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映画・演劇のレビュー

梨屋アリエ『スノウ、ティアーズ』

2010-03-16 23:11:01 | その他
「人は、哀しいときに泣くんじゃない。泣くときは、自分が憐れに感じたときだ。感情の嵐の中で、無力を感じ自分の存在が脅かされたときに、泣かずにはいられなくなるから、泣けるのだ。」

 陸の死を知った君枝は、涙の海で溺れそうになる。でも、きちんと浮き輪をもらって、その海をプカプカ浮かんで、漂流していく。このラストシーンはちょっとした衝撃だ。リアルの地平から遠く離れたままで、この小説は幕を閉じる。

 誰にも見えないものが見えてしまう「不思議体質」の君枝。彼女の少女から大人へと流れていく5つの時間がここには描かれる。高校2年、小学3年、そして、大学3年(短大なのに、留年したから)、再び小学6年。ラストは26歳の今。

 陸と君枝のドラマは恋愛にはならないまま、終わってしまう。それぞれ大人になり、お互いの人生を歩みながらも、君枝は孤独なまま、知らず知らずのうちにいつも陸を求めてしまっていた。結婚した夫は決して悪い人ではない。ある意味では彼女と似ている。彼はいつもいろんなところに忘れ物をする体質で、彼女は先にも書いたように不思議体質。彼らは同じように普通ではない。なのに、2人はお互いにそれぞれの欠陥を補えない。

 君枝は、普通じゃない体質だから、普通になろうと努力する。結婚後、パートナーにそのことを隠し続けることで、彼女は壊れていく。みんなには見えないものが見え、みんなには出来ない体験をしてしまう。でも、誰も信じてくれない。

 トルソーが喋りだしたり、傘で空を飛んだり、セーターがここには居ない陸を連れてくる。靴靴草が、仮初めの家族を作り(そんなことのひとつひとつが彼女を傷つけて行く)、やがて、君枝はこういう不思議を信じないように心を閉ざすために結婚する。

 先に読んだ『シャボン玉同盟』がつまらなかったのは、梨屋アリエが本来の力を発揮しないまま各小説が閉じられたからだ。今考えるとあの作品集はこの傑作の後のリハビリ作業だったことに気づく。あるいはこの小説を書くための助走だったのかもしれない。まぁ、今となってはどちらでも構わない。このすごい小説と出逢えた幸福を噛みしめよう。

 生きていくことの困難をファンタジーのような設定で、描く、振りをしながら、リアルなドラマを見せる。これは本当にすごい小説だ。


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