星を見ていた。

思っていることを、言葉にするのはむずかしい・・・。
良かったら読んでいってください。

fortune cookies(2)

2008-10-01 02:53:55 | fortune cookies
葬儀場には告別式の始まる1時間ほど前に着いた。信次は車でここまで私を送ってくれた。
「僕もお焼香してこようか。」
 葬儀場にもうすぐ着きそうになる場所までくると、ぼそっと信次は言った。そんなことを言い出すのが意外だったので思わず「どうして?」と聞いてしまった。
「どうして、って、ここまで来たのだからそれぐらいはしてもいいかなと思って。」
 私は信次の顔を覗き込み、またその首に顔を埋めたい衝動にかられた。けれども運転中なので当然そんなことはしなかった。
「ありがとう。そう言ってくれて。でも今回はいいわ。そのつもりで来てないだろうし、あなたのこと私母にも話してない。」
 母にも話してない、という一言がどういう反応を起こすのだろうと思うと一瞬口にするのを躊躇したが、私は特にそのことに意味を持たせたわけではなく、客観的な事実として言ったまでだった。
「そうか。じゃあ今日はやめておくか。」
 信次はあっさりそう言った。

 ロビーを抜けると親族の待合室があった。他の親戚の人に交じって父も母はもうその場所にいた。母に会うのも久しぶりのような気がした。県内ではあるが電車でも車でも2時間弱はかかる場所に住んでいるので、長い休みにでも入らなければ実家にはほとんど寄り付かなかった。母は私を見つけると叔父が最後どのようだったのかをざっと私に説明し、今日と明日の予定やら香典をちゃんと用意してきたかとか自分たちは今日は帰らずに近くの親戚の家に泊まるのだとか言うことを一気に話した。私は久しぶりの母の連続トークにうんざりしながら、叔母さんに挨拶してくる、と言ってその場を離れた。

叔母と従妹は他の親族の相手をして話をしていたが、私に気が付いてそばに寄ってきた。1年近く続いた看病や事態が急変したことで二人とも憔悴しきっているのではと想像していたが、意外にも湿った空気は流れていずに普段通りの母娘の姿があった。気が張っていて弔問客に対する気遣いから気丈な態度でいられるのか、それとも元々が湿った雰囲気の似合わない母娘だからなのか、またはその両方なのだろう。従姉妹は特に明るく振舞っていた。本当の父親が亡くなる、という事態に遭遇したら、もっと心の中深くに例えようもない感情が湧くのではないか、と想像している私にとって、平常と同じ態度でいるということはうまく理解ができなかった。表面では普通を装っていても、どうにもならない喪失感というものがあるに違いない、と思うと、平常に振舞っているということが余計に涙をさそうような気もした。

亡くなった叔父の姿を見てお線香を上げていると従姉の美沙子姉さんがいつの間にか後ろにいた。私はその姿を見るとほっと安心した気分になり、随分と久しぶりに見る美沙子姉さんが相変わらず年を取らないなと、会う度に思うことを同じようにまた思った。私より7,8歳年上の美沙子姉さんはすらりと背が高く、痩せすぎというほどではない程度の体格でいつも手入れの整った綺麗な髪をしていた。もともと目鼻立ちがはっきりとしているので化粧を濃くしているわけではない自然な肌は年齢よりもずいぶんと若く見えた。

「美沙子姉ちゃん久し振り。」
私が少しはしゃいだ声を出すと姉さんは微笑んで「ほんとうね。随分と会ってなかったわね。」と穏やかな声で言った。横では美沙子姉さんの旦那さんが同じように静かな表情をして立っていて「里江ちゃん、久し振りだね。」と優しく言った。旦那さんは相変わらず真黒に日焼けをしていて、いつまでも若く見える姉さんとどんどん年の差が開いていくように見えた。
「元気だったの?仕事は忙しいの?彼氏できた?」
まだ弔問客のいない会場の椅子に座り私たちは数年ぶりかの話を始めた。私はこの従姉妹が親類の中で唯一気を許せて話せる人だとなんとなく思っている。兄弟姉妹のいない私にとって、実際に姉がいたらこんな風なのだろうなと思っていた。こんな姉がいたらいいなとずっと憧れている存在でもあった。
「うん、私は元気。美沙ちゃんもぜんぜん変わらないねえ。いつも旦那さんと仲良さそうだし。」
確か美沙子姉さんは旦那さんの実家の家業の手伝いをしながらその家族と同居をしているはずだった。本当に私の聞きたいことは、例えば子供できたの?とか旦那さんとの家族と同居してストレス溜まってない?というようなところだったが、旦那さんがすぐそばにいることもあり、どちらも聞いてはいけない類のことのように思って口には出さなかった。
「最近犬を飼いだしてね。」美沙子姉さんは携帯をするっと鞄から取り出して私に見せた。
「ミミ、っていうの。ミニチュアダックスなんだけどね。女の子。」
画面には犬の顔のアップの写真が待ち受けに使われていた。
「ああ、可愛いね~。じゃあ今日はお留守番してるんだ。」
可愛いには違いなかったが、犬の顔は私にはどの犬も同じ犬に見えた。もしかしたら子供を作るの諦めて犬を飼いだしたのではないかということがふっと頭をよぎった。そんな私の頭の中を見透かしたように美紗子姉さんは続けて言った。
「子供ももう年齢的に諦めたしね。だからと言うかなんか可愛がるのが欲しくてね。」
私は自分がそんなことを推測してしまったことがまるで悪いことだったように感じてしまった。だがやっぱり、とも思った。私は美沙子姉さんを見ると、いつもどこかに諦めのような雰囲気を感じてしまい、そのことで一層姉さんのことが心の中に引っ掛かってしまうのだと思った。

美沙子姉さんとの一番幼い時の思い出は、私が小学校3年のときだった。

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コメント
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