君とともに生き、君とともに逝くのならば、僕は君の為に生きよう。

真城灯火の小説ブログです。
二次小説とオリジナル小説の置き場となっています。
同人に傾いているので入室注意★

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☆入室ありがとうございます☆ PN:真城灯火です。 『小説家になろう』で書いています。「なろう」で書いている小説も転載させていますが、ここはアニメ「地球へ…」の二次小説置き場です。本編の『君がいる幸せ』は終了しています。今は続編の『限りある永遠』を連載中です☆まずは、カテゴリーの「はじめに」と「目次」「年表」で(設定やR指定について等…)ご確認の上、お進み下さい。 ブログタイトルですが、これの「君」は自分自身、心の事で、「僕」は自分の身体の事です。 自分の心がそうであるなら、自分はそれに従う覚悟を意味しています。 だから、ジョミーや誰かが一方的に誰かに…って意味ではありません。(小説停滞中) 2021年に、他にあるブログを統合させたので、日常の駄文とゲームの話が混ざった状態になっています。

「海を見たかい」 番外編 「呪」 -三鷹誠記ー

2012-07-29 02:26:10 | 海を見たかい 秋月海 編 (真城灯火)


 夏…蝉の声がする…


 俺はこの季節が嫌いになりそうだ…。




 生まれて来た事を後悔?

 そんなもの…
 もうとっくにしてるさ…。

 だけど、俺はまだ望みを捨てたりはしていない。


 まだ俺は見たことも無い世界が見てみたいんだ。






「秋月海。お願いだ。誠記の為に死んでくれ」

「…三鷹……」

 俺が目を覚ました時には、三鷹幸一当主は俺の部屋にいた。
 俺はまだ我皇と戦ったダメージが抜けていなくて、満足に立って歩く事もできなった。

 三鷹幸一は俺に馬乗りになって、首を絞めてくる。
 腕に力が入らない。
 けれど、それでも俺は必死でもがいた。
「なん…で…お…れが…なにを」
 殺されなきゃならないなら、その訳が知りたかった。
 
 次期当主の誠記が俺を疎ましく思っているのは知っている。
 だけど、そんな事で「三鷹」が俺を殺す?
 こんな方法で?

 苦しい…。
 
 当主なら、式で殺せばいいじゃないか。



 頭痛がする…。

 意識が遠のく…。


 俺は死ぬのか…何故…こんな所で…


「おまえは三鷹の脅威になるのだ」




 脅威…?





「秋月…晦」

「お前は、何も、何一つ知らずにいていいのか?…生きたいと思え!もっと!」




 もう何も…息が出来ない…俺はもう…。
 俺の意識は薄れた。

「イヤだ…死にたくない…幸一…伯父さん…止めて」

 幸一の手が緩んだ。

「秋月海。お前…知っているのか?」



 殺さないで…幸一さん…

「柚さん!」




 バッグの中の独鈷が輝きだす。
 俺は俺の上に居る三鷹幸一を突き飛ばした。


「黄龍…」

「千年。いや、十年でも人は堕落する…」

「何故、お前が…ここに」

「動けぬ者を騙して連れてきて殺す?愚の骨頂だな。愚か者め。わたしが居る事にも気付いていなかったのか?」


「千年前、お前の一族は浜に打ち上げられていたわたしを救った。その礼にわたしは、力を貸した。だが、人は堕落した。すぐ降ろせる者が居なくなった。あれは…二百年前か?」


「まだ、我々一族に力を貸して頂けるのですか?」


「千年など瞬きの間の事よ。お前達がわたしを必要としなくなるまで居るつもりでおったのだがな、降ろせぬのであれば、意味はないが」



「では、今までは何処にお隠れに?」

「隠れてなどおらぬ。わたしはお前達と共にあった。呼べる者がおらなんだだけだ」
「呼ぶもの?」
「おお、わたしは呼ばれ、独鈷の中におった。いつか降ろせる者が出ると待っておった」

「……」


「久しいのぉ、御田華(ミタカ)」

「…ならば、黄龍よ。私の息子に力をお与え下さい。あの者は不運な子にございますゆえ」


「ふん。この器では気に入らぬと申すのか?」

「いえ、いえ。力をお貸し頂ければ」


「力と申すが、わたしの意志だけは発動はせぬのだ。器の意思も必要となる。この者は、お前の血縁であろう?ならば、この者を押し立てればよいのだ」

「!そ、それでは、わが子は、どうなります?」

「この者と、時を同じくして生まれたのが最大の不幸と言えるのかもしれぬな。諦めよ。ささいな事じゃ」



「そ、そんな。黄龍さま…」


「ならば…。こうすれば良い。わたしは、まだこの世界をよく知らぬ。いろいろと変わったようだな…人にとっては永い眠りだったからな…。また暫く眠るゆえ…。答えはどうとでも出すがよい。この者をここでお前が殺し、次の何百年を待つのもよかろう…」


「………」



「この者と時を同じくして生まれたのが不幸……」
 三鷹誠記が呟く。


 秋月晦と時を同じくして生まれたのが、私の不幸か…。


 我皇が秋月晦の式となりたいと言った。
 
 力を封印された状態で「黄龍」を降ろした。

 私の式、春野から牙を引き剥がした。そして、燃やした。

 

 やはり、同じ時に生まれたのが不幸だと言えるのかもしれない。

 だが、二百年に一人だと言うのなら、この同じ時に生まれたのは幸運だったのかもしれない。
 私は、出会えて良かったと思う。
 幼い頃は、お前への羨望が何か解らず、ただ憎み、妬んだ。

 何百年も「三鷹」が焦がれた「血の結晶」があいつ。
 


 秋月 晦。


 この狂いかけた「三鷹」を壊してくれ…。

 私はこの先を望まない。

 私でこの血を最後にしてくれないか?


 それがお前の運命…

 それをお前に託すのは私の我侭なんだろうな。




 だが、この先、お前には安寧は無い…。
 死ぬまで背負ってゆくがいい。


 それが、お前を縛る私の呪。








            終







「海を見たかい」 逃避行 秋月海 (ちょこっとBLバージョン)

2012-07-29 01:56:18 | 海を見たかい 秋月海 編 (真城灯火)

★短編・番外のBLバージョンです。ダメな方はご注意!

