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《 リアル 芸能 ルポ 》 故・髙倉健、撮影・木村大作との名コンビで、傑作を世に放ってきた降旗康男・映画監督。彼が、京都国際映画祭での授賞式を欠席。一体、どうして?と、お聞きすると・・・・

2019-05-26 21:05:59 | 真偽を求めて・・・こころ旅

 ああ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 この、5月20日に、この世を去っていたとは・・・・・

 やっぱり、という想いと裏腹に、もっと、生き続けていただきたかったという、想いが交錯しております。

 とても、素敵で、良い方でした。

 8か月前の記事、

 よろしければ、お読みください

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≪ 2018・10・18 掲載記事 ≫

 先日のコト。

 京都で、行なわれた、「京都国際映画祭 2018」。

 そのなかで、映画人として、その長年にわたる実力と功績を評価し、表彰する、活動シャシンの祖である、牧野省三を冠した、「牧野省三賞」に、降旗康男(ふるはた やすお)が、選出され、10月11日。

 会場で、表彰される運びだった。

  京都の、東映太秦(うずまさ)撮影所でも、腕を磨いてきた降旗康男。

 昨年の5月。彼にとって、最新作、「追憶」の完成披露試写会で、かの巨匠・木村大作と、主演の岡田准一とともに、壇上で、フラッシュを浴び、写真におさまった。

  だが、観て戴ければ分かるように、いったい、誰が監督なのか、分からなくなる、巨匠の態度。

 自ら、1歩、2歩引いて、目立たぬように2人を見守る、監督・降旗康男というヒトの、人柄。

 木村大作とのしゃべりでは、さりげなく、ホンネ半分の、笑いも、しっかりとる。

 「ボクは、彼を大ちゃんと呼ばさせて戴いているんですが。大ちゃんと組むと、ラクなんですよ」

  「監督は、おそばにいて、黙っていればいいだけなんです。指示や、撮影カット、オーケー!の大声掛けや、役者やスタッフへの注意も、全部、大ちゃんが、代わりにやってくださいますんで」

 ドッと受けまくる、役者陣と、詰め掛けた、観客。

 実は、髙倉健の死去により、本当は、タイトルに記載した3人のコンビで、撮影に入るはずだった、「風に吹かれて」が、製作中止に。

 何年もの交渉で、やっと、髙倉健こと、本名・小田剛一(おだ たけいち)が、納得した脚本が完成して、ワガママ一杯の末に、オーケーしてくださった苦労が、本人が隠してきた病気と、その急死により、水の泡になった。

 髙倉健に当てて書いた、当て書き脚本だっただけに、他の俳優で撮影開始・・・・とは、道義上でも、いかなかったと、降旗。

  しかし、苦労して、何度も、何度も書き直しを命じられた、脚本家の青島武の労に報いるためにも、改めて、新しく脚本を書いてもらい、一緒にシナリオ・ハンティングまで、阿蘇山中に分け入ってして来てくれた、巨匠に報いるためにも、「追憶」は、是が非でも映画化して、金銭を払って欲しかった映画だった。

 そのような、人情味のある、人の心を深く思いやる、口数は少ないが、とてもやさしい性格の方だ。

   その完成披露の場で、すでに、首筋や、全身が、少しずつやせてきているのが、気になっていた。

  詳しくは、髙倉健の死後の第3回や、それ以降の回の記事で、書いたが、電話で直接、何度か、取材をさせてもらっていた。

 その時で、すでに、80歳。

 健康面を、お聞きした。

 「大丈夫ですよ。そりゃあ、若い時のように、元気一杯とはいきませんが。せいぜい、最近酔っ払って、自宅の階段を踏み外して、カラダのあちこちを、ぶつけてしまったくらいですよ」と言って、苦笑。

 ---御身体、大切になさってください

 「ははは。すぐ、ヒトを殺さないでくださいよ」

 いつも、ジョーク混じりで、受け答えしてくれた。

 実は、最初こそ、知らないと、クチを濁していたが、秘密にされていた、髙倉健の葬儀や、その後の骨拾い場での養女の「衝撃の発言」など、最後まで出ていたことについて、手練手管を要して聞くと、かなり、正直に答えてもくださっていた。

 そんな人物が、めでたい席に、欠席、

 遠路、東京から京都に行かねばならないとはいえ、報道によれば、「体調不良」との理由。

 えっ!

 ・・・・・・気になった。

 代理で、出席し、スピーチをしたのは、監督の息子の、降旗淳平という名前。

 どんな人物なんだろう?

 なんと、日経BP社に入社。

 現在、52~53歳。

  さまざまな雑誌の副編集長の経験をかさねており、現在は、「日経クロス・トレンド」の編集部に籍を置いている。 独特のヘアスタイルと、容貌に、しばし、驚かされる。

 さてさて・・・・・

 思い切って、御自宅に電話してみた。

 出たのは、奥様。監督は、現在84歳と、2か月。

 あまり知られていないが、東京大学を卒業している。

 「主人は、自宅にはいますが、せき込むことが多くて、言葉も、ですから、時々、止まることになって、うまくつながっていかないもんですから、スピーチは無理かも知れないなあと言うことで、息子に、代わりに、行ってもらったんです」

 「実は、3年ほど前から、パーキンソン病を、わずらっておりまして」

 歩く際にバランスがうまく取れなくなると言われる、病気だが・・・・

 「いえ。主人の方は、歩く分については、問題がないんです」

 「そのぶん、どうもノドにきているということらしいんです。しゃべるのが、のどのせいで、長く、続かないものですから」

 「京都までは、難しいだろうと、判断致しました」

 「まだ、入院しなきゃいけないとか、そんなことにはなっておりませんので、ご安心ください」

 体力は、やはり、年々落ちてきているようで、映画の撮影現場は、未明から深夜まで、激しい労働が伴ううえ、セットでは、ホコリが、舞い、立ち込めるところ。

 ーーーということは、すぐ、撮影現場復帰というのは・・・・・むずかしいですね、なにより、のどに悪く、さらに悪化させてしまう結果になりかねないですね

 「そうですねえ。むずかしくなりますねえ」

 ーーー少しずつ、やせてきてらっしゃるのが、気になっているのですが・・・

 「あのときより、そうですね。今は、2まわりは、やせてきております」

 ---御身体、大切になさるようにと、お伝えください

 「はい。ありがとうございます」

 次の傑作は、しばらく、待たねばならないようだ。

 素直に、正直に、話してくださった奥様にも、感謝するほかない。

 とても、人柄の良さが、言葉の端々からにじみ出る、御夫婦だけに、監督の病いが重くなる事無く、いつまでも、お幸せでいて欲しい。

  

 



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