Tenkuu Cafe - a view from above

ようこそ『天空の喫茶室』へ。

-空から見るからこそ見えてくるものがある-

クルンテープ、「天使の都」 - タイ・バンコク (1)

2011-12-10 | 海外




そもそもバンコックの名は、アユタヤ王朝時代、ここに”かんらん樹(じゅ)”が多かったところから、バーン(町)コーク(かんらん)と名付けられたのにはじまるが、古名は又、クルン・テープ(天使の都)と謂(い)った。海抜二メートルに満たない町の交通は、すべて運河にたよっている。運河と云っても、道を築くために土盛りをすれば、掘ったところがすなわち川になる。家を建てるために土盛りをすれば、掘ったところがすなわち川になる。家を建てるために土盛りをすれば池ができる。そうして出きた池はおのずから川に通じ、かくていわゆる運河は四通八達して、すべてがあの水の母、ここの人たちの肌の色と等しく茶褐色に日に照り映えるメナム河に通じていた。
(三島由紀夫著『暁の寺』より)





三島由紀夫のライフワーク、『豊饒の海』の第三巻『暁の寺』の冒頭である。この「暁の寺」とはバンコクの、チャオプラヤ川の川沿いにたたずむ寺院、「ワット・アルン」を指す(アルンは暁の意味、10バーツ硬貨にも描かれている)。
三島は1967年秋、インドを旅行し、その帰路にタイに寄った。『暁の寺』の取材が目的であったという。バンコクに10日間滞在した後、ビエンチャン、プノンペン、アンコールワットにも立ち寄り、帰国後、『豊饒の海』全四巻を完成し、1970年11月25日、市谷の自衛隊駐屯地にて自決をした。


画像のチャオプラヤ川は、かつてはメナム川と呼ばれることが多かったが、これは現地の人々がこの川を「メーナーム・チャオプラヤー」(「メナム」は川を意味する普通名詞)と呼んでいるのを、「メナム」が川の名前であると外国人が勘違いしたことによるものであり、現在では、「メナム川」と呼ばれることはほぼ無くなった。