(人物紹介)
人以外のモノが見える 大学2年      秋月海
高校の同級生 大学も同じになる      大川孝之
秋月の本家 三鷹家の若き当主       三鷹誠記



 「逃避行 秋月海」



「だから、最初っからの違いだよ。白と黒みたいな。誠記を黒としたら、お前が白。二人が相手を欲しがっても、二人は全然グレーにはなれないんだよ」


「俺が選んだ道?」
「そしたら、自分で自分の責任を背負って生きるしかないだろ?」

「運命と嘆いて逃げるのはダメなのか?」
「していいんじゃないか?」

「神の試練だと神を恨んでもいいのか?」
「いいんじゃないか?」

「…じゃ、どうしろって…」

「そこも、カイ。お前が選べばいいんだよ。俺の言った事が当たってるなんて俺は思っていない。ただ俺がそう感じただけだ」
「……」




「お前が運命だったと思うならそうだろう…。神の所為だと思うならそれでいい…」

「何かの所為にしていいって言うなら、俺はお前の所為だと言うよ…」


「俺の?なんでだ」

「危険だって言うのに、どんどん俺に近づいて来て、俺の力の及ばない部分を肩代わりしてくれて…そして、今度は…死ぬかもしれない戦いに巻き込んでしまった。俺は…お前にどう礼をすればいいのだろう」

「礼が欲しくてついて行ったんじゃない。俺は俺の意思であいつを放っておけないと思ったからだ」

「お前がそうやってずっと、まっすぐにいるから…俺はここまで来れたんだ」


「カイ…わかったから、もう眠った方がいい」

「イヤだ。…俺が俺でいれるのは、後六時間もない。今日が終わる」


「…カイ」


「霜月海になったら、忘れるから…俺を抱いて…いやなら…一緒に寝てくれるだけでいい。今日はどこかに連れていかれそうなんだ。もう、何も見たくない。お前だけ見ていたいんだ」


「……」

「お前、あの旧校舎で俺が黄龍になった時、俺から目が離せなくなったよな。あいつがいいなら降ろしてもいい。見た目だけ変わる事も出来るんだ」

 そう言いながら、カイの髪は金色になってゆき、左目も金色になった。
 彼が術を使う様が美しいと思う事はよくあった。

 神が降りると神々しくなるのはもちろんだが、中性的になる。



 まともに見てはいけないような気がするモノが自分の目の前にいて、自分に笑いかけている。
 好きな子が笑いかけてくれた以上ものがあった。

 旧校舎で俺はカイを見て、一目で惹かれた。


 多分、あの我皇も、神になった人間が命をかけてそこで自分と戦っていると思ったら、きっと、物凄く愛おしくなったのだろう。


 三鷹誠記も、きっと、これを手に入れたかったんだ。

 カイを欲しかったんだ。
 と俺は思った。


 誠記は、カイの心も体も欲しがった。
 優しくしても、脅しても、怖がらせても、力ずくでも、殺そうとしても……。
 それでも、何をしても自分の手には落ちてこない。
 だから、狂っていったんだ。

 殺してでも手に入れようと、した。

 でなければ、カイに殺されたかった。

 それが、きっと答えだろう。






「側にいて」

「ずっと、朝まで」



「俺を一人にしないで」

「消えてゆきそうなんだ」



「お前が掴まえてて…きつく抱いていて…」



「秋月海をお前にあげる」




「俺を忘れないで…俺は居たのだから…」



「全てが終わり、全てが始まるまで、俺といてくれないか」








「カイ…泣くな。俺は例えお前が何になってもずっと側にいるから…もう泣くな」










 


           終



 ※「BL萌え~」(薪有紀)
  怪我をしているから、ただ傍で眠っただけですが…。どうでしょう?
  灯火の最終回では二人が長く話してますけど、
  現実だとしたら、枕とかクッションで動けないように体を固定して、
  アイスノンとかも抱えてるカイですので…。
  やっぱ、萌えませんよね。


「海を見たかい」 二十二話 逃避行 西へ (最終回)

2012-07-28 03:11:21 | 海を見たかい 秋月海 編 (真城灯火)

(人物紹介)
人以外のモノが見える 大学二年      秋月海
ひょんな事から海の式神となった双子妖怪? ミソカとツゴモリ
視えないが力は強かった祖父        秋月コウジロウ
いきなりナンパ?してきた霊媒体質女    春野美津子
高校の同級生 大学も同じになる      大川孝之
高校の同級生 カイが好きらしい…     三沢結花
三鷹の親戚 京都の九条本家当主の妻    九条晴美
秋月の本家 三鷹家の若き当主       三鷹誠記
三鷹家の前当主 秋月幸次郎の実兄     三鷹幸一




 「逃避行 西へ」


「北村大地と悠太ですぅ」

 と乗船名簿に書き込み、孝之は予約してあった紙を渡した。
 それはさっき、米沢で借りたレンタカーを長野方面へ送っておいてと頼んだ春野の知人達の名前だった。

「弟さん、大丈夫ですか?」
 フェリーターミナルの待合でイスに座って、よくある派手な柄のついたダボッとした紫のジャンバーを着て、帽子を目深にかぶり、どこで怪我をしたのか腕を吊って、肩で息をしている俺を見て受付が聞いた。
「ああ、弟は、船が嫌いなんですよぉ。でもね、乗れば平気になっちゃうんすよ。よく飛行機とかであるでしょ?あれの船版っすよ」
 と、口から出任せを言っている。
 孝之もそういうのが上手くなっているんだな。と俺は思った。
 見るからに俺達二人はどこかイカレタ兄弟だった。

 受付の男は、あまり関りたくないという表情でチケットを渡した。



 フェリーに乗り込み部屋へ入ってしまえば、もう歩いて見せる必要は無くなる。


 三鷹絡みのモノ達は、俺達の血を追って東京へ行っているといいが…。


 肩の傷は縫合してもらったが、部分麻酔で意識がある分、効きが悪かった。
 短時間でも眠って体力を温存させて行かないと、京都まで持たない。
 だけど、何かあった時の為に、俺は完全に眠り込んでしまう訳にはいかなかった。

 休憩を入れて三時間の車での移動中は、なるべく俺は気配を消して横になるようにしていた。
 眠ってもすぐに小さな振動で起きてしまうので、当初の計画の車での長距離の移動は諦めた。
 飛行機や電車は個室が無い。

 なるべく人に見られず移動したかった。
 それで、俺達はフェリーを選んだ。



 フェリーの部屋に入ると、カイはベッドに倒れこむように横になった。

 肩の骨にあたって横の流れた刀。
 動かさないように固定された左腕、ぐるぐるに巻かれた包帯。



 春野の知人の医者は何も言わなかったけれど…
 左腕はもう使い物にならないかもしれないな。


 これが俺達の命の代償。

 あの時、三鷹が振りかぶるのではなく、突きだったら…。
 俺達兄妹はあそこで死んでいただろう。

 三鷹誠記。
 俺があいつを撃った時、あいつが笑ったのを見た気がした。


「やはり…俺に殺して欲しかったのか…」

 なら、殺してやればよかったのかもしれない。
 いや、そんな事は出来ない。
 …してはいけない。
 思考が変な方向へいく…。

「熱が出てきたようだ…」



 米沢でもらった鎮痛剤を俺は飲んだ。
 薬が効いてくるまでの間、孝之と話した。

 これで、敦賀まで寝て行けそうだ。



 ベッドに横になっている俺を孝之が覗き込んだ。
 
「大丈夫か?」
「ああ、何とか落ち着きそうだ」

「カイ。俺が聞いたのは怪我だけじゃなくて…」
「…ん」
「秋月の事はあれでいいのか?」
「明日花の事か…」
「置いてくるだけで良かったのか?」
「じいちゃんが全部ちゃんとやってくれるさ」
「話はしてあるのか?
「ううん。独鈷をもらってからは、何一つ話していない」
「そうか、三鷹にハッキングされてるかもしれないんだったな…」


「だけど、お前が死んだ事にするってのは…相談もなしでは、やり過ぎじゃないのか?」
「相談して、反対されてもやるなら、同じだよ…」
「そうだけど…家族だろ?」

「俺を、秋月海を死なせるって事は、前から決まっていたじゃないか…」

「春野にも言えないままだし…」
「九条が出した条件なら仕方ない。俺の葬式で彼女達には本気で泣いてもらわないといけないし…。でも、口止めはしたけど…俺達が生きている事は世話になった春野の友人達が見ている訳だから…春野はわかってくれる」
「結花さんは?」
「春野と同じ…いつか会えればいいさ」
「お前はそれでいいのか?」
「ああ」

