか、生きている蓮見の情報を見つけて問い詰めるのが早そうね」
「それか、彼に明良の霊が憑いているなら、無理やりにでも俺に従わせて吐かせる事でもいいけど…」
「そのセリフ…。ミソカちゃんが泣くわよ」
「………」
普段なら俺自身で霊をどうこうしようと思わない。
俺は強がっているだけなのだろう…。
携帯という一番使っていた装具を奪われ、武器となっていたミソカ達も使えず。
こうして春野たちが来てくれなかったら、何も出来なかった。
そこが俺を焦らせる。
ミソカ達がいない状態で、この事件を解決しないとここから出られないのに…。
「警察の行方不明者に蓮見がいた」
と知らせてきたのは孝之だった。
もちろん、蓮見という名前ではなかった。
早速、俺と孝之は警官と一緒に蓮見を訪ねた。
彼は、二年前の行方不明者、家族から捜索願が出されていた。
俺達と警察が訪ねた時にはもう彼から蓮見が抜けていたが、それでも記憶が曖昧だった。
一年以上もとり憑かれていたのだからそれは仕方が無い。
俺は抜け出た霊を追った。
「とり憑くなら俺にしろ」
と俺は言おうとした。
だが、孝之に先に言われてしまった。
「なんで?タカ!」
孝之にとり憑いた霊を祓おうとする俺を孝之が止めた。
「この方が話せる。俺はいつも霊が見えたり話せたりする春野が羨ましかったんだ」
「だからって何で?危険なんだぞ」
「これで俺もやっとお前の手助けが出来るな」
孝之が笑った。
どうやら俺に最初に入った複合霊ではなさそうだ。
それでも、蓮見の霊が強い事に変わりはない。
「絶対、助けてやるからな」
「明良は殺されたらしい」
「多分、そうだと思っていた。怨念は皆そうだから…」
「だけど…」
孝之が口ごもる。
「殺したのは、あのお兄さんみたいだ…」
「お兄さんに、直輝に会わないと…俺のマンションに行こう」
「蓮見直輝さん。明良さんを殺したのはあなたですね?それなのに何故俺をここに呼んだのですか?」
直輝はゆっくりと話し出した。
「…僕はいつも自由に生きている弟が羨ましかった…。でも、殺す気は無かった。だけど、山中に埋めた弟の死体は発見されず…その魂は…ここの穴に縛られて出て来れない…救われない…」
「だから、俺達を使った。発見をさせようとしたのか?」
「それも…ある。弟をここから救って欲しい…」
「直輝さん。俺では弟さんは救えません。ここの霊は強力でもう一つ一つの段階では無いんです」
俺達の下には大きな暗い穴が開いている。
明良の霊が入っている孝之にもそれは見えているようだ…。
「でも、カイくん。今は明良は一人だ。助けてやってくれ」
「今はね…これは…俺が春野から引き剥がし、俺に憑依させたただの結果であって。そう長くは続かない。明良さんは…弟さんは八年の間に完全にあっちに行ってしまったようだ」
「明良…」
「直輝さん。俺が彼に会った時、彼は必死に逃げていた。それはあなたから逃げていたんですよ…」
「弟が…何故?」
「明良さんは自分を追って来ると、あなたまでもがこっちの世界に囚われてしまう。そうならないようにと、必死で逃げていた。もう最初に何が起きて、誰に殺されたかも思い出せない状態で…それでも…あなたがこっちに、この輪廻も出来ない所にあなたが来ないようにと…」
「…そう…なんですか…。僕は自分の事ばかり考えてあんな事をしてしまったのに…明良は俺を守ろうと…して…」
「そうです。だから、直輝さん。お願いです。もう少しこっちに。あなただけでも。俺の傍に」
孝之は直輝が少しずつカイから遠ざかっていくのを見た。
直輝はもうあの穴の上に立っていた。
穴が生き物のように少しずつ大きくなっているようだった。
そのギリギリに立ちカイが叫ぶ。
「手を延ばして下さい。俺に。この手をつかんで!」
「僕は僕の罪を償わないといけない」
「それでも、必死にあなたを守ろうとした明良さんの言葉を俺は…」
「僕が殺したのに…」
「それでも。彼はあなたを助けてと言ったんだ!」
「カイ!」
穴に踏み出そうとするカイを回りこんだ孝之が体を張って遮る。
「どけ、タカ。彼が行ってしまう」
孝之の腕をすり抜け前に進もうとするカイ。
カイの腕を掴む孝之。
「だめだ。カイ」
「……」
「明良。こっちにおいで、僕と一緒になろう」
