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《 リアル ボクシング ルポ 》 日本最重量級で、最も、安定して強かった、最強KOプロボクサー、清田祐三は、今

2020-07-18 07:24:07 | 元プロボクサー

≪ 2019・12・24 掲載記事 ≫

 ≪ 2020・5・18 再掲載 ≫

 ボクシングファンは、面白い記事を検索するもんだなあ・・・・。

 自分の記事なのに、そう、思った。

12月23日、おカネに弱く、細かい、節操のない、思い上がりしがちな性格の、タレントボクサー、村田の諒太。

 かつて、自分が通学していた時代の女生徒と、担任教師が、当時の村田の想い出を語ったところ、「悪意がある」「悪意があるよ、あれは」と、スタジオで、しつこく何度も、叫ぶ始末。

 自分の記憶だけが、絶対に正しい!と、思い込んでいる、悪意あふれる性格。

 ロードワークをさぼり、そのため、スタミナが、他の選手に較べて足りない。ソレが、リングで、露呈した試合もある。

 が、重量級のメインで、リング復帰後の初防衛。

 ゴロフキンと、もし、闘ったら、ガタガタ、ボコボコにされる実力。

 そのことは、かつて、ゴロフキンと、スパーリングしたあと。村田本人が、正直に、当時、語っている。

 なのに、来年、6月に戦うかもしれないという、危険極まりない、夢物語。

  そんな村田諒太との関わりで記事化した、「拳王」、(けんおう)、清田祐三。

   無類に、強かった。拳王、の、キャッチフレーズは、当たっている。

 が、もう、すでに、引退。

 昨年の今頃は、丁度、私が、彼と、最期の会話を交わした頃。

 当時、かつて所属していた、プロボクシングジムの「フラッシュ赤羽ジム」の、トレーナーではなく、

 JR&地下鉄、新橋駅そばにあるスポーツジムで、サラリーマンや、OLが、勤務後の、リフレッシュと、体力強化の目的の、エクササイズ・ボクシングを、トレーナーとして教えていたのだが・・・・。

 2019年の1月に入ったら、自分の産まれ故郷、北海道の東に位置する、雪積もる、さびれ果てた釧路市に帰り、ボクシングジムで、トレーナーをすると、聞いていた。

 それは、本当だった。

 人柄が良く、旧友や会員に、慕われていたことも有り、送別会まで、盛大に開いてもらい、北国へと、旅立っている。

 今は、正式に結婚したのかどうかまでは知らないが、愛する、何番目かの女性も、一緒に付いていったのかどうか・・・・・

  さびれはてて、閑散としている釧路駅周辺より、10年近く前から、市の経済事情の推移で、はるかに栄えている、東釧路駅に近い、古川町に、現在、建つ、「フラッシュくしろボクシングジム」で、現在、トレーナーとして、1年後の今、勤めているはずです。

 次期会長ぶくみの予定です。

 ただし、カタチは、プロボクシングジムでは無く、アマチュア育成の、ボクシングジム。

 協会加盟金が、1000万円と、馬鹿髙いうえ、プロボクサーとなぅても、試合が、出来ない郷里の実情。

 だから、かつての自分をみるように、「これは、プロでやっていける、勝ち続けられるはず」と、清田祐三が、見立てたら、「フラッシュ赤羽ジム」に、連絡をとり、送り出す、ルート・システム。

 36歳になった、清田祐三が、久しぶりの、北の故郷で、昨夜のボクシングの試合を、フジテレビ系列の、UHBテレビで、観ていたか、どうか・・・・・までは、知らない。

 ちなみに、清田も、比嘉大吾のように、減量苦で、苦しんでいた。

 記事にした試合の、前日計量の前夜。

 体重が、どのようにしても、落ちないため、サウナに行き、一気に、落とそうとして・・・・・・ 

 気を失い、倒れて、救急車で搬送され・・・・・

 試合を、辞退したこともある。

 書かなったけれどね、

、それにしても・・・・

 もし、当時、清田祐三と、村田諒太が、華々しく、闘っていたら・・・・ 

 華を持たせること無く、ガチで打ち合い・・・・

 清田が、村田を倒していたはずです。ほぼ、間違いなく! 

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 ≪ 2020・7・18 追記 ≫

 ヒョイと、自分の検索記事の列挙を観たら、この、清田祐三の記事が、、多くの人に、読まれていた。

 ん?

 彼に、何か、あったのであろうか?

 ・・・・・・何も、なかった・・・・

 ただ、さびれ果てて行く、産まれ故郷の釧路。

 練習生が、思うように集まらないこともあり、いつから始めたのか、詳しくは、判明しないが、

 インスタグラムなどを、観ると、このように、「エンジョイ ボクシングスクール」と、名付けて、釧路市民や、最寄りの、釧路町民に呼び掛けて、清田が構える、ミットに向けて、ストレス発散などの、名目で、自由に打ち込むことを、させている。

   むろん、有料だが、通い続けずに、楽しんでもらおうという意図か。

 清田は、すっかり、このように、髪型を変え、且つ、メガネをかけて、リングに立っている。

 経営者として、苦労しているようだ。


《 リアル ボクシング ルポ 》 元WBC世界フライ級チャンピオン、比嘉大吾。総合格闘技ではなく、再びボクシング界へ、戻る? 実情を追った[前篇]

2019-10-02 21:10:01 | 元プロボクサー

 

  まるで、11日ほど前の、私の記事と、スポニチの記事に、反応・・・・・するかのように、前というより、すでに、ベルトを巻いていたのは、1年半前にもなるので、元、と言い添えた方が、正確か。

 その、元WBC世界フライ級チャンピオン、比嘉大吾(ひが だいご)に、大きな動きがあった。

 とはいえ、ホントに、元・・・・の、冷ややかな扱い。

 YAHOO!の、ニュース・ラインナップにも乗らず、その「スポーツ」のくくりの中にも、見当たらず。

 比嘉大吾の名前で、追うと、わずかに載っていた。

 とは言っても、その内容は、直接、比嘉大吾や、当時の所属ジム会長の具志堅用高に取材したものでは無く、日本ボクシング・コミッション、俗にいう、JBCに聞きつけて、まとめたもの。

 その動きに、反応し、コアなボクシングファンが、総合格闘技系のスポーツジムで、汗を流していた比嘉大吾の今を、唯一書いた、私の記事に、検索の動きがあった。

 ん?

