星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

fortune cookies(3)

2008-10-03 02:47:34 | fortune cookies
 私が小学3年生のとき母が手術のため入院することになった。お腹を切る手術、と聞かされていたが、大人になってあれは子宮筋腫だったということを知った。恐らく一週間ほど入院していたようだったが、その間母の姉妹達が代わる代わる何かと世話をしに家に来てくれていた。ある日、どの伯母も都合がつかないという日があったのか、美沙子姉さんが来てくれることになった。その時の美沙子姉さんは多分高校生くらいだったろうと思う。小学生の私から見たらもう大人と同じだった。私と美沙子姉さんが長時間過ごしたのはそれが初めてだったが、最初から私は美沙子姉さんには他の従姉妹にはない親近感を持っていた。それで美沙子姉さんが来てくれると知った時とてもはしゃいで喜んだ。美沙子姉さんは綺麗で優しく、私の憧れのお姉さんだったのだから。

 私と美沙子姉さんは同じような運命を生きてきた、と言っても良かった。私たちは共に養父母に育てられていた。私の場合は3歳の時に母親が蒸発した。男手ひとつで私を育て切れないと判断した父親は、自分の姉夫婦に私を養子に出した。子供を欲しがっていたにも関わらずずっと出来ずにいた伯母夫婦は養子を探していたのだ。同じように美沙子姉さんの両親も姉さんが小学生のときに離婚し、父親の兄弟夫婦の元へ養子に出されていた。当時の私は美沙子姉さんの生い立ちについて詳しいことを知らなかったが、美沙子姉さんの家の中で彼女だけが貰われっ子であるということだけは知っていた。それをどこからか聞いた時、ああ、私と同じなんだ、と強く思ったのを憶えているのだ。

 私が正式に今の両親の養子になったのはもう物心ついた年齢であったので、私は自分が貰われてきた子だ、という自覚を常に持っていた。そのせいか自分は居候をしている、という感覚がいつまでも抜けなかった。どんなに月日が経っても私は両親に甘えることができなかった。なんの躊躇いもなく、お父さん、お母さん、と呼ぶことができたけれども、心の中ではいつまでも伯父さんと伯母さんだと思っていた。そういう心情が態度になって表れていたのかもしれない。母親はいつも私のことを可愛げがないと言っていた。まったく可愛くない子供だね、というのが母親の口癖だった。これは私の推測であるが、養子をもらってまで子供が欲しかったという母親は、確かに自分で言うとおり子供好きなのには違いなかったのだろうが、その分子供というものに対しての自分のイメージが確立していて、そのイメージから私はあまりにも遠すぎたのかもしれなかった。それでその失望や期待外れが余計に私への苛立ちになっていたのではないかと思うのだ。

 自分で振り返ってみても私は全くもって可愛げのない子供だった。子供らしい遠慮のなさや屈託のなさ、というものが私には決定的に欠けていた。子供特有の喜怒哀楽の表現も苦手だった。私が頭の中で思い描いていたことは、大人になったら少しでも早くこの家を飛び出すのだということだけだった。私は自由になりたかった。その為には最小限の借りしか作りたくなかった。私は甘えたことや物的な要求やわがままは一切言わなかった。借りを作るとそれだけ家を出にくいと思っていた。勿論、小学生の当時の私がそんなことを具体的に思案していたわけではない。もっとぼんやりとした、屈折した感情、というものを持っていただけに過ぎない。けれどもその様な思考は大きくなるにつれて徐々に確立されていった。

 毎日代わる代わる家にやってくる伯母達は、母親が入院して私がさぞかし心細くしていると思ったらしく普段以上に優しく接してくれた。私は正直さびしいという気持ちは微塵もなく、普段言いつけられている様々な制約や家事の手伝いから解放されいつもにはない開放感を感じていた。そこへ今度は美沙子姉さんがやってくると知って、私は本当に浮かれた気分になった。

 美沙子姉さんが家に来たのは、多分冬休みの直前だったのではないかと思う。寒い時期だったのを記憶している。もしかしたら高校3年の冬で、大学受験をしなかった姉さんはもう学校にもあまり行く必要がなかったのかもしれない。今日から美沙子姉さんが来る、と知った私は授業と帰りの会が終わると走って家まで帰ってきた。玄関に普段ないようなスニーカーがあるのを確認すると、ああ美沙子姉さんが本当に来たんだなと思いばたばたと家の中に入った。
「おかえり。里江ちゃん久し振りだね。今日からお姉ちゃんをここに泊めてね。」
 美沙子姉ちゃんは私に温かいココアを作ってくれた。普段は牛乳しか飲ませてくれないのでそれは一層特別な感じがした。
「姉ちゃんいつまでいてくれるの?お母さん退院まで?もっと?」
 開口一番そう質問した。私にとってはできるだけ長くいてほしかった。美沙子姉ちゃんは曖昧な微笑をして、「うーん、どうかなあ。」と答えた。予定だと母親は3日後くらいに退院してくるはずだった。
「姉ちゃんも学校とかバイトとかもあるからね。そんなに長くはいれないのよ。」
 無暗に期待感を抱かせない言い方だったけれど、その声はとても優しかった。
「里江ちゃん宿題はないの?おやつ終わったらやろうね。」
「はーい。すぐやるね~。」
 いつも母親に言われると嫌な気分になるこのセリフも、なぜか楽しいことのように感じた。

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