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《 リアル 芸能 ルポ 》 83歳の、北島三郎。右手右腕、自由に動かせず、御手付き台に支えられても「100歳まで生きる」「死ぬまで、歌い続けていたい」と言う、執念や、熱い想いとは、裏腹に・・・・

2020-12-27 15:02:25 | 艶歌ファンですら知らない、歌手の裏側と、知られたくない「厳実」

 

 ≪ 2019・12・8 掲載記事 ≫

 う~ん・・・やっぱり、かあ・・・・。

 すでに、記事化していた「令和 歌の祭典 2019」、東京国際フォーラムAでの、11月12日公演の模様が、ダイジェストで、12月7日の夜、BS-TBSで放送されたのだが、観た読者や、気になる人達がいたようで、私の以前の記事に、検索が、多く、一気に寄せられていた。

  この12月7日。早朝。BSテレビ東京の、「サブちゃんと歌仲間」を、タイマー録画しておいて、このように、画面撮りしつつ、視聴。

  やはり、御手付き台に右手を付けて、片時も離さず、歌い挙げた。

 声は・・・・・変わらなく出ているのだが・・・・CDを流しているのではないか?という、疑念が、完全に消え去らない。少し、声と、口の動きに、数秒のズレを感じるからだ。

 この日の放送でも、「俺は、83歳にもなった」

 レコードデビューして、58年。

 「歌い続けられる間は、歌い続けたい」

 ゲスト歌手たちとの会話で、クリスマスを祝い、七面鳥を食べ、クリスマスツリーを飾って楽しむ・・という、話題になるものの、

 日本人、本名の大野穣(みのる)としては、キリスト教のお祝い事でもあり、違和感残るようであり、

 なによりも、今年の台風15号に続く、19号や、地震、極地豪雨などで、いまだ、被災生活を送っている人達に、想いが、どうしても、大きく、及ぶ。

 「クリスマスも何も、それどころじゃないんだよね。いまだに、家に入り、流れ込んできた泥とかを、かき出して、必死に、毎日、掃除してる人達の事を想うとねえ・・・・・」

 いかにも、大野穣らしい、深い想い。

 あの、3・11のあと、東北3県の、三陸沖沿岸に多く住む漁師たちが、落ち込みから、立ち上がり、やっと、少しでも一歩、踏み出そうとし始めた、5月上旬。

 大野穣は、自分の事務所の所属演歌歌手だけでなく、多くの歌手たちに声を掛け、大挙して、港町を巡り歩き、

 「なにも出来ないけどよ、歌で少しでも励ますことが出来たらさ」と、

 長靴に、ねじり鉢巻きに、ゴムのカッパの漁師姿で、登場し、心からの、拍手喝さいを受けていた姿を私は、決して、忘れない。

 無償、持ち出しで、沿岸を、数日かけて、巡った、その熱い心意気。

 他方、被害が無かった仙台市の大きなホールで「チャリティ」などと、称して、ごっそり稼ぎまくって帰郷したシンガー、桑田佳祐の、汚さ、偽善振りも、私は、忘れない。

 そんな気持ちと裏腹に、歌手・北島三郎の肉体は、ますます、悪化の一途をたどっているのが、

  この「令和 歌の祭典 2019」の、5000人収容の大きなホールでの姿から、否応なく、透けて見えてきた。

 総勢、31人。有名、無名。ごった混ぜ。

 前列、中央に、御手付き台と共に、立つ、北島三郎。

   だが、万が一を考慮したのか、斜め後ろに建つ、吉幾三が、左腕で、北島の右腕を軽く掴んで、もしもの対策を講じていた。

 この時は「令和音頭」の、大合唱。なので、声量、声の衰えなどは、分からない。

  独りで立ち、右手を付いて、愛用の専用台に支えてもらいながら、

  衣装も代えて、歌い挙げる。

 ま、声の方は、大丈夫・・・・か。