 それで、私も、さらに、何かがあったから、新たに読んでいるな?と、直感し、再び、取材に動いた・・・・という、流れ。

 とはいうものの、世の流れは速いうえ、ボクシングファンの読者は、他のジャンルと違い、正直、少ない。

 例えば、ボクシング専門月刊誌、2誌は、中身も、ページ数も、薄く、さらに、すでに、何度か、指摘したことだが、「東京以外の、試合予定詳細」、「試合結果記録」、「選手名の正確さ」、所属ジム名の間違い移籍のミス、誤記、、全篇、あまりの情報量の少なさ、等々を、指摘されながらも、平然と続けている。

 読者の希望に全く答えぬまま。反省も、してない。正規の専任編集部員が、わずか数名と、少ないとはいえ、校正が、あまりに、テキト~。当然、読者は離れ、2度と、戻って来なかった。

 ミス、誤記が目立ち、その影響もあり、すでに、10年前頃より、ボクシングファンの信頼を無くし、逆に、ネットニュースに取って代わられた。

 さらに、薄いページ数のクセに、値段が、1000円前後と、両誌とも高く、発行&発売継続は、風前のともしび状態。

 実売数は、とても書けない、さびしさ。大手ボクシングジムからの、広告代に、頼らざるを得ない実情。

 加えて、かつては、テレビ局が、後押しし、蔵前国技館が、たった一つの、世界タイトルマッチ防衛戦だけで、毎試合、正味、1万人の客が、詰め掛けた。

 テレビのナマ中継は、午後8時台と言う、ゴールデンタイム。

 それが、いまや・・・・。

 日本での、3世界戦、トリプルマッチ!と、ぶち上げ、録画も含む、地上波のテレビ試合中継があっても、最大5000人収容出来る会場に、チケットを購入して、入場した「実券」客数、3000~3500名。

 カメラが、映り込むリングサイドは、満席に見せかけるように、招待客で、埋め尽くす。軽~い、偽装絵作り。

 その結果の視聴率が、そこまでしても、ヒトけた台。

 低人気に歯止めがかからず、テレビ局は、潮が引いたように、見限ってゆく。 辛抱して、支援しようという気持ちも無いし、節操の、カケラも無い。

 たとえ放送しても、誰もが寝静まった、午前2時から、3時台。視聴率、0パーセントでも、目をつぶれる時間帯だから。

 それも、関東地区のみ、放映。名古屋で行なわれる世界戦もまた、逆に、中部地域のみで放映。大阪での試合も、関西エリアのみ。

 試合を観たいボクシングファンは、さまざまな手を駆使して、試合映像を、入手する。ソレが、実情。

 後楽園ホール、満席で、1637席。

 ソレが、ほぼ満席になる、現、前、元の、日本チャンピオン、及び候補が、数年前まで、何人かいたが、すでに、全員が引退。

 近年は、日本、東洋・太平洋(OPBF)タイトル、アジア・ユース戦がからんでいても、客席は、なかなか、満席にならない。

 ましてや、女子ボクシングの世界戦で、800人から900人入ったら、大成功、大盛況。むろん、スポーツシュースにも、流れない。何回、防衛しょうが、カンケ~ない。

 折りしも、10月1日の夜、

  この2人が、大阪で、世界戦を行なった。

 名前は、あえて書かない。

 ボクシングファンであれば、すでに、御存じであろうと想うから。

 主催は、迎え撃つ、挑戦者側のジム。協賛スポンサーも、挑戦者側が、手配。

 元々、関西出身で、トレーナーと、ワンセットで、東京のジムに移籍した、左の王者は、身一つで行くだけ。

 ボクシング界では、知名度があるはずだった。2度目の、防衛戦。ソレも、日本人対決。

 だが・・・・・関西のテレビ局、どこも動かず。食指、伸ばさず。地上波放送。BS、CS。録画も含めて、無し。

 あるのは、唯一、関西のテレビ局の、配信映像だけ。

 確かに、ネット網で、全国各地で観られるが・・・・・

 経済的リスク、一切負わず。

 スポンサーも、集まらなかった、か・・・・・。

 テレビ局は、しょせん、そんなもん。儲かる、儲からない、の視点だけで、コロコロ、風向き、変わる、変える、風見鶏。

 双方のジムには、あてにしていた、多額の放送権料は・・・・入らない、否応の無い、「厳情」。

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 わたしは、この試合。見のがしたが、その深夜。

 録画したかのような、怪しげな動画サイトが、ん10も、並んだ。

 試しに、検索すると・・・・・危ない、危ない。

 数少ないボクシングファンを、こういうラインに、ひきづり込むやつらが、いることに、ゾッとする。

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 そんなボクシング界に、上記、比嘉大吾が・・・・・戻ってきた。

  あの、1年5か月半前。

  確かに、フライ級の、規定体重には、到底厳しかったことは、この写真1枚で、予想がつくであろう。絞り続けないと、太る体質の、比嘉大吾。

 当日。ベルトは、勝っても、負けても、剥奪され、敗戦の流れではあったが、ダウンもしないし、ラッシュされて、打ち込まれてもおらず。

 むしろ、逆転KOの余地もあったのに、カンタンに、トレーナーだった野木丈司にタオル投入までされ、精神的に、ぐちゃぐちゃに。

 一言も、しゃべらせず、強制帰途された。

 そして・・・・取得出来たファイトマネーの、20パーセントを、没収されたうえに、「無期限ボクサーライセンス資格停止処分」が課された。

 ジム、会長、トレーナー、女性マネージャーには、それぞれ「戒告処分」が伝えられたが、実質的処分は、比嘉大吾独りに集中。

 「無期限」と呼称されていても、実は、ある程度の期間が過ぎれば、リングに戻って戦うことは、あらかじめ、出来ることを含まれた処分。

 その代わり、事情が事情だけに、最低でも、1階級以上の階級で、闘うことが、ほぼ義務付けられていた。

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 9月27日、上記、比嘉大吾と、具志堅用高・白井・具志堅スポーツジム会長が、処分を下した、日本ボクシングコミッションを、2人して、訪問。

 処分解除、を願い出た。

 了承され、同日検討会議の倫理委員会の協議を経て、了承され、10月3日(木)、白井・具志堅スポーツジムに、伝達されると同時に、JBCのホームページでも、公示された。

  新たに、比嘉の戦う階級は、2階級上げて、バンタム級という報道。

 その日、近くの後楽園ホールでは、「東日本新人王 予選」が行われ、具志堅会長は、ジムに戻ることなく、そのまま、選手のサポートに回ったと想われる。

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 にしても、この1年半。

 500日以上の、日々。

 その間、2人の間に、どのような話し合いがあったのか?