その言葉に孝之の体から明良が抜けてゆく。
「…ダメです。いかないで……」
「ありがとう…」
その言葉は二人からだった。
俺とカイは穴に落ちてゆく彼らをただ見送る事しか出来なかった。
「良くないよ…こんなのは…輪廻が叶わない世界なんて…地獄じゃないか…人はどうしてこんな物を作ってしまうのだろう…俺は…俺は」
カイは泣いていた。
カイが言うには、この穴は埋まる事がないのだそうだ。
落ちてしまう霊や人の欲望を吸って蠢いている。
人の坩堝。
こうして彼らが消えて、カイは新宿から出る事が出来た。
最初、明良はカイに会う為に春野を利用した。
カイは殺された霊が死んだ時よりずっと純粋になっている事から、事情を聞いてちゃんと成仏させようと思っていた。
が、その重さに気がついた。
ミソカ達をこの事件から遠ざけたのは穴に取り込まれる危険性と無理やり祓う方法を使いたくなかったから…。
蓮見明良を名乗る人間の存在と、彼と話してその気さくな性格にますます引き剥がすのをためらってしまった事など。
長引かせても解決はしないと思いつつ日々を過ごしてしまった事などを言った。
それを聞いた春野は
「カイくんは、もう少し、生きている人間の事を考えた方がいいよ」と
「前は霊の事をちゃんと聞けって言ったのに?」
「違うのそういう事じゃない。そんな穴を作ってしまう人間の事じゃなくて、私達の事をちゃんと考えてって事よ」
「考えているよ。今回は俺一人じゃ何も出来なかったから、助かったって思ってる」
「ううん。助けとかじゃなくて、どれだけ私達が心配したと思っているかよ」
「………」
「カイくんは今、そんなのそっちの気持ちの押し付けじゃないかって思ったでしょ?」
「そ…そんな酷い事は思っていない…」
「カイくん。一人で走らないで。私達が心配する事を邪魔だと思わないで。心配するのは私達がカイくんを好きだからだよ。その気持ちまで拒否しないで」
春野は泣き出してしまった。
「…ごめん…」
「カイ。俺達に心配させるのも、お前が俺達を心配するのも同じだろう?お前が色々視えるから、お前の方が重いという事もないと思う。確かに俺達はお前の力に成れないかもしれないが、それでも、俺達はお前とミソカ達と居たいんだ」
と孝之が言った。
「タカユキは、カイがシンジュクからずっと出られないんじゃないかって、すごく心配してたんだよ」
ミソカが言う。
「今回の事は、本当に俺が悪かった。いや、判断を間違った。無理にでも祓ってしまえば良かったのかもしれない」
「カイは明良の願いを叶えてやりたかったんだろ?」
ツゴモリが言った。
「…出来なかったけどね…彼らが消えた時、俺は無力を痛感した。多分…俺は焦っている。あの図書館の三鷹の…皆を守れないと言った言葉が、俺の頭から抜けないんだ。俺は俺自身が強くならないといけないと焦った…。それに、いつか、三鷹と大きな問題が起きるとしたら、俺は皆を守れないなら、皆の傍に居てはいけないんだ。そう思った」
「それは、カイ。その考えはアキラとナオキと同じようにいつか全てを見失うぞ」
ツゴモリが言う。
「……本質を見失うと?……」
「アキラとナオキはお互いを守ろうとして、結局、落ちる事になった。タカユキやハルノは、今、ここにちゃんと生きている。彼らみたいに時間が止まってしまってはいない。だから、お前もちゃんと二人と向き合えって言ってるんだ。一度、失ったら取り返しはきかないぞ」
「失いたくない。だけど……」
「カイ。俺達は守ってもらわなくていい。俺達は自分で何とかしてみせる」
春野も孝之ももう決意を固めているようだった。
「二人は何も、三鷹とは関係ないのに…」
「関係無くはない。三鷹がお前に何かしようとしてくるなら、俺達はそれを黙って見ている事が出来ないんだ。俺達を信じてみろよ。カイ」
「…俺は…」
その時、俺の鳴らなかった携帯が鳴った。
「京都、九条家。春のお誘い 吉野に桜を見に来ませんか?」とのメールだった。
「京都、九条家!?何で俺のアドレスを…」
このタイミングで京都と吉野への誘い。
俺には断る理由が無かった。
だけど
急激に流れ始めた時間。
それに乗るにはまだ俺は未熟だった。
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