 ただ、独りだけで歌う時間は、少なく、「北島兄弟」の名で歌う、娘むこの北山たけしや、大江裕とも、合唱で、しのぐシーンが、目に付く。

 このパターンで、今年も、しのいできた。

 とにもかくにも、83歳の老人のカラダを、常に、終始、いたわる言動。

 「僕は、83歳になりまして、この分だと、100歳まで生きて、歌いたい」

 CDの売り上げなど、聴いてくださる、お客さんの支えが無ければ、それも、出来ないコトを、自覚し、話してゆく。

 ステージを去る時だ。

 北島の腕に、北山が、腕からめ、押し出すようにして歩く・・のだが、足元が、いまだ、おぼつかないうえ、左右に大きく揺れて歩いていた。

 う~ん・・・・・・

  ラスト。「祭り」の、31人の大合唱。

 吉幾三が、その、比較的大きなカラダを活かし、このように、北島の右腕に、自分の左腕を絡め、掴んで置く心配り。 

 もし、もしも・・・ということを常に想定しての、ステージ。

 コレが、来年の3月30日まで、多くの歌手を、ひきつれて・・・・

 否、引き連れられて、こなすことになる。

 右腕や、右手の感覚が、相当、しびれも加わり、無くなっているのではなかろうか。

 もはや、リハビリでは、治りきらなかった、転倒による、後遺症。

 100歳まで、歌いたい。

 死ぬまで、歌い続けたいという、熱く、ほとばしる想いを、ただただ、見守るほか無い・・・・

 


《 リアル 芸能 ルポ 》 御大・北島三郎。またも、大ケガ。 今度は、御手付き台いらず。車イスに乗った姿で、マイク握って、歌い続ける、熱い決意のようですが・・・・

2020-12-27 14:45:09 | 艶歌ファンですら知らない、歌手の裏側と、知られたくない「厳実」

 

 ≪ 2019・12・13 掲載記事 ≫」 

 [北島三郎、転倒で両足指を骨折]

 そのような、タイトルで、ネットニュースの一翼を担っても、過去の北島三郎の記事を、殆んど、どなたも、検索しない。関心が、さほど、無い・・・・・という、ネット族の存在になっているんだなあ・・・・・と、思い知らされた。

 上記、表題のニュースは、北島三郎が、昨日、中野サンプラザホールで、事前収録された、テレビ東京の「年忘れ にっぽんの歌」の場で、歌手にも拘らず、歌わぬまま、司会者陣と共に、客席に座ったままであったこと。

 ニュースによれば、先月、11月20日。

 東京都八王子市に建つ豪邸のなかで、高い所にある物を獲ろうとして、伸び上がった時に、思わず、転倒。

 痛みが有り、歩けない状態に。

 翌日、病院に診察に出向くと、右足の指5本すべてと、左足の指、2本前後を、骨折、

 全治2か月と、診断された・・・・とのこと。

  すでに、この1年以上にわたって記事化したように、右手、右半身が、不良、不調。

 以前、やはり、豪邸の風呂で、大きく滑って転倒した影響で、頸椎(けいつい)を痛め、ソレに関係する神経と、筋肉を痛めてもいるせいで、このように右手と右半身が、自由に普通に動かせず、御手付き台に右手を常に付き続けるだけでなく、周囲に、転倒するかも?と、心配させる様子がみてとれ、

 11月12日の、東京フォーラムAという、大きな会場で開催された、「令和 歌の祭典 2019」の公演収録時、吉幾三に、右腕を巻きつけられ、倒れないようにしていた。

 それだけでなく、ステージを去る時には、カラダが少し左右に揺れ、娘むこでもある、歌手・北山たけしに、軽く抱えられるようにして、歩いていた。

   1人では、ほぼ丸1年前の12月8日。「日本作詞大賞」の式典に出た時の、このような歩みのように、ヨタヨタッという歩みなのだが、北山の介助のせいで、いつもよりは、早い歩みになっていた。

