最初は何が描かれているのか、それさえよくわからなかった。事件を巡ってのめまぐるしく変わるいくつものシーンに翻弄される。事件そのものは明白である。警察が取り調べでひとりの青年を殺した。そのことはわかっても、誰が誰だかよくわからないくらいにたくさんの人たちが続々と登場してきて、それがリレー式になっていて、ストーリーを追うだけで手いっぱい、後半になり、ようやく映画のスタイルが頭と体に入ってきて相互の関係性も明らかになる。それにしてもよくぞまぁ、これだけ多くの人たちを、ここまで見事にさばききったものだ。監督はチャン・ジュナン。恐るべし。
これは特定のヒーローが世界を変える話ではなく、たくさんの人々の力が重なり合って世の中を動かしていく奇跡を描く映画である。最初はひとりの青年の死だった。そこにこだわっていくことで、この国自身をも揺るがす大きなムーブメントになる。軍事政権下の韓国で民主主義がよみがえっていく姿をドキュメンタリータッチで見せていくこの超大作は、細部のディテールに凝りまくって、そこからリアルを立ち上げていく。韓国において87年という時代がどういう時代だったのか、どれだけ大きな意味を持つのかを伝える。魂を揺さぶられるような作品だ。
それにしても、こういう政治的な映画が作られ、大ヒットするって、凄いことだ。日本ではありえない。それくらい今の日本は生ぬるということだろう。もちろん、韓国もこの30年間で大きく変わった。この映画で描かれる時代は過去のものになりつつある。しかし、だからこそ、忘れてはならないという思いがこの映画を支える。作り手にも、観客にも、それが確かにある。
きれいごとではない。2つの死にはさまれた2時間強の映画には、そこには見えないたくさんの人たちの痛みが描かれている。被害者となる庶民だけではなく、権力側の人たちのなかにも現状をよしとしない人たちがいて、彼らの戦いが描かれる。正義が勝つという単純な図式はここにはない。しかし、誰かが立ち上がり、その連鎖が世界を変えていくという勇気がここにはしっかりとある。そこが感動を呼ぶ。他人ごとではなく、自分たちひとりひとりの問題なのだと、映画は訴えかけてくる。