「孝之こそ、タマリちゃんに会いたいだろ?当分、京都住まいになるんだから、呼んで案内してやれよ」
「え、あ。泊まりでか?」
「京都日帰り?それじゃ修学旅行と同じじゃないか…そんなのつまんないよぉって言われるぞ」
「おい、カイ。真理さんはそんな事言わないぞ」
「そか?俺にはいつもこんな口調だぞ」
「そ、そうなのか?」
「タマリは良い意味でお前に緊張してるんだよ」
「良い意味で緊張する?」
「いつか、この男とは一線を越えるかもしれないって思って緊張してるんだよ」
「一線…」

「俺にちょっかい出すのは遊びだよ」
「遊んだのか?お前」
「そのまま取るなよ。タマリに限らず…」
「そ、そんなに遊んでいるのか?そういやお前、アレ持ってるヤツだったよな」

「……バカか、お前。俺と何年いるんだよ」
「だけど、お前って得体が知れない所あるし…」

「孝之。だからさ、俺に近づく女は俺の中に、安心感と危なさを見るんだよ」
「安心と危なさ?」
「俺は好きな女がいるから、その辺、最初は安心して寄ってくるんだ」
「好きな女がいるなんて、わかるのか?」
「みたいだね。女に興味ない態度とかで本命がいるなと思うんじゃないかな?」
「それなら、お前に声かけても意味ないんじゃないのか?」
「だから、最初だけだよ。女の扱いとか慣れてる方が話やすいだろ。ただ、それだけ」
「それで?」
「それで、俺に彼女が居ないとわかると、そんな女を追わないでここに私が居るじゃないってライバル心が芽生える…」
「そ、それで?」
「雌になって、俺を雄として見るようになってくるんだ」
「……」
「けどそれは、火遊びみたいな物で一瞬で消えるさ…」
「そんなのが女にはあるのか?」

「人より抜きん出ていたいのは誰でもあるだろ?それに女の部分が加わっただけさ。初めてはこの男に教えてもらおう。気持ちよく出来そう。ってそんな感じの事だ」
「お、おまえ……お前はそういう意味でモテていたのか?」
「……」
「しかし、お前は女の子をそんな風に見てたのか?何か俺、ショックだ」
「もちろん、そういう目で見てない子もいるよ。純粋に好きだって言ってくる子もいるし」
「わかるのか?」
「見てりゃ、それなりにわかってくる」
「…場数の問題かぁ…。俺には一生見分けられねぇ。気がする」


「でもさ、そういうのも、大人になれば変わってくる。今だけさ」
「…そうだな」

 大人になれば…。



「そういえば、俺はいいけど、お前は二十歳だもんな。今回の事どうなるんだろう?」
「どうなるかな…。不法侵入はしてないよな?器物破損は、めいっぱいしたけど、あの土蜘蛛にしか使っていないし。お前の伯父さんは俺の前には出て来なかった。後は、空を飛ぶのは何に引っかかるんだ?制空権?でも、そこまで高く飛んじゃいないよな…まさか、警察や自衛隊に飛びますからって言えないし…なぁ…」

「お前は多分大丈夫だよ。俺はそれに加えて、死体遺棄と銃刀法違反と殺人罪か、殺人未遂かな?…」
 
 改めて、言葉にすると、やはり随分ヤバイ事をしてきているのが孝之にもわかってきた。
 それはカイも同じだった。


「もう、秋月海は死んだんだけどな。霜月海としての戸籍はもう受け取った。東京のメゾンも今は九条の物だけど、いつかは、霜月海へ移すし、名前と経歴が変わるだけさ…。今から俺は札幌育ちになるだけだ…」


 俺達のしてきた事は本当にこれで良かったのか?

 人の法で言うなら、これは正しい事ではない。


 俺達は間違っている。


 けれど、人の法にまかせて、沢山の人間を死なせてゆく「三鷹誠記」を、ただ眺めていれば良かったのだろうか?

 狂ってゆく彼を見ていればよかったのだろうか?



「最初っから「俺」が「彼」の前に現れた事が間違いだったのだろうか?あの時、彼は俺達を見逃さずに、何故、殺そうとしたのだろう」

「それは、明日花ちゃんを好きになっていたからじゃないか?」

「それなら、三鷹のとこと秋月は、そうとう運が悪いな」
「幸次郎さんと伯父さんの事か?」
「俺が米沢で明日花の部屋に入った時、ばあちゃんが居たんだ」
「もしかしたら、幸一さんはまだ好きだったというのか?」
「多分、そうだろう…。十五の時、俺を殺しきれなかったのも、ばあちゃん譲りの髪と目があるからだと俺は思っている」
「そうか…」
「ああ」
「だけど、誠記は明日花ちゃんを気に入っていたなら、秋月に戻して正式に結婚を申し込めばいいのにな」
「そこが、春野を諦め切れていない現れだろう」
「何年も式を張り付けているくらいだからな…」
「その春野が俺の側にいる」
「複雑だな…」
「単純だよ。三鷹なら明日花を本妻にして、春野を妾にすればいいんだ。だが、それが出来なかった…」
「自分の母親がそういう境遇だもんな。そういう事をしたら不幸になると思っているんだろうな」
「あいつは親が好きなんだ」

「お前はどうなんだ?」
「…俺は、妹を売り飛ばした罪を世間に公表して。自分だけこうして逃げている。そんな息子が親を好きとは言えないだろ?」
「家族が間違ったら諭すのも家族だろ?」
「……」

 
「でもさ、さっき、お前が言った事を考えた事があるんだ。誠記とお前は、最初っから会ってはいけない者同士だったんじゃないかって。二人は違う方向を見て生まれた。それが、血縁の関係で出会ってしまった。そこからお前達はお互いがお互いの持っていない部分、それは二人共が欲しがっても手に入らない部分を欲しがった。年齢の違いで先に手を出したのは、誠記だった。そこが彼の不幸だ」
「……それで?」
「最初は、本気じゃなかったのかもしれないな。だけど、妹を取ってもお前の両親はお前に言わないし、お前も気がつかなかったから」
「少しは覚えているんだ。でも、あの頃、母さんはずっと入院をしてて家に居なかった。でも、お兄ちゃんになるんだからしっかりしないと、とは言われてた気がする」
「で、あいつは妹を返すタイミングを失ったまま、大人になり。春野を好きになったりしながら、順調に当主の道を進んでいた」

「そこに、また俺が現れた」

「十五になったお前は我皇が興味を持つような能力者になっていた。それで、あいつは慌てて家に連れてきた」
「そうか、もしかしたら、あの時、明日花を俺に返そうとか思っていたのかもしれないな」
「と、なると、伯父さんがお前を殺そうとしたのがわからないな」
「あれは…伯父さんは本当に心身喪失状態になってて、単純にそうなっただけかもしれない。俺はあの時、首を絞められて死にかけた。独鈷から黄龍が俺に勝手に入ってきて伯父を撥ね退けたんだ。それを誠記が見ていた。黄龍が抜けた俺は正気に戻った。そして俺は誠記に生まれてきたことを後悔させてやると言われたんだ」
「つまり、誠記の中にあったお前へのライバル心に、お前が知らずに火を点けたのが、その後の問題へと続いた訳だな」
「その後、じいちゃんに言われて、俺は逃げるように東京に来た。そこで、春野に出会って、彼の式を剥がした」
「三鷹はあわてて当主交代をした。これで、お前にも幸次郎にも勝ったと思っていたのに、お前はどんどん力をつけていって…」

