す、す、すいません、すみません・・・・・・・・
この記事内容が、間違っていたから、閉じた、非公開にしたわけでは、ありません。
樋田淳也という、再び、受刑者になっている人間の、経緯と、今と、この世間を騒がせた逃走事件の問題点を、追記しようとして、いったん、閉じた。
それだけのことです。
取り急ぎ、追記まだしていない、元の記事、再後悔、否、再公開させていただきます
《 2018・8・20 掲載記事 》
≪ 2018・8・31 再掲載記事 ≫
もう、8月12日から、連日連夜。その逃走劇を報道されまくっている、樋田淳也(ひだ じゅんや)・被疑者。
富田林署ならぬ、実態は、「とんだ馬鹿し署」の、誰もがあきれ果てる、いくつもの大失態を攻めまくるべきが、報道&マスコミのやるべきこと。
なのに、大阪府警は、焦点をはぐらかして、責任追及させまいと、矢継ぎ早の、不確かな逃走情報提供と、入れ墨、婦女暴行などなど、必要以上の悪らつイメージを創りあげて、追及の目を、ほかに向けさせている。
「日ごとに、不安や怒りが増してきてます」などという府民の声を取りあげ、裏取りも全くせず、大阪府警から「発表」されたシロモノを、鵜呑みにして、垂れ流しまくっている、マスコミ。
ひったくりしまくっているとの真偽は、かなり、疑わしい。
「関与か?」と、報じておきながら、ほぼ断定口調。
樋田の指紋が、採取出来なかった、と。
そうしたら、手袋をして、連続犯行に、及んでいると、これまたほぼ断定という報道の怖さ。
いずれ、樋田は、どこかの地で身柄拘束されるであろうが、その後の、「単純逃走罪」を軸とした、盛りだくさんに盛り付けた罪名多多で起訴されるのであろうか?
これが、いずれ、厳密には、「誤報」「虚偽」であったと判明したら、一体、報道陣たちは、どう、責任をとるのであろうか?
また、吉田有希ちゃんを殺害したと、事件の8年後に拘束された、勝又拓哉。その栃木県・今市・女児誘拐殺人事件のように、「冤罪」を、創り上げる手伝いをしてしまうのであろうか。
樋田の捜索&拘束に、3000人も投入。
メンツ、大事。そんなに、大量のメンツ投入して、通常犯罪取り締まりは、手薄になっているザマ。
実は、大阪府警圏内では、神奈川県警に比して、警官そのものが犯した刑事犯罪が、全国の中で、突出して多い。
警官犯罪、甘受、甘受、カンカンジュ。大甘処遇。万々歳。
一般人なら、逮捕・拘留されて、厳しく取り調べを受ける刑事事件も、警官が起こしたとなれば、いったん辞職させて、退職金を満額支給。
そうしておいて、「元・警察官」を、勾留せずに、「書類送検」で、うやむやにしてしまう手口の繰り返し。
その気風。暴力団に、安易にガサ入れ期日を事前に教えていることも、時にばれる気質。
ソレに気付きもしない、番記者たち。たとえ、気付いても、目を、つぶって、他社、他局と競争し、本日も「狂走」しまくっている。
そんな愚か極まりない流れのなか、ん?
あの、瀬戸内海を泳ぎきった、屈強な27歳の、誰もが記憶ある「逃亡者」。
今、ど~してるんだろうかなあ?と、ここ数日、気になり始め、取材を開始した。
ほらほら。この顔。覚えている人も、いるんじゃないかな?
平尾龍麿(たつま)受刑者、27歳。
盗んだ物、120。数多くの窃盗を重ね重ねて、生まれ育った九州各地を逃げ回った末に逮捕された。
だが、初犯のうえ、受刑態度がマジメと判断され、愛媛県の今治(いまばり)市にある、その名も「松山刑務所 大井造船作業場」という名称の、矯正労働施設に移送されて、造船作業労働をしながら、服役していた。
そこは、日本の刑務所の中でも、極めてまれな「開放型 刑務所」。檻(おり)も、鉄格子も、手錠も、腰縄も、周囲にそびえ立つ壁すらない。
むろん、監視見張り塔も、防犯カメラすら、設置されていなかった。
平尾龍磨も、この写真の、その名も「友愛寮」で、寝起きし、隣接された、来島(くるしま)どっく造船所で労働。
民間の造船所勤務の従業員達と、帽子の色も変え、幅広ガムテープで区画整理こそされているものの、塀も、ついたての仕切りも無い、隣りの作業場で、夕方5時の定時まで仕事をこなし、友愛寮に一列縦隊で帰還。
手錠もなく、自主管理にまかせられていた。
むろん、刑務官。一般の感覚でいう、「看守」は、常に言動に目を光らせていたことはいうまでもない。
他の全国の刑務所と違い、仮釈放の時期も、「友愛寮 受刑者」は、特段に早い。
全国各地の刑務所から選ばれ抜かれた、20人が、上記、「友愛寮」にいた。
当時、平尾龍麿は、受けた懲役の、残る刑期は、あと1年9か月あったが、どんなに遅くとも1年3か月後には、大手を振って、シャバに出られるはずだった。
それが・・・・・・。
この施設で決められていた「規律」に違反。ソレも、2度も。
だが、ソレが、具体的に、どんな行為をしたことによる違反であったのか?