 少なくとも、感情のもつれは、あったはず。

 先の記事で、表わしたように、比嘉は、この半年前ほどから、吉祥寺に有る、キックボクシングを軸にした、立ちワザや、寝技を含めた、総合格闘技のスポーツジムに、一会員として、ほぼ毎日のように通っており、カラダは、ほぼ、元に戻りつつある・・・・ように見える。

 もちろん、同ジムの中には、キック用のサンドバックや、ミットも用意されており、ボクシングの練習も可能であった。

 だが、ボクシング専門の、トレーナーは、不在だ。

 そのような中での「復帰」と、「合意」に、ハイ、そうですか、と、理解は、しにくく・・・・

 白井・具志堅スポーツジムに、聴いた。

 なお、同ジムは、テレビ中継を、即断で、組んでもらえるスター選手は、いなくなり、ボクシングジムとしてだけでなく、キッズ・スポーツ部門や、エクササイズ部門まで、拡げて、幅広く、多角経営を図っていた。

 さらに、元とはいえ、こんな看板スターが、ジム復帰、事実上あり得る流れ・・・・・にもかかわらず、このコトについて、ツイッタ―にも、インスタグラムにも、1行どころか、ただの1文字も、いまだ、掲載されていない不思議さ、不可解さ。

 やはり、問い質すほかない。

 折りしも、偶然か。

 9月30日の段階で、日本ボクシングコミッションから、次のような通達が、全プロ・ボクシングジム経営者やオーナーに対してされた。

 これまでは、各ボクシングジム所属選手にとっては、悪しき慣習と言うべきか、正式に所属契約書を交わさぬままなのに、所属選手としていた、されていた慣例が、当たり前のように、流布されていた。

 それが、最長でも、3年間で、あったはずなのに、それすら、伝えられず、選手にとっては、どのような事情があっても、ジム移籍が出来ずにいた。

 あるのは、ジム会長が、言い値で言い出す、多額のジム移籍金を、一括して払えれば、認めることや、遠い、他の都道府県に、転勤等で、移らなければならなくなったとき。

 その悪癖を、この10月1日以降、、各ボクシングジムは、所属プロボクサーと、キチンと正式に、書面で。統一契約書を交わすようにと、通達。

 契約切れを、待って、移籍を可能にする余地を残した。

 本当に、そうなれば、良いのだが・・・・・。

 というのも、試合の際の、ファイトマネーについても、規約通り、満額現金では、まったく支払われていない。

 そのトラブルは、実は、少なくない。

 例えば、千葉県下にある、ボクシングジム。

 選手が、会長の妻の赤ん坊の、子守りを強いられるというような、特異なジムであったのだが、とある中堅選手が、ファイトマネーの一部未払いの不信感も増大。

 残金の満額支払いを求めると同時に、他のボクシングジムへの移籍を、願い出たのだが、頑として、認められず。

 このジムもまた、正式な、書面の所属契約書は、元から無かった。

 無かったうえ、所属、なるものは、口頭のみ。なのに・・・・・・・。

 選手は、止む終えず、弁護士を頼み、千葉地裁民事部あてに、正式に、ワンマンなジム会長を相手取って、民事裁判を起こした。

 移籍が認められない、試合も出来ない、和解や示談にも応じられないまま、2年。

 判決は、実に奇妙キテレツな結末を迎えた。

 [ 前篇 終了 ]

 

 

 

 

 


《 リアル ボクシング ルポ 》 あの、15連続KO勝ちを収めていた、元WBC世界フライ級チャンピオン、比嘉大吾の今を、再び、追って・・・。比嘉について記事化していた、スポニチの誤報指摘を添えて

2019-09-22 21:25:33 | 元プロボクサー

 

 今日、9月22日(日)、自分の記事の検索上位に、ヒョイと、久しぶりに、元プロボクサーにして、1年5か月半前まで、WBC世界フライ級チャンピオンだった、比嘉大吾(ひが だいご)

 もはや、われこそは、ボクシングファンだぜえ! と、自負する人にでさえ、忘れ去られつつある存在の、比嘉大吾。

 人のうわさも、75日・・・・・どころか、530日余りが、すでに過ぎ去ってしまった。

 思わず、そう言えば、比嘉は、どうしているんだろうか?

 そう、検索した者に、想わせたのは

  本日、朝の、このスポーツニッポンの記事の影響と、想われる

 コレ、一読して、あれっ? と。

 比嘉大吾の、人名漢字こそ、間違っていないけれど、現チャンピオンのうち、畑中ジムの、田中恒成。

 あのお・・・・・・田中恒也・・・・じゃないんすけどお・・・・・・。

 本人見たら、人の3倍くらい、プライド高い性格なんで、怒るだろうなあ・・・・・・。

 直した方が、良いと想いますよ。

 11時間も、誤報、誤記に、気付かない記者たちって、すごいなあ・・・・・・。 

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 さて、今の、比嘉大吾は、どうやら、あえて、再びプロボクシング界には、戻らないし、戻って、体重を気にする毎日に、苦しみ、再び、苦労する気はないようです。

 昨年の10月。 後篇を、取材し、記事化した段階では、形式上「所属」していた「白井・具志堅ボクシングジム」には、試合後、まったく顔を出さず。

 ジムの、事務を担っている女性は、半年も過ぎ、事実上、比嘉大吾とは、音信不通状態が続いていた。

 ジムの方からも、当初は、JBCからの処分の通知を伝える業務連絡も有り、彼の携帯電話に連絡を入れてみたが、「・・・・・・・」状態。

 半年も過ぎ、彼女は、突き放し、言葉ににじむ、見放し。

 すでに、前篇で、書いたが、比嘉大吾が、前日&4月15日の、当日計量でも体重超過。

 テレビ局との番組中継と、巨額マネーのカラミで、試合は強行するものの、例え、比嘉大吾が勝利したとしても、ベルトは、はく奪。

 手に、戻らないコトを、前提の試合。

 気持ちが落ち込み、戦意喪失。

 いざ、試合が始まり・・・・・、確かに、比嘉は敗色濃かったものの、ただの1度も、ダウンも、ソレに近い体勢も無し。

 が、ポイント差、小差。

 あの、剛腕、強打をもってすれば、奇跡の逆転ノックアウト勝ちも、冷静に見ても、あり得た。

 なのに・・・・・

 具志堅用高・ジム会長の判断と指示を受けて、比嘉大吾の専任トレーナーだった野木丈司が、な、なんと! タオルをリングに投げ入れた・・・・・・。

 その直後の、比嘉大吾の、胸中と、押し殺していた感情を推測すると・・・・・。

 さらに、試合後、比嘉に一切、何もしゃべらせずに、終わらせた。

 もし、もし、タオル投入と言う、愚を犯さなければ、記者会見もさせていれば、こんにちのようなことには、なっていないはずだ。

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 以降、比嘉は、野木丈司とも、具志堅用高とも、複雑な、ねじれた感情を抱いたまま、連絡をせず、関係を事実上、今に至るも、絶っている。

