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映画・演劇のレビュー

森見登見彦『新釈 走れメロス 他4篇』

2007-09-18 17:16:06 | その他
 一つ目の『山月記』を読んだ時、これはあかんわ、と思った。原作を使ってストーリーをなぞっただけのパロディーでしかない。そこに作者の姿勢とか意図とかが、見えてこないので全く面白くもない、と思った。森見ワールド版日本名作全集の域を出ないのなら、これに意味はない。

 しかし、2つ、3つと読んでいくうちに、原作小説のほうが、完全に森見ワールドの中に取り込まれていくのを感じ、そのうちこの贋作が完全に彼の小説と一体化していく快感を抱くようになる。いつものキャラクターがこの世界を跳梁跋扈する。

 5つの話は主人公を変えて行きながらも一つの世界を形成する。『山月記』の斉藤(李徴)が5つに顔を出し、と言うことは時間も前後していく中で、作品世界を形作る。5人の作家の5つの短編がなぜか、短編連作の長編小説になってしまう。

 こいつは面白い。もちろんいつもの京大を舞台にしたもので、詭弁論部の面々も出てくるし、『走れメロス』の、なんとしても約束を違えるために逃げまくるなんていうアホ話は、バカバカしくて読む気が失せるくらいに面白い。

 結局、何をやっても森見登美彦は森見登美彦でしかないという、本人したり顔の作品となった。もちろんこれを読む前に必ず『夜は短し歩けよ乙女』は読んでおくべきである。

 ふざけているのではなく、彼は本気でふざけた世界を丹精込めて作り上げていくのだ。笑うしかない。ただ、ここまでやるのなら『山月記』について、もう少し新解釈を施して欲しかった。斉藤を作品全体の主人公とし、彼に象徴させたものがこの作品全体を覆うように、仕掛けてくれたならばもっと楽しめたはずだ。『百物語』の最後には、この世界について、なんらかの回答があってもいい。

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