習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『笑う故郷』

2018-12-28 16:31:17 | 映画

このなんとも不可思議なタイトル通りの映画で、映画は予想もしない世界へと観客である僕たちを連れていく。ノーベル文学賞を受賞した国民的作家が40年ぶりで故郷の町に還る5日間が描かれる。ただ、事情は複雑で、彼が捨てたはずの町に戻るのは、凱旋ではない。両親を亡くした時ですら戻らなかった。

彼にとってアルゼンチンの田舎町サラスの風景は懐かしいものではない。どんな想いを抱いてここを出たのかは多くは語られない。ノーベル賞受賞後5年間彼は筆を絶つ。書けなくなったのか書かないのか、わからない。いろんな仕事もキャンセルする。偏屈で、授賞式でのスピーチの周囲を凍り付かせる。権威に対してNOと言う。この冒頭のエピソードからスタートして一気に話は本題へと入る。

故郷を舞台にして40年間書いてきた。彼に書く小説は常に記憶の中にある故郷の風景と人々を扱う。そんな彼が見た現実の故郷はどんなものだったのか。映画は喜劇的なタッチで綴られていくのだが、冒頭のスピーチと同じようにだんだん凍り付くことになる。思いもしない展開が待ち受ける。ちょっとしたホラーだ。

いくつもの仕事を断って、断筆状態にある彼はスランプを克服するための英断としてあるサラス行きを決意した、わけではない。と、思った。だけど、彼の内奥はわからない。追い詰められた彼が、棄てたはずの場所で、何を見たか。映画はわかりやすいストーリーから果てしなく遠く、無表情の男の帰郷が淡々としたタッチで綴られていく。ここはどこなのか。どうしてここに来たのか。見知らぬ場所に連れてこられて、振り回されるように、他人事のように彼らはここにいる。故郷に錦を飾るなんていうものから果てしなく離れて、ノスタルジアもなく、もうそこは自分とは関係のない過去の場所でしかない。だが、それは失望するのではない。だいたい彼は最初から何も期待せずにここに来ている。では、なぜ来たか。

ヨーロッパに移り、そこで小説家として名声を得て、最高の栄誉を手にした。でも、そんなもの虚しい。彼の心の中にあるものは何なのか。そんな空白をこの映画は描こうとしたのか。映画は何も語らない。ラストシーンで、5年の空白の後、40年振りの帰郷を描く新作(この映画の内容とリンクするのだろう)の出版記念インタビューのシーンも、そこで現実と虚構について語ることも、すべてがこの映画自体の謎と重なる。もちろん答えはない。

たまたま昨日見た『エンドレス・ポエトリー』が故郷を出るまでを描いた映画だったのだが、この映画はそれと直結する続編になっていた。偶然だが面白い連鎖だ。


コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『エンドレス・ポエトリー』 | トップ | 右脳中島オーボラの本妻『踊... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。