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 後篇以降、比嘉大吾は、「寅さん 気まぐれ旅」を終えて、個人的にジムに、ポツポツと、通い出したという、情報を得た。

 ジム、と言っても、ボクシングジムではない。

 いわゆる、カラダを鍛えるジム。

 それも、毎日、みっちり・・・・・という、リズムでは無く、自分が行きたい時だけ、顔を出す、という、気ままさ。

 それが・・・・・

 今は、通常の会員の1人として、総合格闘技や、キックボクシングや、立ちワザだけでなく、寝技の練習にも今、挑んでいる。

 パンチを繰り出す、ミット打ちや、サンドバッグへも、パンチだけでなく、蹴りワザも打ち込んでいる。

 ボクシングジムには、まったく、行っていない、通ってもいない。

 言葉には、ハッキリと出していないが、もう、ボクシングに未練は無いし、今後、再び、挑む気持ちは、失せてしまった・・・・・ようにしか、見えない。

  カラダも、少しづつ、 仕上がってきた。 

 この先に見えてくる、総合格闘技、K-1、キックボクシング、などなど。

 まだ、24歳という若さ。

 どの方向に、焦点を当てて、見定めてゆくのか、まだ決めていない。

 元々、ボクシング仲間以上に、総合格闘技の選手や、関係者との個人的交遊はあった、比嘉大吾。

 気の良い性格だけに、輪が、自然と、広がっていた。

 だから、「寅さん旅」の途中で、総合格闘技の、沖縄での試合に顔を出し、謝礼を現金で、もらったりもしていた。

 具志堅用高は、今年に入っても、テレビ出演を重ねているなかで、

 「今年中にはね。比嘉が、俺のもとに、戻ってくるような気がしてるんだけどねえ・・・・・」とは、個人的望みのように、語ってはいたが・・・・。

  今日の、日曜日も、比嘉大吾は、キックも入れ込んだ格闘技の練習や、寝技の稽古で、汗を流していたことを、末尾に書き添えておきます。

 

 


《 リアル オートレース 緊急ルポ 》 お懐かしや、藤本梨恵様。第2弾。元・プロボクシング、チャンピオンにして、現・A級レーサー。本日、7月10日、伊勢崎で、イベント出演します

2019-07-10 12:59:44 | 元プロボクサー

 

 今朝方、検索のリスト見たら、かつての、4年3か月も前の、古い記事が、見かけられた。

 タイトルに、「お懐かしや、藤本梨恵様」と、入れ込んでおり、おお! 本当に、懐かしい。

   元・女子プロボクサーで、スーパー・フライ、フライ、バンタムの3階級で、アジアや日本の、チャンピオンのベルトを巻いた強打者。

 と、打ち込んで置いて・・・・なんなんですが、

   引退後、オートレース選手として、頑張っている彼女が、

 今日、7月10日、所属している、群馬県の「伊勢崎オートレース場」で、午後2時から、イベントを開催いたします。

  彼女の他に、同じく、所属しているレーサー、写真の、田崎萌、高橋絵莉子と共に、出て、ファンサービスに勤めますんで、近くの方、興味のある方、行ってみてください。

  このようなこと、やるようです。

 緊急で、すいません

 


《 リアル 事件 ルポ 》 [追記版]湯葉忠志。3月27日、ストーカー規制法違反容疑で逮捕されたとの報道に?裏の真相あり。それが証拠に、本日28日、すでに身柄釈放されました!

2018-05-02 13:06:38 | 元プロボクサー

 < 2018・3・28 掲載 >

 昨日、ネットのニュース欄に、「ボクシング5階級制覇王者 逮捕」との文字を、見かけて、はあ?・・・・・・

 5階級制覇っていったら、ひょっとして・・・・

 ああっ!

  ( 最近の彼の、ブログより )

 湯葉忠志だった。

 温厚で、とても明るくて良い性格の彼だけど、ひよっとして、酒の席で、思わず、他人を殴ってしまったのか?

 と、思ったら、案に相違して、信じられぬ、「ストーカー容疑」。

 わいせつな画像に、脅かし文句を、送信と。

 湯葉があ?

 真偽のカケラでも知りたかったのか、彼について打ち込んだ記事が、昨日から読まれ続けていた。

 場所は、九州の宮崎市。

 引退して、帰郷し、宮崎市にフィットネスジムを数年前に開いたのは知っていた。

 九州には彼以外にも、かつて、ボクシングの殿堂である後楽園ホールを、出れば満席にしていた人気有名プロボクサーが帰郷し、生まれ育った故郷近くの、立地条件が良く、且つ、プロボクサー志望者が通いやすい場所に、ジムをオープンさせた元プロボクサーが数人いる。

 事件の詳細を知りたく、数紙を読んだが、いずれもネタ元は同じらしく、詳しい事情と、経緯を知ることは出来なかった。

 現役時代の湯葉は、都城のジムに籍だけは置いて、試合近くなれば、上京。

 東京のジムに移籍するには、多額の金銭を示されていたらしいが、支払える訳もなく、折衷案のように、練習やスパーリングなどは、東京でこなしていた。

 なんで、わざわざ遠い東京で?と想う読者もいることでしょう。

 軽量級と違い、湯葉のようにウエルター級や、スーパー・ウエルター級などの重量級の、それもランキングに入っているボクサーや、前チャンピオンとスパーリングするとなると、宮崎県どころか、九州にも満足にいない。

 それが、東京ともなると、ゴロゴロいる。

 湯葉と、試合は出来なくとも、ヘッドギアを装着して、拳を合わせてみたいと希望する者も、また多い。

 そのために、上京。

 その経費、自腹切るには限界がある。

 実は、日本のファイトマネーは・・・・報道されているのとは大違い。実に、安い。特に、湯葉はジム事情も背後にあり、安かった。

 そこで、湯葉の人柄と、人気度と、実績がモノをいった。

 支援者、後援者、スポンサー、タニマチ。彼らが、それらをカバーしてくれていた。

 といっても、豪勢な生活では無い。

 都内のマンションを借りてもらい、後年は、知り合いの格闘技ジムのリングを借りて、練習を積み重ね、スパーリングには、相手のボクシングジムに、そのたびに出かける。

 息抜きに・・・・か。

 上記、彼らの接待・歓待してくれる場にも出向き、団らん、だら~ん・・・・。

 そんなんで、試合まで大丈夫かよ? と、危惧することもあったが、それなりに、キチンと8割ぐらいは仕上げ、いざリングに上がれば、剛腕、ブンブン振り回し、ヒット、ヒット・・・という過程を、送っていた。