「とうとう、九条が俺を獲得に動き出した」
「それで、現状を把握するか、直接ダメージを与える為に、京都に父を向かわせて自分もこっそりついてきた」
「俺はあいつの式を撥ね返し、家を破壊する程の力を見せた」

 やっぱり、あの力はほとんどお前の力だったんだ。
 でなきゃ、会う前に家を壊してもなんて言わないよなと孝之は思った。


「複雑だな…」

「なぁ、さっきのお前の話の結論は何だ?俺と誠記が違う方を向いて生まれたってのは何だよ」

「あれは、お前が人間不信になりかけた頃に思ったんだ。我皇を手に入れてミソカとツゴモリを段々と使わなくなっただろ?あの時、お前は必死になって三鷹を追っていた。我皇を手に入れてやっと反撃できるかもしれないとなれば嬉しいだろうけれど、お前はどんどんと三鷹に近づいて行ったんだ」
「人の汚れや穢れを俺は見ようとしていたんだよ…。そうしなければあいつを理解出来ないと…そうでなければ強くなれないと思っていた」
「それはあいつがそう思うようにと仕向けたんだよな。だけど、実際のお前は依代で…」
「俺の、人間の部分は汚れても、神を入れる器の部分までは汚れなかった…」
「お前さ…、新宿で死のうとしたろ?」
「?」
「してないか?それか自分ではそう思った事すら気付かなかったか…だな」
「孝之…、お前には俺がどう見えていたんだ?」
 俺は恐る恐る聞いた。

「そうだなぁ、人間不信と言うより、自分不信かな?自分に自信が無くなったって言うのでもなくて、変わっていく自分が怖くなったような…それでお前は独鈷も持たずに新宿へ向かった。あそこに穴がある事も、行ったら出られなくなるかもしれないのに入っていった。それで、出られなくても、穴に落ちて死んでも良いと思っていたんじゃないかと思ったんだ。死んでもあいつらを助けたいと思ったんじゃないかって…一緒に落ちてでも救おうと無意識にしてたんじゃないかと…」
「……お前心理学者になれよ」
「でさ、俺はあの誠記とお前の…何ていうか、根本的な違いを見た気がしたんだ」
「……」

「だから、最初っからの違いだよ。白と黒みたいな。誠記を黒としたら、お前が白。二人が相手を欲しがっても二人は全然グレーにはなれないんだよ」

「それは、生まれの所為なのか?」
「生まれもあるだろうが…。ミソカの言ったように、運命だと言ったらそれは悲惨過ぎるよな?神が与えた試練と言われても、それで死んでいる人がいるんだからイヤだよな。キツイ言い方かも知れないが、お前が自分で選んで歩いて来た道じゃないか?誠記もそう、俺や春野さんもそう。幸次郎さんも、皆だ」

「俺が選んだ?」
「そしたら、自分で自分の責任を背負って生きるしかないだろ?」


「運命と嘆いて逃げるのはダメなのか?」
「していいんじゃないか?」


「神の試練だと神を恨んでもいいのか?」
「いいんじゃないか?」

「…じゃ、どうしろって言うんだ…」


「そこも、カイ。お前が選べばいいんだよ。俺の言った事が当たってるなんて俺は思っていない。ただ俺がそう感じただけだ」
「……」

「お前が運命だったと思うならそうだろう…。神の所為だと思うならそれでいい…」

「……」

「だけど…お前は自分で背負ってゆく覚悟をしてんだろ?お前が事件の前に秋月から籍を抜き、死んだ事にしたのは、ご両親がしてしまった事はもう取り返しがつかないけれど、自分がした事は全部自分で持っていくつもりだからだろ?」
「……」
「お前が親を嫌いだと思えないんだよな…」

「嫌いだよ…」
「そうか?」
「いくら命令されたからって、生まれたばかりの妹を売り渡すなんて、しちゃいけないだろ?」
「まぁな…でもそういう事をしなきゃ生きれない人もいるだろ?」
「……」
「それは、お前を守る為だったんだろ?」
「そこが…そこが。イヤなんだよ。そこが大っ嫌いなんだよ!誰が守ってくれって頼んだ?俺なんか捨ててくれれば良かったんだ。そしたらこんな事には…な…らなかった…んだ」

「それでも…好きなんだろ?」

「大っ嫌いだよ!あんな人達…縁がなくなって…」
「……」
「…せいせいする…」

 俺は泣いていた。



 俺は米沢のきれいな景色を思い出した。

 もう帰れない。故郷。

 あの山も、あの道も、あの事件も、何もかもが俺とは関係が無くなる。



 後から後から涙が出てきて止まらなかった。

「カイ…。泣くなよ」
 そういう孝之も泣いていた。


「泣くぐらい…いいだろ…さっきお前が言ったじゃないか。運命の所為にして嘆いたっていいって」

 


 俺達は、数時間前に見た。

 あの場所へもう帰れない。
 もう彼らと会う事もない。

 あの米沢の空を飛んでいる時、明日花が少しだけ目を覚まし、俺を見て…。
「お兄ちゃん…」
 と呼んでくれた。
 もう、あれだけで全てが流れてゆくような気がした。
 本当に救えて良かったと……。


 だが、いつかは、誰かが俺達を裁く日が来るだろう。











 俺はこれから「三鷹」にならなければならない。

 いくら、優秀な寄代でもそんな物は人間世界では通用しない。


 俺の生きていた世界は幻想でしかないのか?

 そんな物に、俺達は苦しめられてきたのか?






 そんな事はない。

 俺達は懸命に生きてきた。




 そして、これからも


 生きてゆく。








 










 船は西へ向かって進んだ。














        終











  (後書き)

  お疲れさまでした。真城灯火です。
  十九歳というギリギリの年齢が好きで、ここで終わりにしました。
  このラストから一話に戻ると大人になった彼と会えます。
  米沢から東京に出てきた霊感少年「秋月海」が秋月でなくなるまでをペースを上げて書いてみました。大人になった彼が言うには三鷹とはもう一戦、あるようですが、、。
  その前に、まだ少し秋月海を書きたいので、短編ですが子供時代のと二百年前の三鷹との確執も書けたらなぁ。と思っています。

  それでは、つたない文章と最後までお付き合いありがとうございました。

  今は、すごくイラストが描きたいので挿絵をつけるかもしれません。
  日本刀萌え中なんです^^
  イラスト・二次(BL)担当の薪有紀にバトンタッチしたいと思います。





「海を見たかい」 二十一話 悪意という穢れ

2012-07-27 02:44:01 | 海を見たかい 秋月海 編 (真城灯火)


 「悪意という穢れ」




「三鷹誠記」


「どこに隠れた!何故、逃げる?」


 カイの声が屋敷に響く。


 俺はこの迷宮のような屋敷を知っている。
 あの本家を縮小してあるだけだから簡単だ。
 この屋敷は長方形で、それをぐるっと囲むように外に塀がある。
 門から入って一般の人が居るいわゆる居住区。
 そこから、母屋に向かって長い廊下が2つある。
 そこにも来客用とか宿泊施設、修行部屋等があった。
 三鷹誠記と会ったのが来客用の部屋で、
 伯父の「土蜘蛛」に待ち伏せされたのは修行部屋だった。


