君とともに生き、君とともに逝くのならば、僕は君の為に生きよう。

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「海を見たかい」 二十一話 悪意という穢れ

2012-07-27 02:44:01 | 海を見たかい 秋月海 編 (真城灯火)


 「悪意という穢れ」




「三鷹誠記」


「どこに隠れた!何故、逃げる?」


 カイの声が屋敷に響く。


 俺はこの迷宮のような屋敷を知っている。
 あの本家を縮小してあるだけだから簡単だ。
 この屋敷は長方形で、それをぐるっと囲むように外に塀がある。
 門から入って一般の人が居るいわゆる居住区。
 そこから、母屋に向かって長い廊下が2つある。
 そこにも来客用とか宿泊施設、修行部屋等があった。
 三鷹誠記と会ったのが来客用の部屋で、
 伯父の「土蜘蛛」に待ち伏せされたのは修行部屋だった。


 伯父貴と対決する事になってしまった孝之の事は心配だったが、俺はあの我皇を俺といるモノより信頼している。

 あの旧校舎で会った我皇は「三鷹」への恨みを抱いていたのも知らず、三鷹と名乗った無知で無防備な俺を殺そうとしなかった。
 不意打ちをくらった形になり、怒らせてしまったが、
 あの後は大人しく「三鷹」に戻り、当時の当主、幸一伯父に秋月へ行けるように頼んだと聞いた。
 二年間、また封印された後で、祖父幸次郎を通じて俺の所へやってきた。

 彼は信頼できる。
 術者である俺と、式神の絆が強ければ強い程、その能力は上がる。

 我皇は今、戦っている。
 長い屈辱の日々から解放される喜びを夢みながら…。
 


 俺はいくつもの部屋を確認しながら奥に向かって走っていた。

 さっきの居住区にはいつもと同じように人の気配がした。
 だが、途中で俺は誰にも会わなかった。

 母屋に行くまでの部屋の中、床下や軒下には、さっきみたいな、人でこそ無かったが、犬や猫、カラスや鳩などの死骸が散乱していた。

 不浄というより、地獄が近いそんな感じだ。
 

 もう、それだけで尋常じゃない異様な空気が流れていた。
 霊感が無い普通の人間でもわかるだろう。

 重く、苦しかった。
 胸が苦しく、吐き気が上がってくる。


「大丈夫だ。俺は…昔の俺じゃない」


 ミソカやツゴモリは神となる修行をしていた桜の精。
 彼らのように不浄を嫌う者はここまで入れない。
 俺の式じゃない分、穢れの中にいる俺の影響は受けないが…。
 結界の中に入ろうとしているだろう…。

 絶対命令を出すまで…こらえててくれ。
 そう願うしか無かった。

 俺が走る反対側の廊下にもこちらと同じように死骸が転がっている。
 その中に、一体。

 それがあるのに俺は気がついた。


「…人だ…」

 俺は白い玉砂利の庭を横切り、そこへ走った。

 誰なのか判別出来ない程に切り刻まれた遺体。

「……」

 俺は懐からありったけの塩を出し、携帯を三方へ配置して、護符で浄化の炎を作った。

 青い炎が「彼女」を焼いてゆく。
 
 何一つ燃え残る物がないように俺は力を加える。
 携帯が泣き声を上げるように鳴って燃えた。

「せめて、天国へ向かえるように…」
 

 俺はそう願う事しか出来なかった。

 