 そこに、東京妻らしき女性の、見え隠れは無かった。

 大阪のとある重量級の、やはり、湯葉忠志並みに2枚目だった人気ボクサーには、いた。あまりにも、目に付いた。

 こりゃあ、まずいんでないかい?とばかりに、さりげなく、2ショットを撮影。

 さりげなく、いつでも、記事化できますよと言って置いたりもしたことがある。

 だが、遊び、はあっても、根はマジメだった湯葉。

 だから、他人が寄り集まった。陰で、支援もした。

 試合ともなれば、奥さんこそ、都城市で実の父母を養い、面倒を看なければいけなかったこともあり、上京はかなわず。

 息子の、海樹(かいき)が、高校生になり、実家を出て、宮崎市内の高校のボクシング部の寮住まいをしながら、めきめき実力を伸ばし、インターハイで好成績を上げ、父の忠志の試合も、上京して、観に来ており、会ったこともある。

 忠志にとって、自分のチカラの衰えを自覚してゆく一方で、息子の海樹の成長は、非常に楽しみらしく、誰彼となく、後楽園ホールの控え室内外で、紹介し、自慢していた。

 引退後、地元、都城市の人口、16万5000人より、倍以上の40万人もの人口のいる、県都・宮崎市に自分のジムをオープンさせた。

 当初は、健康増進のためのフィットネスジムだけだったと記憶しているが、息子の海樹が、高校を卒業し、昨年の2月にプロデビューし、好戦績を上げ続けている。

 丸1年後の、今年の2月26日には、後楽園ホールで、「日本ユース・ライト級 タイトルマッチ」に、海樹が挑戦。

 2ラウンド途中で、右目上を偶然のバッティングで負傷し、切ってしまい、試合が中断。

 残念ながら、試合は彼の負傷のため、引き分け。対戦相手が防衛、という結果に終わった。

 その日、息子のタイトルマッチ初挑戦ということもあり、奥さんも観戦のために上京。

 その夜も、親子水入らずの時を過ごしていた。

 宮崎のジムでは、まだキャリアは浅いが、アマチュアのボクサー指導のトレーナーとして、高校を卒業した海樹も勤めている。

 加盟金が、1000万円も要する、「プロボクシングジム」の看板も,合わせて掲げ、これからの時の、今回の「事件」。

 なかなか、会員が集まらないため、入会金を半額の5400円にして、再募集キャンペーンをしていたさなかの、この「事件」。

 長年にわたる支援者や後援者たちが、湯葉忠志という人間を見込み、支えてくれていたジム。

 それも・・・・・今回の報道により、ソレがすべての真実であるかのように流布され、信じ込まれ・・・・・・足が遠のき、経営維持も、難しくなっていくかも知れない。

 ジムに、昨日、そして今夜も電話を入れてみたが、誰も出ない・・・・・。

 しばし、開店休業の状態になりそうだ。

 息子の海樹と、昨日話が出来た人がいたが、「何にも、今回のコト、分からないんです」と、涙にくれていたという。

 実は私も、今回の被害者とされる20歳代の女性のことも、いきさつも、知らない。

 なんだよお!

 いろいろ、書いてきてよお!

 そう言われそうだが・・・・・。

 さまざまに、裏の真相を推測は出来る。今まで、この類いの事件を取材してきたから・・・・。

 だが、うかつには書けない。

 しかし、この事実だけは、最後にキチンと書いておかねばならないだろうと、想う、

 逮捕という報道をされたのは、昨日。

 そして、今日。夕刻前に、湯葉忠志は、身柄を釈放されている。

 保釈金などは、一切無い。

 そのことだけは、伝えて置きたい。

 かすかにでも残っていたら嬉しい、湯葉忠志という人間の「名誉」のためにも。

 再起を、願っている。

 かつて、倒されても、リング床から、不屈の魂で、立ち上がってきたように・・・・・・・

 

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 《 2018・3・29 夜 》

 今日から、湯葉忠志が代表で、運営していたジム、再開したようです。

 ジムの、オフィシャル・ブログによれば、湯葉海樹がメインとなって、当面ジムを運営していくとのこと。

 こんな、おかしな汚点が付こうとも、支えていこうという後援者がいる。

 その事実が、何よりの、「湯葉忠志」という人間の、証明書と、いえます

 5階級制覇が、誤解旧制覇と、笑い飛ばせる日が、訪れることを予想しています・・・

 

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 < 2018・4・8 追記 >

 その後を、どこのメディアも報じていない、湯葉忠志が、「犯したとされる」事件のテンマツと、その後の「事実」。

 あれから、2週間近く。

 表舞台に出ることは控えて、か・・・・・・。

 今日、ジムに通って、サンドバッグを叩き、パンチング・ボールをテンポ良く、リズム感良く叩き、ミット打ちと、スパーリングを重ねてきたはずの、おやじ達の大会、「おやじファイト」が開催されている日。

  破壊的なパンチを基に、5階級制覇をはたした、湯葉も、すでに41歳。

 見事に、おやじ世代に突入。

 本日未明、キックボクシングではあるが、大阪で開催された「おやじファイト」に出場した男たちの日々を追ったドキュメンタリーが、ひっそりと放映されていた。

 まさに・・・・・湯葉の再起するであろう姿と、ダブった。

 頑張れよ! 湯葉忠志。輝いていた日々は、消えやしない!