 声は、出ている。音程も、狂いがちになってはいない。

 ただ、以前に較べ、声量が落ち気味に聴こえる。

   そんな「厳状」だが、それから8日後の、再転倒により、さらに歌手活動に、支障を及ぼす点灯が、パカンと、ともった。

 両足の、殆んどの指、骨折により、靴が激痛で履けなくなった。

 それでも、先日の「死ぬまで歌い続ける」と、言い切ったように、車イスに乗っかって、ステージに立つ、否、座ったまま、歌は歌うとのこと。

 まさに、執念。死ぬまでの執念。

 弱り目にたたり目を、払拭するかのようだ。

 ただ、そんな83歳の老齢の身で、おっ!と感じたのが、

  昨日の収録の時 、歌うことは、座ったままでも、しなかったのだが、驚くことに、不自由だったはずの右手で、マイクを握って、話せていたこと。

 御手付き台から離せて、話せていた。「令和 歌の祭典」の、公演の時も、ほんの数秒ではあったが、台から手を離し、歌えていた。

 リハビリ効果と、否応なく忍び寄る老いと、容赦ない、追加の大ケガと・・・・・。

 来たる来年の1月25日からスタートする、「令和にっぽん! 演歌の夢まつり」全国巡業公演が、3月31日まで

 名古屋、東京、仙台、大阪、広島、福岡と巡り、そして最後は、追加最終公演として、東京で敢行する。

 それも、演歌&艶歌、厳冬の時代にあって、1万2000円から、9000円と、昨今にしては、料金強気設定。最終日などは、全席、1万3000円ポッキリで、突っ切る。

 が、歌は、街角に絶えず流れず、CDは売れず。

 有線のリクエストが頼りの、地道な、とぼとぼキャンペーン、無名歌手、多数ひしめき合う業界。

 かつては、昨夜公録された「年忘れ にっぽんの歌」などは、事前収録では無く、大晦日、レコード大賞や、NHK紅白歌合戦に、真っ向勝負するかのように、ナマ放送であった。

 その為、その年、栄華を、勝ち取れる歌手たちは、夕方のナマ収録早々に歌い、あわただしく楽屋をあとにしたり

 レコ大受賞や歌唱賞歌手らとマネージャーは、紅白の舞台、NHKホールに向けて、車に、衣裳付け、厚化粧のまま、あわただしく乗り込むや、あの韓国お受験狂騒曲さながらの事が、毎年、起こっていた。

 受賞歌手たちの回顧談によれば、先にパトカーや、白バイが先導。迫りくる信号が、なぜか、すべて、青だった、寸前、青に代わっていた、という。

 わずか、10分で到着。放送開始時刻に間に合わせるという「奇跡」が、行なわれていた。

 そして、次の年の、1公演・興業の売り代が、1・5倍に跳ね上がり、新たに、売り上げ見込んで、新たなジャケット写真、印刷されて、再発売され・・・・・売れた。

 歌に、チカラがあった。まさに、「流行歌」、そのものであった。

 それも、いまや、夢、幻・・・・・。

 とりわけ、艶歌は、NHK地上波と、民放BSで、流されるだけ。

 それも、中高年以上の狙いか、怪しげなクスリとサプリメント、カラオケと、老齢者向けの保険CMが、垂れ流される、なんともはや、歪んだ現実。

 そんななか、上記、令和2年の、年金暮らし観客にむけての、強気料金興業。

 すべての公演の旗頭は、このサブちゃん!ただ、独り。

 後は、順不同。まだまだ未確定要素含むなかで、艶歌&演歌ファンの年金を釣る。

 7人から、8人揃えて、「令和音頭」を揃い歌い上げる、ど真ん中に、一段低く、車イス歌手の御大(おんたい)が、陣取る。

 さてさて、どないに、なりますやら。

 令和音頭で、♪ ちゃんちゃんが、ちゃん

 そ~れ、♪ ドドンが、ドン

 上手く、手拍子、踊ってくれるか、どうか?

 冷静に、見詰めていきたい・・・・・

 

 

 


< リアル 芸能 ルポ >歌い終え、「バカヤロー!」と、名絶叫をした往年の歌手、美樹克彦は今!

