凄いスケールの大作である。400ページに及ぶ長篇本格SF小説にあの『バッテリー』のあさのあつこが挑んだ。というか、彼女はあらゆるジャンルで成果を上げているから、今更驚くことはない、はず。なのにやはりいろんな意味で凄いから驚くことになりました。まず世界観。10年後の近未来の設定。怖い世界がリアルに描かれる。あり得ないけど、あり得そう。壮大なスケールの話になりそうなのに、敢えて世界を広げない。登場人物も限定される。まさかの展開になっていて別の意味で驚く。
2032年、東京。完全なる格差社会。7つのゾーンにわけられ、貧しいものは排除され首都の周辺部で暮らす。ランクごとに区分けされた居住地。F地区は最底辺居住区。(まだその先にはG地区はあるが、そこは管轄外)管理され、監視される暮らし。近未来ディストピア社会の闇を描く。リドリー・スコットの『ブレードランナー』を思わせる作品だ。
行き場のないストリートチルドレンの取材をする記者が、ある男とコンタクトが取れその取材中に謎の武闘集団(プレデター)に襲われる。お話はそれだけ。驚くほどに作品世界は広がらない。それどころが閉じていく勢いである。
主人公の記者は40歳、女性。彼女が取材を申し込んだ男が殺されたらしい。だが、待ち合わせ場所には行く。すると男はちゃんといる。彼は死んだ男ではなかった。彼が指定した話し合いの場所に同行する。取材を始めるが、彼から記者への質問が先にあり、取材は始まらない。そこにまさかの襲撃。命からがら逃走する。ここまでが導入だろう。だがもう130ページも読んでいる。まだ何の話も始まってないけど。
さらに次の展開でいきなりクライマックスに突入する。おいおい早すぎるじゃないか。襲撃グループの謎もまるで明らかにならないうちに、彼女のもとにやって来るラスボスの統括官による告白タイムに突入。最初と最後をつないで、中身はすべて省くって感じの性急さ。だが、まだここで200ページ。後180ページある。
なんとここからは延々と話し合いが続く。すべてが明るみに出るが、それがすべて会話によって描かれる。アクション系エンタメかと思っていたから驚き。こんな地味な話で、格差社会から弾き出された「闇の子どもたち」の存在がテーマとなる。タイトルのプレデターは冒頭と終盤まで登場しないし、描かれない。全体は虐げられた子どもたちを助ける話というところに収まる。
描かれる世界があまりに狭くて、作品世界も思ったほど広がらないのは難点だが、あさのあつこらしいヒューマンドラマで、ラストまでしっかり読ませる。なんとも不思議な感触を残す作品である。