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 《 2018・5・2 追記 》

 今日。久しぶりに湯葉忠志がオーナーとして、経営しているボクシングジムのブログを見た。

 なんと、すぐ警察署を出られたことは、すでに記事化していたが、しばらくは息子のプロボクサーでもある海樹を、対外的にも前面に押し立てて運営、生き残りを図っていたが、

 この4月19日付けで、湯葉忠志本人の「お詫び」と題した一文が公表されていた。

 事実関係は、一切書かれていない。

 が、心身ともに、立ち直ってきたきた兆しは、感じられた。

 このような「事件」が例え、無かったとしても、地方、とりわけ、九州の各ボクシングジムの経営は、いずれも苦しい。

 これぞ、と自信のあふれるボクサーは、東京や関西の、名のあるジムへと行きたがる。

 試合が、コンスタントに出来るうえ、マッチメイク能力が、九州のジムに較べ、圧倒的に格差があることは、まぎれも無い事実。

 ただ・・・西日本新人王戦には、試合数が少なく、勝ち上がれる可能性が大きく、その点では有利。。。。なだけ。

 そんななか、湯葉のジムの拳闘の健闘を、陰ながら祈りたい。

 湯葉は、東京の大手ジムに旧知のスタッフがおり、出稽古もマッチメイクも、他の九州のジムよりは強い。

 どこに入ろうか、健康維持のためにせよ、検討している人は、是非、このジムの扉を開けて欲しいと想います。

 湯葉、頑張れ!


《 リアル ボクシング ルポ 》 主演映画「ウェルター」で全国的知名度を得た、元・プロボクサー 福田健吾は、今、どうしているんだろうか? 見えぬ背中と、その姿を、追った

2017-10-12 20:18:59 | 元プロボクサー

 ん? 私の記事の検索ワードに、「元・プロボクサー 福田けんご」なる言葉が、浮き出ていた。

 かつて書いて、再掲載までした、長谷川穂積や、辰吉丈一郎の記事のなかに、福田健吾(写真上)も折り込んでいたためか、時折り、その記事が読まれては、検索ワードから、ひっそりと消えていた。

 そうか、福田健吾の今を、少しでも知りたくて、検索したのかも知れないなあ・・・・・。

 彼の現在、という言葉で検索してみると、誰かの短いブログに、彼がかつて、演技はズブの素人にもかかわらず、好演した映画「ウェルター」の紹介に続いて、今は「三迫ジムのトレーナーをしている」と。

 ソレが打ち込まれたのは、2014年。

 とっくにトレーナーを辞めて、その時点で3年も経っているというのに・・・・・。

 記者経験が無い素人にせよ、☎一本、ジムに問い合わせてから、ソレを打ち込むべきなのになあ・・・・・。 

 にしても、今、福田健吾は、ホントにどうしているんだろうか?

 ちなみに、先の「ウェルター」。まんま、youtubeで観られたのには、嬉しいやら、驚くやら。

 現在、彼、もう49歳にもなっていることに気付かされ、改めて月日の流れの速さを感じた。

 先の記事でも触れたが、プロボクサーを引退せざるを得なくなって、ブラブラしていた彼と偶然に再会したのが、山手線、池袋駅の出入り口でだった。

 網膜剥離(もうまくはくり)と診断を受けて、引退勧告を受けたものの、本人は納得いかず。そりゃそうだろう。

 今、振り返っても、同じ網膜剥離で、且つ、福田より症状が重かった辰吉が何の問題も問われず、現役続行のサインが出て、一方の福田はダメという勧告。

 彼の、やりきれない気持ちは、話しを聴いてて、痛いほど胸に突き刺さった。

 再びいつか逢いたくて、名刺を渡し、☎番号を聞いた。

 その後、しばらくして、福田から☎が掛かってきた。

 「今、古巣の三迫ジムで、トレーナーをやらしてもらってるんです。将来、有望な選手も教えています。一度、観にきませんか?」

 一も二も無く、快諾。 

 それからは、何回か通い、トレーナーとして付いていたプロボクサーの試合も後楽園ホールで観戦し、控え室にも訪ね、記事化もさせてもらった。

 すごく気の良い性格。一生懸命で、ひたむきに、自分の歩んできた経験を活かし、手取り足取り教えていた。

 ジムから、自転車でこいで、わずかな時間で来れるところに、彼女らしき女性と、アパートで暮らしているらしかったが、その私生活にまで踏み込むことは、あえて自制していた。

 福田も、住所までは教えそうも無かったし、一定の距離を互いに置いていた。

 当時は、今の近代的なガラス張りのジムではなく、前の古いジム。

 ある日の、後楽園ホール。

 彼が指導していた選手が、判定負けした。惜しいとか、接戦ではない試合内容だった。 

 こりゃあ、記事にはしにくいなあ・・・・・。

 そう想いつつ、控え室に向かうと、ジムの名誉会長の怒りまくる声が廊下にまで聞こえていた。

 このヒト。負けた選手が、自分の敗因は身を持って、嫌と言うほどわかっているのに、そんな心の傷口に、塩を擦り込むような、手厳しい叱咤を、試合後、すぐさましてしまう性格。

 その矢は、トレーナーである福田健吾にも向けられた。

 「福田! お前も最近、調子に乗って、いい気になってんじゃないのか! マスコミに持ち上げられて、記事にもなっているらしいじゃねえかよ!」

 あちゃあ・・・・・・

 目を伏せていた福田が、チラッと私を見て、また目とアタマを伏せた。

 いてはまずいなと想い、音もたてないようにして、その場を去った。

 そりゃあ、テレビ局だって、あの「ウェルター」で一世を風靡したプロボクサーが、トレーナーに転身し、ひたむきに将来のチャンピオン候補を育てているということは、撮り続けたい題材と人物だ。

 おまけに、絵になるし、いまだカッコいい。

 でも、それで浮かれているような性格の福田ではないのに・・・・。

 ここでは書かないが、あの「ウェルター」の全国公開後、彼がどんな目に会い、どんな扱いを受け、どんな金銭しかもらえなかったか・・・・。 

 その頃の境遇と心境は、何度か、彼から直接聞いていたし・・・・。

 その後・・・・・心理的にも、しばらく、ジムから足が遠のいていった。ボクシング専任記者でも無かったし・・・・・・。

 ある日。福田が指導していたボクサーの試合があった。記事にもしたことがある選手だった。

 観戦に行った。あれっ?

 福田が、試合中、セコンド陣のなかにいない! コーナーにも、その下や、周辺にも姿が見えない。

 控え室に行ったら、廊下のベンチに、負けたその選手が、うつむいて座っていた。セコンド陣は、次の選手の試合に付くために、全員がおらず。

 ---お疲れ様でした。残念だったね、今日は。で、福田さんは? 今日、都合付かず、お休みだったのですか? 

 目を上げたその選手が、怒ったように言い放った。

 「知らねえよ! そんな人!」

 ええっ!

 どういうことなんだろう?