 俺は彼女の血で濡れた足袋を脱ぎ捨て母屋に走った。

 部屋を一つ一つ確認する必要はもうない。


 俺は真っ直ぐに走った。 

 もう振り返りは、しない。

 進むだけだ。



 小さい渡り廊下を過ぎた先。

 本来ならこの先には当主に許された人しか入れないが、人の気配がしていた。

「もう少し」
 
 俺は廊下を走った。


 この先に、当主の部屋があるはず。



 襖を両手で開けて中に飛び込むと、そこには十人程の信者がいた。
 その一人一人が日本刀を持っている。

 彼らは皆、真剣の重さに震えながら俺に向かって構えていた。

 そんな事は予想の範疇だ。
 ここまで誰も居なかったんだ、待ち伏せているに違いなかった。

 
 この信者達は、皆、三鷹に使い捨てされる駒だ。
 一人残らず、逃げていて欲しかった。



 俺は俺を囲む男達を距離を取りながら見回した。


「お前ら、そんな、使いなれないモノを持って、自分が怪我するだけだぞ」

「私たちは三鷹さまの為に、命など惜しくない」
 一人が切りかかってきた。


 俺はその刀を独鈷で受け、念じる。

 独鈷が刀の刃を滑るとピキッと、刀が折れた。
 切りかかってきた男が腰を抜かした。

「こ、怖くないぞ。皆でかかれ!」
 と他の男から声がかかった。


 俺はそいつを見てから

「ふん。独鈷で折ったんじゃないぞ。念じた…だけだ」

 と俺は右手で独鈷を目の前に構え、印を結び、念を飛ばす。

 さっき号令をかけた男の刀がパキンという音と共に真ん中で折れた。


 俺はそのまま順に刀を折っていった。

 半分の人数まで折った所で

「ば、化け物!」と

 男達はわめきながら逃げていった。
 



 俺は一息ついた。
 そこに…

「最近の刀は折れやすいんだな」
 と奥から声がした。


「三鷹誠記…」

「人を使えばお前はひるむと思ったんだがな」

「もう、今更です」


「それじゃ、戦おうか?」

「ですね…」


「お前はどう戦うんだ。我皇はまだここに来れないぞ」

「俺はこれで」
 と独鈷を見せた。

 もうぼろぼろになっている。
 じきに封印が解けるだろう…。

「誠記さんの狼の式は…京都で俺が焼いてしまいましたね。二体目は土蜘蛛ですか?」
「…お前のそれは龍王の子の黄龍か?」
「はい」

「だが、今の状態(まま)では俺に勝てないぞ」
「わかっています」

 そう言った時、床を破り、畳を持ち上げてさっきより大きな蜘蛛が現れる。
 三体だ。

 三体の式を誠記は操っている訳だ。


 現れたとたん映画の一場面のように部屋が変わり部屋中に蜘蛛の糸が張り巡らされた。
 その糸に俺は足を捕られて動けなくなった。

「やはり、罠か…」

 見回すと部屋には誠記は居なくなっていた。
 さっきのは幻影?