いまだ、明らかにされていない。
刑務所と言う、「矯正」施設は、事実上の、これ以上ない「異常強制」施設。命、知らず。
髙倉健が、生前、最期に主演した、映画「あなたへ」。
そのロケにも協力した、富山刑務所。
実は、ガンをわずらって、痛みと、苦しさに、のたうちまわっていた患者がいたにもかかわらず、そこでは、2人の重症老齢受刑者を放置。
医療刑務所に、転送せず。見殺しにした。犯罪にも等しい、組織的行為だ。
細かな、あきれかえるような規則でがんじがらめにして、逆らうと、仮釈放が、問答無用とばかりに、取り消されたりする。刑務官の権限は、無限大に等しい。
解放施設でさえ、同様だ。その結果、平尾は、「安全対策」の「委員」を取り消された。
そのことにより、平尾は、「自尊心」が、傷つけられ、刑務所の中で、「自分の居場所が無くなったと感じるようになった」、との警察経由「逃亡者供述発表」。
ソレが、脱走&逃走と、どうつながっていったのか、今だ、不明のまま・・・・・・。
理解しがたい、理由。伸びても、1年半で仮釈放されたのに・・・・・・。
ガマンすれば・・・・・・・・・・・・・・・・・。
これ。読んで下さっている、あなた。わかりますか?
ちくいち報道相次いだ逃走劇。追う警察組織。めんつが、ある。追われた、彼。
逃げたのは、この4月8日。造船作業を終え、「友愛寮」に隊列を組んで帰寮。
夕食を終えたのち、その後に、全体ミーティングが7時から予定されていたが、彼のみ、欠席。
あれっ? ま・さ・か!
友愛寮の1階の、裏側の部屋の窓を開けて、逃走。ごくフツーの窓、鉄格子は、無い。
この刑務所の正門の扉を、ジャンプして、飛び越えたのか、裏口にしても、跳躍力の、人並み外れてある彼にとっては、さほど困難なことでは無かったと想われる。
なにしろ、防犯ブザーも、防犯カメラも、何も、設置されていなかった、のだから。
逃走期間中に、盗んだ物。
Tシャツ。無人の家にあった、いくつもの食料。ミニ・バイクに、車。携帯電話に、捕まるキッカケになってしまった、年齢がどう見ても違う、中年の男性の健康保険証。
全点数、60点。
合計、概算推定金額、31万円。1点平均、5000円なり。
ん? 車やミニバイクは、途中で乗り捨てており、盗んだとはみなされなかったのであろう。
そのうえ、さも、平尾龍磨も、このたびの、樋田淳也のごとく、極悪非道のように、報道されたが、
平尾龍磨の供述と、証拠によれば、「友愛寮」から逃げる際、1階の玄関にある、自分の下駄箱のなかに、「規律違反をして、すいませんでした」と、メモ書きした紙片を押し込み、
車のカギを盗み、運転し、逃走した際には、その駐車していた場所に、「ちょっと、車をお借りします」という、これまた、ていねいなメモを書いて、残して、発進させている。
これ・・・・・どう受けとれば、いいのであろうか・・・・・・。
純な、本心から? 罪の軽減、狙って? 計算づく?
私の記事で事前推定して書いたように、潮が引き始め、海流が渦巻いていない深夜に、瀬戸内海の最も狭い海域を、見事に闇に埋もれて、泳ぎ切って、広島県にわたった。
逮捕は、4月30日。大型連休前。
塀を飛び越える寸前、引きづり降ろされ、5人もの警察官によって、必死にもがく平尾龍磨を、取り押さえた。
その後、今度は、このように護送車に乗せられ、瀬戸内海を、濡れずに渡り、愛媛県に移送された。
むろん、報道陣は、警察に規制された挙句の遠くからとはいえ、韓国と違い、大声で、問いかけもしない。
平尾龍磨が、脱走成功した翌日の、4月9日。
先の造船作業場で、共に働いていた受刑者19人は、手錠を掛けられて、バスに詰めこまれ、法務省では「本所」と呼ぶ、「松山刑務所」に全員移送。
「友愛寮」は、無人になった。夜は、真っ暗。
その後は、どうなるのか?