 伯父貴と対決する事になってしまった孝之の事は心配だったが、俺はあの我皇を俺といるモノより信頼している。

 あの旧校舎で会った我皇は「三鷹」への恨みを抱いていたのも知らず、三鷹と名乗った無知で無防備な俺を殺そうとしなかった。
 不意打ちをくらった形になり、怒らせてしまったが、
 あの後は大人しく「三鷹」に戻り、当時の当主、幸一伯父に秋月へ行けるように頼んだと聞いた。
 二年間、また封印された後で、祖父幸次郎を通じて俺の所へやってきた。

 彼は信頼できる。
 術者である俺と、式神の絆が強ければ強い程、その能力は上がる。

 我皇は今、戦っている。
 長い屈辱の日々から解放される喜びを夢みながら…。
 


 俺はいくつもの部屋を確認しながら奥に向かって走っていた。

 さっきの居住区にはいつもと同じように人の気配がした。
 だが、途中で俺は誰にも会わなかった。

 母屋に行くまでの部屋の中、床下や軒下には、さっきみたいな、人でこそ無かったが、犬や猫、カラスや鳩などの死骸が散乱していた。

 不浄というより、地獄が近いそんな感じだ。
 

 もう、それだけで尋常じゃない異様な空気が流れていた。
 霊感が無い普通の人間でもわかるだろう。

 重く、苦しかった。
 胸が苦しく、吐き気が上がってくる。


「大丈夫だ。俺は…昔の俺じゃない」


 ミソカやツゴモリは神となる修行をしていた桜の精。
 彼らのように不浄を嫌う者はここまで入れない。
 俺の式じゃない分、穢れの中にいる俺の影響は受けないが…。
 結界の中に入ろうとしているだろう…。

 絶対命令を出すまで…こらえててくれ。
 そう願うしか無かった。

 俺が走る反対側の廊下にもこちらと同じように死骸が転がっている。
 その中に、一体。

 それがあるのに俺は気がついた。


「…人だ…」

 俺は白い玉砂利の庭を横切り、そこへ走った。

 誰なのか判別出来ない程に切り刻まれた遺体。

「……」

 俺は懐からありったけの塩を出し、携帯を三方へ配置して、護符で浄化の炎を作った。

 青い炎が「彼女」を焼いてゆく。
 
 何一つ燃え残る物がないように俺は力を加える。
 携帯が泣き声を上げるように鳴って燃えた。

「せめて、天国へ向かえるように…」
 

 俺はそう願う事しか出来なかった。

 



 俺は彼女の血で濡れた足袋を脱ぎ捨て母屋に走った。

 部屋を一つ一つ確認する必要はもうない。


 俺は真っ直ぐに走った。 

 もう振り返りは、しない。

 進むだけだ。



 小さい渡り廊下を過ぎた先。

 本来ならこの先には当主に許された人しか入れないが、人の気配がしていた。

「もう少し」
 
 俺は廊下を走った。


 この先に、当主の部屋があるはず。



 襖を両手で開けて中に飛び込むと、そこには十人程の信者がいた。
 その一人一人が日本刀を持っている。

 彼らは皆、真剣の重さに震えながら俺に向かって構えていた。

 そんな事は予想の範疇だ。
 ここまで誰も居なかったんだ、待ち伏せているに違いなかった。

 
 この信者達は、皆、三鷹に使い捨てされる駒だ。
 一人残らず、逃げていて欲しかった。



 俺は俺を囲む男達を距離を取りながら見回した。


「お前ら、そんな、使いなれないモノを持って、自分が怪我するだけだぞ」

「私たちは三鷹さまの為に、命など惜しくない」
 一人が切りかかってきた。


 俺はその刀を独鈷で受け、念じる。

 独鈷が刀の刃を滑るとピキッと、刀が折れた。
 切りかかってきた男が腰を抜かした。

「こ、怖くないぞ。皆でかかれ!」
 と他の男から声がかかった。


 俺はそいつを見てから

「ふん。独鈷で折ったんじゃないぞ。念じた…だけだ」

 と俺は右手で独鈷を目の前に構え、印を結び、念を飛ばす。

 さっき号令をかけた男の刀がパキンという音と共に真ん中で折れた。


 俺はそのまま順に刀を折っていった。

 半分の人数まで折った所で

「ば、化け物!」と

 男達はわめきながら逃げていった。
 



 俺は一息ついた。
 そこに…

「最近の刀は折れやすいんだな」
 と奥から声がした。


「三鷹誠記…」

「人を使えばお前はひるむと思ったんだがな」

「もう、今更です」


「それじゃ、戦おうか?」

「ですね…」


「お前はどう戦うんだ。我皇はまだここに来れないぞ」

「俺はこれで」
 と独鈷を見せた。

 もうぼろぼろになっている。
 じきに封印が解けるだろう…。

「誠記さんの狼の式は…京都で俺が焼いてしまいましたね。二体目は土蜘蛛ですか?」
「…お前のそれは龍王の子の黄龍か?」
「はい」

「だが、今の状態(まま)では俺に勝てないぞ」
「わかっています」

 そう言った時、床を破り、畳を持ち上げてさっきより大きな蜘蛛が現れる。
 三体だ。

 三体の式を誠記は操っている訳だ。


 現れたとたん映画の一場面のように部屋が変わり部屋中に蜘蛛の糸が張り巡らされた。
 その糸に俺は足を捕られて動けなくなった。

「やはり、罠か…」

 見回すと部屋には誠記は居なくなっていた。
 さっきのは幻影?