 一匹の蜘蛛が糸を吐き俺の右手の自由を奪う。

 とっさに俺は独鈷を左手に投げた。



 そして、俺はそのまま右手を上にして吊り下げられた。

 独鈷を顔の前に合わせて右手に絡まる糸に向かい

「燃やしてやる」

 俺がそう言った時、俺の前にさっきの男達の一人が刀を持って飛び込んで来た。

「くそっ!」
 
 ギンッと鈍い音がする、俺は最初の一撃を独鈷で防いだ。


 だが、釣られたままじゃ不利だ。

 慣れない刀に振り回されながらも、男は次の一撃を加えてくる。

 多分、この男は何かの武術を習っているのだろうあまり動きに無駄がない。
 ただ、真剣である事、斬りつける相手が藁でなく生身の人間である事に迷いが出ているだけだ。

 何度目か剣戟を受けて、どんどん独鈷がヒビ割れてゆく。


 もう、怯ませれば十分だ。と俺が護符を出そうとした時、俺の背後で、キンッという金属音がした。
 刀の鯉口を切る音だ。

 釣られた俺の後ろにもう一人現れた。



 彼らは俺との間合いを取って構えている。

 もう本物の刀への恐怖は取れたようだ。
 段々戦う者の本能が表面に現れてきたようだった。


「はぁっ!」
 短い掛け声と共に二人が同時に切りかかってきた。
 


「くっ、もうどうなっても知らないぞ!」


 俺は舌打ちをして独鈷を振り上げ床にたたき付けた。

 畳に落ちる鈍い音と共に独鈷は粉々になった。



 その一つの破片が畳をはねて俺の左目に入ってきた。
 左目に痛みが走った。
 生暖かいモノが流れる。



 時間が止まった気がした。

 声がする。

 俺を使えと…。




「黄龍…」


 俺の右手が絡まっていた糸を燃やした。
 俺は静かに床に降りた。


「燃えろ。邪魔だ消え去れ」

 俺に絡まる土蜘蛛の糸が燃え上がった。
 と同時に土蜘蛛の一匹が苦しみだし、ひっくり返ってじたばたした後、動かなくなった。



「秋月…いや、黄龍」


 三鷹誠記が俺をそう呼んだ。
 彼の声だけが聞こえる。

 声はもう一匹の土蜘蛛からしていた。

 俺はその声のしない方へ手を向けて焼いた。


 そんな俺を見てさっきの男達が腰を抜かしている。
 だが、今度は化け物とは言われなかった。

 彼らは刀を置き、必死に俺に手を合わせていた。

「?」

 何だ。
 この者達は…。

 何者なんだ?
 そう俺が考えていると…。


「秋月晦」

 と俺に声をかける者がいる。


 そいつは土蜘蛛の形から人間になった。


 こいつは知っているぞ。三鷹誠記だ。

 俺はそいつを見た。




「私がわかるのか?晦。気分はどうだ。最高だろう?」

「…何が…だ…」

「ものすごい力を感じないか?人なんか一瞬で殺せるだろう?」
「人を殺す?力?」
「そう。殺せるだろう?」
 とそいつは言う。

「ああ、殺せるな。簡単に」

「それじゃ、さっきお前に斬りかかった不届き者のこいつらを、殺してみてくれないか?」
 と床にひれ伏してガタガタ震える男達を指をさした。
「ん…」
 と俺は男達を見下ろした。


「こんな、殺す意味も無いものをお前は殺せと俺に言うのか?」

「ああ、やってみせてくれないか?」


「ふん。くだらん。それより俺は探している物がある。それを出すがいい」

「あ、明日花か…」

「お前がもっているのだろう?」

「…だったら、そいつらを殺してみろよ」

「…お前…」

「お前が本当に殺したいのは…こいつらじゃない…」
「……」
「ならば…お前が愛していて、そして殺して欲しいお前の親を殺したら、渡してもらおう。本当に人は面白いな。愛と憎しみは同じとはな」
 そう言って俺はこの蜘蛛の巣だらけの部屋を出ようとした。

「ま、待て」
「なんだ」
 と俺が振り返ると俺の手に蜘蛛の糸が付いた。
 邪魔だな。
 と俺が思うと見る間に部屋中の土蜘蛛の糸が燃え上がり、消えた。


 それを見た男達は声をあげて逃げて行った。

「そ、それじゃ。この米沢を焼いてみてはくれないか?」
 と誠記は走って行って窓を開けた。

「どうだ。そしたら、探しているものを渡してやる」

「三鷹誠記」

「……」

「…誰に何を言っているかが…わかっていないようだな」

「晦…」

「お前は俺を何だと思っている?さっきまでの人間か?」

「遥か海の彼方に住む。龍王の息子。黄龍」

「そう、お前の祖先と訳あって交流しておる。わたしを使える者が永く出なかった…こやつで千年振りか?そんなにお前は人が嫌いか?わたしが入ったこの者は、人やおまえを嫌っておらんぞ。自分と同じだと言っている」


「同じ…?そんなはずはない。俺はあいつに酷いことをしてきたんだ」

「なぜだ」

「晦は寄代(よりしろ)なんだ。それも並の力じゃない。お前のような神すら降ろしてしまう。なのに私はその辺の霊とか虫とかしか使役できなくて、憎かった。だから、寄代になれないように心を汚してやろうと思った。だから、妹を金で買った。親父に殺させようとした。俺を憎むか、恨むか、蔑むか。哀れむか。そのどれでも良かったんだ。だが、あいつが神格化したのを見て、私は私のしてきた事が間違いだったと気が付いた。最初から叶うはずの無い夢を追い続けていたのは私だったと…そんな私と晦が同じはずがない…」