世間の関心は、逃走劇とともに、「解放的処遇刑務所」の存在の是非と、今後、どうしてゆくのか?に集まっていった。
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5月9日、水曜日。
この脱走劇に関しての「法務委員会」が開催された。
名付けて「再発防止に向けた、検討委員会」。
仰々しい、看板掲げるのが好きな、法務省の官僚たち。
さらに詳しくは、「開放的施設における保守警備処遇検討委員会」なるシロモノ。
出席者は、馬鹿でも勤まる法務大臣に、法務大臣官房、政策主事、法務大臣官房秘書課、それに法務省矯正局らの、職員たち。みんな、身内みたいなもん。馴れ合い、ベタベタいいんかい。
それら、「現場」や「実態」を、まるで知らぬ、背広組が、委員長と委員になって、あらかじめ書き込まれた書面を読み合う・・・・・ということで、ただただ、時間をつぶしあう、セレモニー。
なんで、「馬鹿でも勤まる」か、っちゅうと、上川陽子の例でいうと・・・・長くなるし、焦点がぼける記事になってしまうので、別に記事化します。
松本智津夫・死刑囚以下、13人を絞首刑にしたとの、2度の、発表記者会見を、具体例にとってさ。
この委員会に、国会議員も出てセレモニーに華を添えている。
身のある、審議は、何ひとつ、されていない。
現場を知らぬ者達、実態を何一つ知らぬ者達で、話し合って「いいんかい?」
その結果、とんでもないことに・・・・・という事実は、締めに書きます。
ちなみに、この「委員会」セレモニーの40日後の、6月20日に、再び、受刑者19人と、刑務官たちは「松山刑務所 大井造船作業場」に全員が戻り、作業が再開されたのだが・・・・・。
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さて、ようやく、本題に入ることになります。
松山に戻った、平尾龍磨は、待つ山のような被疑事実をしつこく、問い詰められ、目一杯勾留されたのち、盗んだ60点の裏付け、隠れていた屋根裏部屋の状況証拠も裏付けとって、多くの書類、調書の山を作成したのち、
起訴された。
平尾本人、殆んど、否認していない。
加重逃走、窃盗、建造物侵入などなどの罪で、この7月13日(金)、松山地方裁判所、刑事部、41号法廷で初公判が、開かれた。
裁判長は、末広陽一。ほか、左右に陪審裁判官従えての、3人合議制。
末広の裁判官歴、20年。
最初の赴任地は、広島。次いで、この松山。そして、大阪、神戸、また大阪、福岡、大阪とグルグル回らされ、昨年の4月1日付けで、再び、松山に戻らされた。
法廷に出てきた、平尾龍磨・被告人。
逃走時には伸びていた、坊主頭の髪も、バリカンで剃りあげられ、坊主頭に。
ヒゲも剃られており、上下、紺色のジャージに身を包んでいた。
冒頭陳述で検事が読み上げた、起訴・被疑事実については、平尾は、大きく争わない姿勢。
本人確認の意味も込めての、人定質問などの流れで、平尾がクチを開いた。
「脱走してから、人前で、初めてしゃべるんですけど。どうして、ボクが、脱走をしたかというと・・・」
ソレを止めさせた、末広陽一。
「被告人。それは、被告人質問の際に、聞きますから。今日は、話さなくて結構です!」
平尾の弁護人であれば、戦術として、情状酌量を求めるのが、常識。
あまりにも厳しい規律に耐えられなくなり、深い思慮のもと、止む終えなくなって、脱走した。謝罪の意思もあり、後悔も常にしている。
だから、「下駄箱」に、メモを残し、車の所有者にも、詫びのメモを残した。
屋根裏に潜み、勝手に冷蔵庫の中に有ったモノを食したが、最期、身柄拘束されるまで、誰ひとりとして、脅迫して、金品を奪ってはいない・・・・・と。
コレで、残る刑期1年9か月は、積み残しされ、さらに、今回の23日間の、逃走劇の罪が積み重ねられる。
締めて、おそらく、求刑はともかく、判決は、トータル懲役5年から、6年というところにおさまるのでは、なかろうか。
末広陽一の下した、これまでの判決に、特筆すべきものは、無い。
昨年の9月29日には、同じ、松山地裁で、前年の5月におこした「危険運転致死傷罪」の判決を記しておく。
県内の大洲(おおず)市で、制限時速50キロの県道を、なんと138キロで暴走した被告人が、対向車と激突!