 帰り際、ジムの顔見知りのひと、数人に聞いた。

 「ジム、辞めたんですよ、だいぶ前かな?」

 「辞めた理由? さあ・・・・・」

 誰もが、明らかにクチを濁していた。

 一体、何があったんだろう・・・・・。あの件前後から、上手くいってないらしいとは、人づてに聞いてはいたが、辞めるまでとは・・・・・。

 ジムには行かず、知り合いの人に☎や、ジムの事情に詳しい人達に聞いて回った。

 そこで、ほぼ判明した事実。

 先の選手や、ジムの関係者たちに、少額ながら、「返すからさ」と言いつつ、カネを借りていて、そのまま、ある日、突然、ジムに顔を出さなくなった、らしい・・・・・・。

 ある日のこと、タイミングを見計らって、先の名誉会長に聞いた。

 口調厳しく、メチャクチャ、ボロクソにこき下ろしたあと、こう言った、

 「俺、絶縁状みたいな回覧状を、全国のジムに書き送ったんだよ。福田健吾のやつが、トレーナーとして雇ってくれないか?と来ても、絶対に雇うな! 断われと! 雇ったら、ウチとの今までの関係は無くするからとな」

 やれやれ・・・・・

 全国に、プロボクシングジムだけで、加盟数、およそ300。

 例え、コピーの書面や、ファックスだけでも、大変な労苦と、作業だ。怒りまぎれに言ったとしても、現実の作業となると、別物。

 実際、今回、さまざまな福田の一件を知る人に、彼の今を尋ねながら、この件も聞いたが、「あり得ない」「実際には、やっていないはず」と、クチを揃えた。

 三迫ジムを、去ったのは、まぎれも無い事実。

 以来、6年あまり・・・・・・・・・。

 ひょつとして、49歳という年齢からして、福田は自分の産まれ故郷である、四国、愛媛県の松山市に帰って生活しているかも?

 そう想って、卒業した新田高校の先輩、後輩、プロボクサー関係、ジム関係などに、軒並み当たった。

 「いやあ、噂も含め、聞いたこと無いですね」

 「こっちには、帰ってきていないと思いますよ」

 「東京にまだいるんじゃないでしょうか?」

 ーーー普通の会社勤めをして?

 「それは、ちょっと考えられませんね。福田さんから、ボクシング抜きでは、考えられない性格のひとですから」

 プロボクサーの指導だけでは無く、アマチュア選手育成のジムで、目立たぬように教えるコトは、充分に可能だ。

 あの捨てがたい性格と、指導力。

 元気に生きていて欲しい。例え、大都会の片隅ででも・・・・・・。

 そう、切に想う。

 

 

  


< リアル ボクシング ルポ> 長谷川穂積、「まだ」と「もう」。2年5か月も迷い、揺れた末の、最後の「けじめ」をつけるための試合の結末は・・・

2016-09-16 01:31:01 | 元プロボクサー

 かつては、こんなシーンもあった、長谷川穂積(ほずみ)。事実上の、「元プロボクサー」と言って良い。すでに、35歳と9ヶ月を数えるまでになった。

  9月16日、彼は大阪のリングで、最後の試合を行なう。

 「負けたら、引退します」

 そう、早くから公言している。

 絶対に勝つという言葉は、ただの一度もクチにせず。ましてや、ベルトを奪い取りますという言葉も、無いままに

 減量苦に、人並み以上にあえぎ、引退するのか、しないのか、定かにキッパリと明言することを避けて、今日まで、ファンの心を、ずるずる、ずるずると賢く、あいまいにしたまま、引きずってきた。

 2階級のチャンピオンベルトを、かつて、確かに腰に巻いた。

 リング上のトランクスを見ても分かるように、スポンサーは数多く、現役のときは、試合のファイトマネー以外に、年収3000万円前後を手にしていた。

 だが、リングとジムから遠のいたあとは、持っていた時価300万円の腕時計などを切り売りして、生活費を捻出してきた。

 練習を継続せずして、「まだ、やれるか?」、いや、「もう、ダメだろう・・」の、心の中での葛藤の、繰り返し。

 この2年以上、しばしば上京しては、後楽園ホールに姿を現す、ジムの山下正人・会長に、長谷川穂積の今、を質問すると、ギラッと、いかにも元・暴力団担当の凄腕刑事らしく、すごみの効いた目で、こちらをイチベツするだけ。

 一言も、答えない。

 かつて強打を誇っても、プロボクサーが1年近く、試合のリングに上がらないと、すごい恐怖感を感じると言う。

 さらに、怖いのは、勝負勘や、当て勘が失せてしまうこと。

 ましてや、2年と5か月。

 それで、カンタンに世界のベルトを獲れるような、甘い世界ではない!ことは、長谷川穂積自身が、一番よく知っているはずだ。

 この試合に向けて、先日、ボクシング・マスコミ向けに「公開練習」を行なった。

 だが、仕上がりと、調整ぶりを推し測ることが出来る、スパーリングはせず。

 ミット打ちと、サンドバッグ打ちで、お茶を濁し、ごまかした。

 減量に、相も変わらず、ものすごく苦しんでいるのは、その体付きを見れば、一目瞭然であった。

 「まだ、もう」「まだ、もう」。

 迷い、行きつ戻りつ、揺れ続けた末の、「けじめ」をつけるための最期の試合が、今日、ある。

 やらないまま引退するよりは、やってみて・・・・・ああ・・・・やっぱり、だったか。。。

 自分のカラダで、現役時との差を、これでもか!と、いやというほど、身に染みて知るはず。

 そう想うはずの、いわば確認のための試合。

 おカネも、しこたま入るはず。

 奇跡、は起こらないだろう。

 先に、書いておこう。

 お疲れさまでした、と。

 

 


<リアル ボクシング ルポ> お懐かしや、藤本梨恵様! 「お友達」も、元気でありましょうや!?

2015-04-08 20:42:45 | 元プロボクサー

 すでに紹介した、ボクシング世界2階級制覇王者、藤岡奈穂子(なおこ)の、意図的編集、ドキュメンタリー?番組。

 その中で、おおっ! お懐かしや!と想った名前が、ひょいと出てきた。

 藤岡が、敵地で深夜開始の試合に、実質的に圧倒判定勝ちして宿舎に戻った翌朝。

 たくさんのツィッターが届いていた。

 ブログには、コメント0人が続くが、ツィッターは別物。

 そのなかの、こんなのが公開された。

 <ナオちゃん やったね! 凄(すご)いよ!! あなたは、日本の誇りです>

 32歳の女性が、39歳の女性に宛てた、文面だ。

 藤本梨恵。元プロボクサー。フライ、スーパーフライ、そしてバンタムと、日本と東洋・太平洋の、3階級を制覇して、引退した。

 まだまだ層が薄いとはいえ、リング上で、ショートカットのオレンジ金髪を、わっさわっさと揺らして打ち込み、勝ち上がってゆく姿は、まだ印象に残っている。

 引退して、どうしているのかなあ・・・・・と、思っていたら、なんと、再び、ボクシングの殿堂、後楽園ホールで、見かけた。

  それも、楽しそうに観客席で、とある男性と語らっていた!