 一匹の蜘蛛が糸を吐き俺の右手の自由を奪う。

 とっさに俺は独鈷を左手に投げた。



 そして、俺はそのまま右手を上にして吊り下げられた。

 独鈷を顔の前に合わせて右手に絡まる糸に向かい

「燃やしてやる」

 俺がそう言った時、俺の前にさっきの男達の一人が刀を持って飛び込んで来た。

「くそっ!」
 
 ギンッと鈍い音がする、俺は最初の一撃を独鈷で防いだ。


 だが、釣られたままじゃ不利だ。

 慣れない刀に振り回されながらも、男は次の一撃を加えてくる。

 多分、この男は何かの武術を習っているのだろうあまり動きに無駄がない。
 ただ、真剣である事、斬りつける相手が藁でなく生身の人間である事に迷いが出ているだけだ。

 何度目か剣戟を受けて、どんどん独鈷がヒビ割れてゆく。


 もう、怯ませれば十分だ。と俺が護符を出そうとした時、俺の背後で、キンッという金属音がした。
 刀の鯉口を切る音だ。

 釣られた俺の後ろにもう一人現れた。



 彼らは俺との間合いを取って構えている。

 もう本物の刀への恐怖は取れたようだ。
 段々戦う者の本能が表面に現れてきたようだった。


「はぁっ!」
 短い掛け声と共に二人が同時に切りかかってきた。
 


「くっ、もうどうなっても知らないぞ!」


 俺は舌打ちをして独鈷を振り上げ床にたたき付けた。

 畳に落ちる鈍い音と共に独鈷は粉々になった。



 その一つの破片が畳をはねて俺の左目に入ってきた。
 左目に痛みが走った。
 生暖かいモノが流れる。



 時間が止まった気がした。

 声がする。

 俺を使えと…。




「黄龍…」


 俺の右手が絡まっていた糸を燃やした。
 俺は静かに床に降りた。


「燃えろ。邪魔だ消え去れ」

 俺に絡まる土蜘蛛の糸が燃え上がった。
 と同時に土蜘蛛の一匹が苦しみだし、ひっくり返ってじたばたした後、動かなくなった。



「秋月…いや、黄龍」


 三鷹誠記が俺をそう呼んだ。
 彼の声だけが聞こえる。

 声はもう一匹の土蜘蛛からしていた。

 俺はその声のしない方へ手を向けて焼いた。


 そんな俺を見てさっきの男達が腰を抜かしている。
 だが、今度は化け物とは言われなかった。

 彼らは刀を置き、必死に俺に手を合わせていた。

「?」

 何だ。
 この者達は…。

 何者なんだ?
 そう俺が考えていると…。


「秋月晦」

 と俺に声をかける者がいる。


 そいつは土蜘蛛の形から人間になった。


 こいつは知っているぞ。三鷹誠記だ。

 俺はそいつを見た。




「私がわかるのか?晦。気分はどうだ。最高だろう?」

「…何が…だ…」

「ものすごい力を感じないか?人なんか一瞬で殺せるだろう?」
「人を殺す?力?」
「そう。殺せるだろう?」
 とそいつは言う。

「ああ、殺せるな。簡単に」

「それじゃ、さっきお前に斬りかかった不届き者のこいつらを、殺してみてくれないか?」
 と床にひれ伏してガタガタ震える男達を指をさした。
「ん…」
 と俺は男達を見下ろした。


「こんな、殺す意味も無いものをお前は殺せと俺に言うのか?」

「ああ、やってみせてくれないか?」


「ふん。くだらん。それより俺は探している物がある。それを出すがいい」

「あ、明日花か…」

「お前がもっているのだろう?」

「…だったら、そいつらを殺してみろよ」

「…お前…」

「お前が本当に殺したいのは…こいつらじゃない…」
「……」
「ならば…お前が愛していて、そして殺して欲しいお前の親を殺したら、渡してもらおう。本当に人は面白いな。愛と憎しみは同じとはな」
 そう言って俺はこの蜘蛛の巣だらけの部屋を出ようとした。

「ま、待て」
「なんだ」
 と俺が振り返ると俺の手に蜘蛛の糸が付いた。
 邪魔だな。
 と俺が思うと見る間に部屋中の土蜘蛛の糸が燃え上がり、消えた。


 それを見た男達は声をあげて逃げて行った。

「そ、それじゃ。この米沢を焼いてみてはくれないか?」
 と誠記は走って行って窓を開けた。

「どうだ。そしたら、探しているものを渡してやる」

「三鷹誠記」

「……」

「…誰に何を言っているかが…わかっていないようだな」

「晦…」

「お前は俺を何だと思っている?さっきまでの人間か?」

「遥か海の彼方に住む。龍王の息子。黄龍」

「そう、お前の祖先と訳あって交流しておる。わたしを使える者が永く出なかった…こやつで千年振りか?そんなにお前は人が嫌いか?わたしが入ったこの者は、人やおまえを嫌っておらんぞ。自分と同じだと言っている」


「同じ…?そんなはずはない。俺はあいつに酷いことをしてきたんだ」

「なぜだ」

「晦は寄代(よりしろ)なんだ。それも並の力じゃない。お前のような神すら降ろしてしまう。なのに私はその辺の霊とか虫とかしか使役できなくて、憎かった。だから、寄代になれないように心を汚してやろうと思った。だから、妹を金で買った。親父に殺させようとした。俺を憎むか、恨むか、蔑むか。哀れむか。そのどれでも良かったんだ。だが、あいつが神格化したのを見て、私は私のしてきた事が間違いだったと気が付いた。最初から叶うはずの無い夢を追い続けていたのは私だったと…そんな私と晦が同じはずがない…」





 何故、あの図書室で俺を助けに来たのですか?
 放っておいて良かったのに…

「お前をあんな小物にと思っただけだ。助けた訳じゃない」
 三鷹誠記が答える。



 春野は普通に会いに来て欲しいと言ってますよ。

「もう、過去の事だ」



 明日花に俺の子を産ませるって言うのは嘘ですね。

「あの子はまだそういう体じゃない」



 大切に育ててくれているようですね。

「あの子に罪はない。あるとしたら、幸次郎とお前だ」






 俺は黄龍の中で、明日花の居場所を感じた。


「明日花」

 俺はまっすぐにその部屋へ向かった。

 部屋を二つ行った先に倒れている少女を見つけた。



「明日花」

 声をかけると彼女の周りの空気が俺に妹だと教えてくれた。
 桜が散っていた。
 祖母がここまで来ていたんだ。

 俺は彼女を抱き上げた。


 そして部屋を出ようとした時、


「待て…連れて行くな」


 三鷹誠記は男達が落とした刀で俺に斬りかかってきた。


 とっさに明日花をかばったので、刀は俺の肩を斬った。


「つっ…三鷹誠記」




 痛みで俺から黄龍が抜けかかる。

 金色に近かった髪が茶色に戻る。



 部屋の中に沢山の信者達が雪崩れ込んできた。

 俺は明日花を右手に抱いたまま、床に片膝をついた状態で座っていた。


 明日花を抱えて、この人数を一度に相手は出来ない。

 彼らは、じりじりと俺の感覚を狭めてくる。


 もう一度、黄龍になって、こいつらを…吹き飛ばすしかないのか…。
 静かに明日花を俺の横に寝かせた。

 俺の左目が輝き始める。


 ゆっくりと血が滴る両手を上げる。



 男達が怯んだ。


 俺の手には小型の銃が握られていたからだ。
 それは、あの京都で俺を撃った三鷹幸一の銃だ。



 俺が見据える先に居るのは、俺と同じように銃を構えた三鷹誠記。

 自然と俺と三鷹との間の人が開いてゆく…。


 音が無くなったような世界が一瞬あった。

 俺達は同時に撃った。


 撃った時、俺は印を結び念じる。
 真言が彫ってある弾は加速をする…。

 俺の弾が三鷹誠記にあたり、彼は後ろに吹き飛んだ。


 三鷹が撃った弾は、俺の頬を掠めていった。







「カイ!」

 孝之と我皇がそこに飛び込んできた。
 我皇はボロボロだったが、勝ち誇った顔をしていた。


「花白!薄桜!」
 と、俺は叫んだ。

 それはミソカとツゴモリの本当の名だ。
 これは絶対命令になる。
 彼らは俺の元に飛んできて俺と明日花を抱き上げ飛んだ。

「孝之。我皇、飛べ!」

 我皇が孝之を抱えて屋敷の屋根を吹き飛ばし飛び上がる。
 










 俺達はそのまま、三鷹家を後にした。



 遠くからサイレンの音が聞こえてくる。






 俺達は秋月家の敷地内に明日花を運び、結界をはりなおす。
 ここで我皇はお別れだ。
 彼は明日花を守っていってくれるだろう。

 家から飛び出てくる両親とじいちゃん達を俺達は空から見送り、春野の教えてくれた知人の家に向かった。
 行った先は外科医だった。
 きっと、怪我をしていると予測して選んでくれたのだろう。
 俺達は春野に感謝した。
 俺はそこで三鷹誠記に斬られた傷を縫ってもらった。