相手の車には、2人が乗車していたが、1人は死亡。もう1人は、重傷に。
だが、事件後、示談が成立。
ソレが、考慮され、求刑は懲役8年であったが、下した判決は、懲役6年6月に。
殺人に較べ、今だ、車の運転で死傷させても、罪は軽いことを、またも想う。
さて・・・・・
平尾龍磨の、次回公判は、9月12日(水)、午前9時50分から、同じ41号法廷で開かれる。
どのような展開になってゆくのか。
分かる範囲で、記事化していこうと想う。
どちらにしても、平尾は、再び、造船場に戻って働くことは、永遠に無い。
きっちり、満期イッパイ、勤め上げての出所になるであろう。
ことさらに、キビシ~監視の目を、24時間、365日、付けられて・・・・・・・。
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さて。さて。
先の「開放的施設」である、「松山刑務所 大井造船作業場 友愛寮」。
受刑者が戻ってきてから、「警備、処遇、検討」委員会の「セレモニー」を経て、どのような変貌、変化を遂げたでのあろうか?
んん? なんだあ、こりゃあ。
近所の人に、聞き回った。
「ああ。造船場の寮ね。なんだか、いつの間にか、夜、電気が部屋に灯っていたんで、ああ、戻ってきたんだなあって、気付いたのよ」
「警備? 別に、な~んにも、脱走された前と、変わってませんよ。あなたも、観たでしょ?」
「防犯カメラ? センサー? 毎日、観てるし、前を歩いて通るけど。1台も付いてませんね」
「柵や塀が高くなったとかも、ありません」
「以前と、なにひとつ、見た目は少なくとも変わってませんよ」
---脱走とか、少し、こわくありませんか?
「どうして?」
「だって、あの寮。刑務所だなんて見方、したこと、一度もありませんもん。ねえ?」
周囲や、近所のひとや、同僚に同意求めて、みんなうなずいたのには、いささか驚いた。
「この近所のひとたち。おそらく、ひとりも、刑務所という感覚で見てないと想うなあ」
地域に親しんでこそいないものの、少なくとも、溶け込んでいる、この「開放的施設」。
ホントに、寮の人達というひとはいても、囚人、受刑者なんて単語、まったく出ず。
う~ん・・・・・・
あり、なんですねえ・・・・・
こちらの、偏見か・・・・・
防犯カメラや、センサー、なんて、設置、必要ない・・・・のかも知れません・・・・・・・
世間は、不安におののき、日ごとに大きく広がっているという、マスコミ報道って・・・・・・
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《 2018・8・31 追記 》
連日、連夜、樋田・逃走被疑者に就いて、相変わらず、マスコミは、警察発表の「受け売り」に、まい進している。
「樋田容疑者と、みられる」
「樋田容疑者と、思われる」
「樋田容疑者、このひったくりにも、関与か」
あいまいにしときながら、決定表現が、とめどもなく、切れ目なく、続いている。
必死に、逃走を図っている被疑者が、同じ盗む行為をするにしても、目立つ「ひったくり」をし続けるであろうか?
あなたなら、どうですか?
常識で、考えてみて欲しい。
そんなさなか、ついに「死亡冤罪事件」が、発生した!
昨夜、8月30日。 午後9時20分ころ。
大阪市港区弁天で、「黒いミニバイク」が路上走行。
ソレを観た住民が、話題の樋田・逃走者ではないのか?と、通報。
手柄たてたい、港区警察署の、いけいけパトカー。
黒いミニバイク、発見!
追走を始めた。
そのバイク。
信号無視や、逆走を繰り返した・・・・・との、「報道」。あくまで、警察を通じての、かぎかっこ付きの、「事実」。
パトカーは、赤色灯を灯し、回転させ、且つ、サイレンを高らかに鳴らして、追走。
その、ミニバイク。
発見時から、1・6キロ走行し・・・・・道路わきのバス停に、激突!
即死状態であったという。
確認のため、顔を見たら、樋田・逃走者ではなく、大阪府内に住む、17歳の男子高校生であった。
港区警察署の、広報も兼務している副署長は、言う。
「高校生は、無免許でした。亡くなられた高校生には申し訳ないが、追走は、適切に行われていたと、認識している」と・・・・・・
コレを、みなさん、どう受け止めますか・・・・・・・・
「疑心暗鬼」と、「失態隠し」と、「必死にあがきまくっている、メンツ」
その結果の、大小あれこれ「誤認逮捕」「誤認追走」「職務質問」
報道されないが、頻発しているときく・・・・・