 緑色の上着を羽織っているのが、ボクサー時代には、リングネーム「藤本りえ」と名乗っていた、現・藤本梨恵。読み方は、同

 この日。2013年12月10日

 私は、とある試合を取材しに、この日、客席にいた。

 試合の中には、日本フライ級タイトルマッチもあり、粉川(こがわ)拓也 対 村中優(すぐる)が対戦。お互い、一歩も引かぬ戦いぶりを見せ、判定の末、新チャンピオンとして、2-1の僅差で、村中が輝いた。

 そう! 昨日の前日計量で、2度にわたる計量の末、規定体重オーバーが決定! 試合前に、王座をはく奪されたオヒト

 もう! ネット上では、リングに上がる前に、見知らぬ輩たちから、ボコボコに叩かれている。本人、この精神状態で、指名挑戦者の最強ボクサー、林徹麿(てつま)と戦えるかどうか、はなはだ不安。

 それでなくとも、実は、計量オーバー、21歳の時から始まって、これで3度目。もう、言い訳は、出来にくい・・・・・・。

 いつもは、7~8キログラムを落としているのだが、今回は10キロ落とそうとしていた。

 それも、彼のブログを読み続けると、サウナで5キロ分の汗を落としていたようだ。それが、身体にどんな影響を及ぼすか?

 同じジムにいる通称”拳王”。

 やはりサウナにひたすらこもって、ついにフラッと倒れ、救急車で搬送され、前日計量の前日に、試合の中止を決められた苦い過去がある。

 ジムからの告知が無く、日本ボクシングコミッションは休みのうえ、これまた告知無い。

 こりゃ、後楽園ホールに客、知らぬまま詰め掛けるぞ!

 そう感じて、緊急告知記事をネット上に掲載。

 トレーナーからは、感謝された。”拳王”? 苦笑いしてた。

 減量の辛さ、苦しさは、長期取材していると、体験していなくとも、共感出来る。だから、一概に攻めることなんて、出来ない

 しかし、なあ・・・・・。川島勝・会長。恐い人だしなあ・・・・・。

 それでなくとも、林は強いうえ、チャンピオンでもないのに、集客力抜群! 彼が出ると、8割は客席埋まる。

 それも、わっしょい、わっしょいと、後押しして・・・・・・・。

 針のムシロ。パンチ受ける以上に、ちくちく、ぶすぶすと、痛いだろうなあ

 で、やっぱり想い起こされるのが、勝ちはしたが、藤岡が戦った、メキシコでの、前日計量時における、「フツー」「常識」度。

 改めて書くと、女子スーパー・フライ級の規定リミット、52・1キログラム。

 で、「細工」してあるとしか思えないのを、何度も身をもって体験している藤岡奈穂子。

 それを見越して、ホテルを出た時の体重、52・4キログラム。300グラムの「誤差」は、織り込み済みだったのが、51・5キログラムと測定されて、「何もして無いのに、900グラム、落ちるかあ(笑)」と。

 ちなみに、女王、マリアナ・ファレス。52・1キログラムと、リミット一杯。

 て、ことは!

 もう、笑うしかない、”常識”。

 ある、やはり日本タイトルマッチに向けて調整しながら、前日計量で2キログラムもオーバーしてしまった挑戦者。

 資格は失わないが、ワンマン会長に、罵倒された。リングに頭下げて上がったものの、ボロ負け。

 会長に、「所属選手 クビ」を言い渡されたという。

 厳密な、日本との差を、痛感させられた。

 で、本題に戻る。

 引退したあと、藤本、一念発起して、オートレーサーへの試験に、チャレンジ!

 一度は落ちたものの、2度目に見事、合格。

 めちゃくちゃ厳しい、茨城県にある「養成所」での生活の日々は、ドキュメンタリー番組で見た。

 私も、とあるオートレーサーを長期取材していて、川口オートレース場に何度も通ったので、バイクにブレーキが付いていないことなど、知っていった。 

 本名の、藤本梨恵に戻り、初デビュー戦から、すでに1年9か月が過ぎた。

 19戦目に一着を勝ち取った。

 私が、見かけたのは5か月目。

 「1勝してますよ」と、言われた。ひじ、すね、にはアザが点々とあるそうだ。

 収入は、ボクサー時代とはダントツの差。着外でも、出場給がもらえる。

 ただし、一定期間、ず~っと未勝利のままだと、暗にクビを示唆される、厳しい世界。

 ちなみに、改めて全試合の相手を眺めると、そこには藤岡奈穂子の名前は見当たらない。

 おそらく、あの藤岡の明るく、人なつっこい性格からして、仲好くなっていったのだろう。

 それにしても、この男性、一体、誰なんですか? と問うと、かたくなに名前名乗らない男性の方から、「お友達です」と。

 ---彼氏でも、恋人でも、同棲相手でもなく、お友達?

 「そうそう」と、藤本、ニコッ。

 身を固めない、固めるは、ま、本人の自由ですが・・・・・・。

 ちなみに、冒頭のツィッターを送った前後も、番組放送後も、藤本梨恵が、他の女子オートレーサーとの宣伝告知も兼ねての、合同ブログには、ボクシングの「ボ」の字も、藤岡奈穂子の「藤」の文字も、無し。

 今日、4月8日のところには、朝、起きたら雪降ってたと、記述。

 「日本の誇る」友であっても、その栄誉は、ブログには持ち込まない。あくまで、オートレーサー、藤本梨恵のラインを崩さない。

  <公式 プロフィール写真、より>

  ちなみに、今年4月7日までの戦績は、1着、15回。2着、9回。3着、9回。着外、多数 

 レースでは、男性と一緒に走る。むろん、30、ないし40メートル先に位置して走り出す、ハンデ付きだが。それでも、まだ抜かれる。

 ここ10戦では、1着2回。着外8回。

 「いつか、トップのS級で走りたい」と、夢を語る。

 伊勢崎オート、所属。

 この4月9日から12日まで、「伊勢崎オートレース場」で走りますんで、雄姿見てやって下さい。賭けなくても、結構面白いです。

 まもなく、「伊勢崎の誇り」になるかも!