 血だらけになった着物を脱ぎ、服に着替える。

 着物を持って新幹線で東京に向かうように頼むと、借りてもらってあったレンタカーに乗り込んだ。


 俺達はR113で山を越え新潟へ向かった。
 高速に乗る前にまた車を乗り換え、新潟港へ。

 新潟から敦賀まではフェリー。

 後は敦賀には九条の車が待っている。



 それと、俺は米沢に入る前に冬の霜月家と養子縁組の手続きをしていた。

 秋月家には、明日花のちゃんとした戸籍謄本を作ってもらいそれを送ってある。
 これで、明日花は籍のない子ではなく、秋月家の長女だ。
 




 フェリーの窓から朝日が射してきた。 
 
 俺は今日から霜月海。となる。



 今頃、米沢は大変な事になっているだろう。
 

 三鷹親子がどうなるのか、俺にはわからない。





 彼らは、人の法で裁かれるだろう。


 人は人で、あるべきなのだ。

 











 

「海を見たかい」 二十話 決戦の地 米沢

2012-07-27 02:08:58 | 海を見たかい 秋月海 編 (真城灯火)

(人物紹介)
人以外のモノが見える 大学2年      秋月海
ひょんな事から海の式神となった双子妖怪? ミソカとツゴモリ
視えないが力は強かった祖父        秋月コウジロウ
いきなりナンパ?してきた霊媒体質女    春野美津子
高校の同級生 大学も同じになる      大川孝之
高校の同級生 カイが好きらしい…     三沢結花
三鷹の親戚 京都の九条本家当主の妻    九条晴美
秋月の本家 三鷹家の若き当主       三鷹誠記
三鷹家の前当主 秋月幸次郎の実兄     三鷹幸一


  「決戦の地 米沢」


 京都の九条家の事件から半年近くが過ぎた。

 俺達の後ろには九条家を中心として「松月」がついた。
 この半年の間、動かせる権力を全て使い、三鷹を政治的に孤立させていった。

 三鷹の弱体化は目に見えるようだった。
 毎日各地で何十人もの信者が逃げていると聞く。
 ネット内でも、色々騒がれていた。


 それに対し、三鷹の現当主は何もしなかった。

 俺達は彼の覚悟を見た気がした。


 こうして表面化した事で益々俺達と三鷹の対決は避けられなくなっていった。



 まだ暑い九月の終わり、俺達は東京に居た。

「そろそろマスコミも明日花ちゃんの事に気付き始めているようだし、このままこの勢いで責めていったら返してくれるんじゃないか?」
 と孝之が言った。

「…なら、決戦の時が来たって事だな…」
 とカイが答える。

「何でだよ。誰も危険な目に合わなくていけるじゃないか?」
「戦うって言うか、私も危ない事はして欲しくないけど…それは避けられないと思うわ」
「春野さんまで。どうしてだよ」
「…警察も行政も動かさない…俺達でやるんだ」
「カイ。だって、そうだろ?俺達が三鷹に行ってこそっと連れて帰って来れるなんて誰も思っていないだろう?」
「だけど、今、マスコミが騒ぎ出したら明日花ちゃんはどうなるの?今まで、家族の誰とも会えないような所で十年生きてきて、やっと、家族に会えたと思ったら今度はマスコミに追われて、ずっと逃げて生きていかなきゃならなくなるのよ」
「そ、それは仕方が無いじゃないか」
「薄情な男ね!知らなかったわ」
 と、春野は孝之を睨んでいた。

「冬が来る前に何とかしないと思っていたから丁度いい…」
「カイ。俺はお前を心配して…」
「俺の心配?それは違うだろ?お前は…」
 カイが言いかけた言葉を春野が遮った。
「それ以上言っちゃだめ…。お互いがお互いを破滅させるわよ」
「そうだな…」
 とカイが頷く。

「…っと、カイ。ごめん。もう今更だったよな。何の為に俺が式をちゃんと使えるように練習してたかわからなくなっちまうな」
「そうだよ。タカくんも頑張ってたもんね」

 最近、前にも増してしゃべらなくなってきたカイを、春野がフォローするようになってきていた。
 二人のこんな言い合いも増えた。
 それは、カイも孝之もその日が近いと感じているからに他ならなかった。


「だけど、そう簡単にいくとは思えない」
 と孝之が言った。
「向こうはどうしようと言うのかしら?まさか、明日花ちゃんを人質にしてるから大丈夫って思っているのかな」
「……」
「カイ。どうする?」
「群馬の本家には、マスコミがもう張り付いているから、米沢の三鷹家で会合をしたいと、松月からの招待状を出してもらう。これで、本家よりは勝算が上がる」
「米沢で?九条に…京都に呼ばないの?」
「京都だと、三鷹誠記しか来ないだろう?今、米沢の三鷹に明日花は居るんだ」
「居る場所がわかるなら、今すぐ助けに行こうぜ」
 と孝之が言う。
「招待状を出して、お前が京都にいると三鷹を呼んで、その隙に奪回するんだ」
「それは、出来ない。俺無しでは無理だ」
「それじゃ、お前が京都に居ると嘘を言って…」
「すぐにバレる嘘を付いても意味はない。それをしたら三鷹はもう2度と招待を受けなくなるぞ」
「なんで、松月の招待は絶対なんだろ?」
「…半年前までならな…」

「じゃあ、お前抜きで俺達で、九条にも来てもらって…」
「九条は呼べない」
「何故?」
「それが彼らとの契約だ」
「奪回すればすべて済むんだぞ」

「彼らは戦闘向きじゃないんだ。使えない者は無理だ」
「そんな事いっても」
「…強力な結界が…あるんだ」
「そんな物、我皇が居れば、どうとでも出来るだろう?」
「向こうに死人が出てもいいならな…」
「……」
「何人犠牲が出るかわからない。簡単に奪えるなら、こんな時間をかけないで俺が行ってた」
「だが、カイ。それなら、時間をかけてもかけなくても同じなんじゃないか?」
「…死人を出しても構わないと俺が思えるまでの時間だ」
「お前…だから信者を減らすのに躍起になってたって事なのか?」
「それ以外に方法が無いだろ?」
「だから。警察にだな」
「罪も無い警官まで殺す趣味は俺には無い」
「だけど、それが仕事だろ?」
「こんなヤクザ同士の小競り合いみたいな喧嘩に巻き込まれて死ぬのが仕事?」
「カイ!」
「ま、待って。やめて」
 とまた春野が止めに入った。

 ちょっと頭を冷やして来ると言って孝之は出て行った。
 きっと、タマリに電話してるわよ。と春野が言った。
 俺もそうだろうなと思っていた。


「俺って、孝之に頼ってるよなぁ…」
 ぼそりとカイが言い出した。
「そだね」
 春野は頷いた。
「意外だったもんな。九条でツゴモリを渡したら、本当にちゃんと抑えれてさ…気持ちで動くっていう事なんだろうな…」
「視えない人だったのに、ホント凄い進歩よね」
「うん。進歩って言うか、あいつ結構努力家だからさ、何にでも、がむしゃらにやって、そこが面倒な時もあるけど、結局はこうしてモノにしてっちゃうんだよな」
「変に真面目なとこあるし」
「だね」
 と俺達は笑った。