 何故、あの図書室で俺を助けに来たのですか?
 放っておいて良かったのに…

「お前をあんな小物にと思っただけだ。助けた訳じゃない」
 三鷹誠記が答える。



 春野は普通に会いに来て欲しいと言ってますよ。

「もう、過去の事だ」



 明日花に俺の子を産ませるって言うのは嘘ですね。

「あの子はまだそういう体じゃない」



 大切に育ててくれているようですね。

「あの子に罪はない。あるとしたら、幸次郎とお前だ」






 俺は黄龍の中で、明日花の居場所を感じた。


「明日花」

 俺はまっすぐにその部屋へ向かった。

 部屋を二つ行った先に倒れている少女を見つけた。



「明日花」

 声をかけると彼女の周りの空気が俺に妹だと教えてくれた。
 桜が散っていた。
 祖母がここまで来ていたんだ。

 俺は彼女を抱き上げた。


 そして部屋を出ようとした時、


「待て…連れて行くな」


 三鷹誠記は男達が落とした刀で俺に斬りかかってきた。


 とっさに明日花をかばったので、刀は俺の肩を斬った。


「つっ…三鷹誠記」




 痛みで俺から黄龍が抜けかかる。

 金色に近かった髪が茶色に戻る。



 部屋の中に沢山の信者達が雪崩れ込んできた。

 俺は明日花を右手に抱いたまま、床に片膝をついた状態で座っていた。


 明日花を抱えて、この人数を一度に相手は出来ない。

 彼らは、じりじりと俺の感覚を狭めてくる。


 もう一度、黄龍になって、こいつらを…吹き飛ばすしかないのか…。
 静かに明日花を俺の横に寝かせた。

 俺の左目が輝き始める。


 ゆっくりと血が滴る両手を上げる。



 男達が怯んだ。


 俺の手には小型の銃が握られていたからだ。
 それは、あの京都で俺を撃った三鷹幸一の銃だ。



 俺が見据える先に居るのは、俺と同じように銃を構えた三鷹誠記。

 自然と俺と三鷹との間の人が開いてゆく…。


 音が無くなったような世界が一瞬あった。

 俺達は同時に撃った。


 撃った時、俺は印を結び念じる。
 真言が彫ってある弾は加速をする…。

 俺の弾が三鷹誠記にあたり、彼は後ろに吹き飛んだ。


 三鷹が撃った弾は、俺の頬を掠めていった。







「カイ!」

 孝之と我皇がそこに飛び込んできた。
 我皇はボロボロだったが、勝ち誇った顔をしていた。


「花白!薄桜!」
 と、俺は叫んだ。

 それはミソカとツゴモリの本当の名だ。
 これは絶対命令になる。
 彼らは俺の元に飛んできて俺と明日花を抱き上げ飛んだ。

「孝之。我皇、飛べ!」

 我皇が孝之を抱えて屋敷の屋根を吹き飛ばし飛び上がる。
 










 俺達はそのまま、三鷹家を後にした。



 遠くからサイレンの音が聞こえてくる。






 俺達は秋月家の敷地内に明日花を運び、結界をはりなおす。
 ここで我皇はお別れだ。
 彼は明日花を守っていってくれるだろう。

 家から飛び出てくる両親とじいちゃん達を俺達は空から見送り、春野の教えてくれた知人の家に向かった。
 行った先は外科医だった。
 きっと、怪我をしていると予測して選んでくれたのだろう。
 俺達は春野に感謝した。
 俺はそこで三鷹誠記に斬られた傷を縫ってもらった。

 血だらけになった着物を脱ぎ、服に着替える。

 着物を持って新幹線で東京に向かうように頼むと、借りてもらってあったレンタカーに乗り込んだ。


 俺達はR113で山を越え新潟へ向かった。
 高速に乗る前にまた車を乗り換え、新潟港へ。

 新潟から敦賀まではフェリー。

 後は敦賀には九条の車が待っている。



 それと、俺は米沢に入る前に冬の霜月家と養子縁組の手続きをしていた。

 秋月家には、明日花のちゃんとした戸籍謄本を作ってもらいそれを送ってある。
 これで、明日花は籍のない子ではなく、秋月家の長女だ。
 




 フェリーの窓から朝日が射してきた。 
 
 俺は今日から霜月海。となる。



 今頃、米沢は大変な事になっているだろう。
 

 三鷹親子がどうなるのか、俺にはわからない。





 彼らは、人の法で裁かれるだろう。


 人は人で、あるべきなのだ。

 











 


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