2014-07-15 23:30:45 | 艶歌ファンですら知らない、歌手の裏側と、知られたくない「厳実」

 【 2014・7・15 掲載 】

 美樹克彦(みき・かつひこ)という歌手の名前を聞いて、ああ!と、想い出すヒトは、結構な人生を重ねた年代です。

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 Dscf6786 かつて、♬「花はおそかった」という、究極の悲恋の歌詞を歌い上げ、大ヒットを飛ばした。

 ♪「かおるちゃん、遅くなってごめんね」から始まり、歌い終えた一瞬の間を開けたのち、

 「バカヤロ ~!!」

 と大絶叫。今も、その年代の鮮烈な記憶に残り続けている名曲と言っていいでしょう。

 デビュー曲の「俺の涙は、俺がふく」もまた、強烈な印象を叩きつけてくれた、ヒット曲でした。

 実はこの名曲

 悲恋、若者の恋のことを、モチーフにしてありますが、本当は、戦後、静岡県焼津市のマグロ船、「第5福竜丸」の乗船員が、沖合で、アメリカ軍による死の灰をかぶって、相次いで亡くなっていった、漁船員の息子の、やりきれない怒りと想いを「バカヤロー!」という叫びに乗せて、歌い上げたものなのです

 

 でも、美樹克彦は、ステージに登場するなり、両手の指をカッコよく、鳴らし、歌い出すスタイル。

 当時彼は、まだ17歳の高校生。

 「いかしてるぜ!」という、流行り言葉の波にも乗りまくりました。

 それから、幾年月・・・・・

 現在、65歳。

 容貌は、写真の通り。渋いぜ!と、いう声も、聞こえてきそうです。

 で、近年、声量衰えぬ彼の顔を見ていて、誰だったっけなあ・・・あの渋い役者に、よく似てんだよなあ・・・・と

 先日、また特番で見かけまして、また、同じ想いが、甦った。

  しかし、名前(芸名)が、想い出せず。

 仕方ない。翌日、「美樹克彦 音楽教室」というところにピッポッパッ。

 電話口に出てきた受付事務の子。

 「さあ・・・知りません。それよりも、ココ、先月、6月22日にオープンしたばっかりなんですよお。

 それで、今月の7月26日(土)、午後1時半から、美樹克彦のミニ・コンサートが、ここで開かれるんです。

 出来たら、ソレ、告知して戴けませんか!」

 あれれ、変な流れになっちまったわい。

 この「美樹克彦 音楽教室」

 所在地が、なんと千葉県の君津市東坂田1丁目にある。電話番号は、0439-54-1788

 にしても、なんで、彼が君津に?

 「なにか、詳しくは知らないんですけど、君津に美樹さんの、古くからのお知り合いがいて、こっちで住んでみないか?と誘われて・・・。それで、昨年引っ越されてきて。今年、じゃあというわけで、音楽教室を開いたということみたいです」

 まだ、生徒募集は、いまいち、芳しくない雰囲気。

 ハイ、告知、しましたよ。

 でも、疑問は消えず。

 では!と、写真付きの「タレント名簿録」の、「あ」からすべての男優を流し見て行った。

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 いたあ!

 田山涼成(たやま・りょうせい)。このヒト。

 Dscf6769

 Dscf6809 ねっ、名前は記憶無くとも、顔は知っているでしょう。

このひと、ただ今、62歳。

 お互いの共通点は、子役をやっていたこと。

 田山の所属事務所は、演劇事務所でもある。

 「さあ、似ている人?聞いたことありません」と、こちらは、けんもほろろ。

 んんん・・・動かぬ写真にすると、似ていなくなりそう・・・

 どうですかねえ・・・

 どこかで、並べて、共演させませんか?

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 2023/1/24 緊急追記

 ネットの記事を流して見ていたら、上記、美樹克彦が、何と、4度目の結婚をしたとのこと

 現在は、君津市から、木更津市に転居しており、

 弟子であった、37歳下の、元歌手・美紀という女性と暮しているとか

 。。。。。。

 めでたいことであるけれど、生活、大丈夫かなあ・・・

 持つかなあ・・・・・

 まさかレンジでポンすることが、料理することだなんて、勘違いしている女性ではないことを祈ります