「だけど、本当に良いのかな?あいつを巻き込んで…」
「心配だから連れて行かないって言ってみれば?」
「……」
「言えないんでしょ?」

「じゃ、怖いから一緒に来てって言ったら?」
「……」
「それも言えないわよね?」

「だったら、もうこのままで良いのよ」
「…それで良いのかな?」

「だけど、今更、そんな事を本気で聞いたら殴られるわよ」
「あっは。そうだね」
「そうよ」


「春野さんも、側に居てくれて本当に助かっているよ」
「え?そう。何、私にまで今更な事を言ってるのよ」

「だけど、春野は三鷹に行く俺達を出来れば止めたいと思っているだろ?」
「そりゃあ、何かあったらイヤだから、止めたいわよ。だけど、妹さんを助けれるのはカイくんしかないじゃない」
「ん、明日花の事じゃなくて。三鷹と喧嘩するのを止めたいと思ったでしょ?」
「まぁね。一応知り合い同士だもの」
「彼が本当に俺に敵として対峙して欲しいと思うなら、春野や孝之に危害が与えられれば…俺は本気になるのに。彼はそれをしない。脅してきたのに、やってこない。いくら俺が式を守りにつけていたって、やり方はある。俺がやったみたいに送り返してやればいいんだ」
「…そうね。何をしたいのかが、わからないわね」


「だけど、一つだけ言えるのは、まだ春野さんを好きなんだよ。きっと」
「……だったら、ちゃんと会いに来て欲しいわ」

「…そうだね…」
「だけど、この時にも明日花ちゃんはどうしているのかしら…」

「きっと…大丈夫。俺は信じている」








 その後、すぐにカイは九条へ指示を送った。

「九条家にはここからは、外堀を埋めてもらうだけでいいです。もうこれ以上の介入しないで下さい」
「わかりました」
 九条晴美が答えた。

「米沢でも、三鷹の息のかかった人間は多い。市内を抜けて逃げる算段もしなとな」
 孝之が言いながら地図を見ている。
 彼は半年の間に車の免許を取得していた。
「私は何をすればいいの?」
「春野さんは、例のネットワークを使って、それを動かして頼みたい事がある。だからいつでも人を動かせるようにしていて欲しい。春野は結花さんと九条に行って待ってて」
「わかったわ」
「それと、当日、米沢の孝之の家族と結花の家族にはとりあえず、秋月の家に来ていて欲しい。あそこは守護されているし、じいちゃんが何とかしてくれる」
「守られているの?」
「ああ、小さな神社くらいの力はあると思う」
「それって、幸次郎さんが家を出なかった本当の理由かしら?」
「守りきれなかった明日花の帰る場所を守っているって事だね」
 カイがそう言うのを、春野はじっと見つめた。
 その視線を感じてカイはあわてて言葉を付け加えた。

「明日花と俺の帰る家を守ってくれているんだ」

 そう言われた。
 ううん。
 そう言わせた。
 だけど、カイくんはもう戻る気が無いのじゃないかと春野は思った。







 やがて、十月。

「松月」が「三鷹」に指定した日が訪れる。


「ミソカ、ツゴモリ、我皇の全部を使うんだな」
「ミソカは明日花を探しに行かせる。ツゴモリはお前に渡す。我皇は俺と」
 とカイは孝之に指示した。

 当日の朝早く、三鷹誠記は米沢の三鷹家に現れた。

 彼が屋敷に入ったのを確認してから俺達も三鷹の門を叩いた。



 前の時と同じように「三鷹当主」に会う為には正装に着替えなければならなかった。
 今度はカイは孝之の着付けをしなかった。
 俺達の持って来た護符やら塩やらの装備品が向こうへ取られるかと思ったが、そのまま渡された。
 もちろん、カイの独鈷もそのままだ。

 門から順に奥に進む程、結界が強くなってゆく気がした。

 屋敷の形は真ん中に白い玉砂利の中庭があり、それをぐるっと囲むように長い廊下がある。どこかの神社みたいな造りだった。
 廊下を行った先に白い壁の横に長い建物が拡がっていた。

 大きな部屋で待っていると、しばらくして三鷹誠記が現れた。
 そして、テーブルもない部屋の向こう側に座った。 



「久しぶりだな。秋月晦」


「お久しぶりです」



「今日は招待をありがとう。ま、ここも、我が家みたいなものだから、私が御もてなしをさせてもらうがな」
 と笑った。

 カイより少し低い威圧的な雰囲気がする声だった。
 これが、三鷹当主。


「三鷹誠記さん。何も、おかまいなく…」

「なにを焦っている。久しぶりに戻って来たんだ。別に急がなくていいだろう」

「俺はここで預かってもらっている。妹を引き取りに来ただけです。ですので、すぐに帰りますから」
「ふーん、そうか」

「どうぞ、何もお気になさらずに」

 三鷹誠記が立ち上がり縁側に出る。
 外には屋敷の裏山が見えた。
 ここは小高い山の中腹、きっと反対側に行ったら米沢市内が見渡せるのだろう。

「晦。君の頼りにしているミソカとツゴモリがこの中に入って来れないのを気付いているかい?」
「…知っています。ここは…不浄だから…」
 カイを見ると、額に汗が滲んでいた。

「怨念が君には辛いだろうね。それじゃ、失礼するよ」
 と誠記は隣の部屋に消えた。


「カイ。追わないのか?」
 孝之は腰をうかしている。

「まだ…動けないんだ」
「何?」

「だから、言ったろ。ここは不浄だと…。誠記が立ち上がるまで気がつかなかった。この床下に人が…死んでいるんだ。まだ、間が無い。だから、ツゴモリたちはここまで入ってこれない。俺は…、断ち切るから待って…。そしたら動けるようになる」
「切るってお前、無理やり祓うのは嫌いだろう」
「…そう。でもそうするしかないだろ」
 とカイは真言を唱えだした。
 手にした護符が燃える。

 どこかで呻く様な声がした。
 一人や二人じゃなかった。

 孝之は青ざめた。
 三鷹誠記がやったのか?

「追うぞ」
 カイが走りだした。
 孝之はそれに従った。



「ツゴモリ、ミソカが使えない。俺の我皇をお前に渡す」
 走りながらカイが言った。

「カイ。それじゃ、お前の守りが弱くなる」

「いや、俺よりお前が心配だ。我皇は幸一伯父と確執がある。伯父さんの式と戦う事になるから、心しろ」
「伯父さんの式?京都じゃ持ってなかったじゃないか、あいつ、使えるのか?」

「使えるさ。大伯父は陰陽師だ。曲がりなりにも三鷹の当主だったんだからな」


 何度目かの部屋を通り過ぎようとした時、横から大きな蜘蛛が出て来た。
 俺達は左右に分かれた。

「土蜘蛛か…伯父貴の式だ」
 カイが予測した通りだ。

「我皇、孝之を守れ!そして、勝ってみせろ!」
 走りながらカイが我皇に指示を飛ばす。
「承知」
 我皇が答える。

「カイ!」
 孝之は我皇の側から離れられない。

 先を行くカイを見送る事しか出来なかった。