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映画・演劇のレビュー

ロヲ=タァル=ヴォガ 『SILVER 30』

2010-03-01 22:24:14 | 演劇
 実に面白い作品に仕上がっている。それはここには太宰治に対する明確なアプローチがあるからだ。従来のパターンではなく、新鮮な太宰像を提示する。ユダとキリストのドラマである太宰の『駆け込み訴え』を題材にしたロヲ=タァル=ヴォガ の切り口は斬新な太宰を提示することに成功している。

 作、演出を担当した近藤和見さんは素材に対してきちんとした距離を取る。太宰に寄り過ぎないし、距離を置き過ぎない。ほどほどのところで、彼を描く。ありきたりすれすれなのに、そこから女性をわざと排したり、道化としての太宰と、弱い男でしかない太宰をわざと月並みに描いたりと、斬新で、そのくせとてもわかりやすい。

 銀貨30枚でキリストを売った裏切り者ユダ。彼の弱さは、太宰の弱さだ。そこがこの芝居の切り口である。この発見はこの芝居を成功に導いた。

これは『駆け込み訴え』の舞台化である。だがあの小説をそのまま劇化したのではない。あの小説をベースにして、ユダと太宰を重ねていく。芝居の終盤でキリストを裏切るユダを太宰自身に演じされることで、この太宰治を主人公にしたドラマは、道化を演じる太宰の中に『裏切り』という行為を背負わせる。

 草壁カゲロヲ演じる太宰治の伝記という外枠と、『駆け込み訴え』という作品を用意して、太宰の宇宙という壮大なドラマを仕掛ける。

 能舞台を意識したという空間を、なんと空中に浮かせたように作る。ブラックチェンバーの客席の1階部分に当たるところをとり外し、そこにこの能舞台を作る。(だから客席は2階部分だけになる)そこを背後にある本来の2階部分のアクティングエリアと同じ高さにして連動させる。さらにはそこに橋を渡して、移動もする。前景の舞台と、後景の舞台との移動はこの橋だけでなく前景の舞台の後ろに用意した階段からも為される。この舞台の圧倒的な高さが凄い。見ているだけで怖くなる。最後には橋を外して、前景の舞台だけを孤立させ、さらにはその舞台を9つに分断さえする。可動式の舞台であることは最後まで明かされない。もう自由自在だ。

 こんな大掛かりなセットを組み立て、それをダイナミックに使い切る。芝居自体は静かな作品で、太宰という男の弱さとコンプレックスを丁寧に描いていく。それが終盤の『駆け込み訴え』の一人芝居につながる。さらには『駆け込み』の後半を彼の周囲の人物たちに演じさせることで、太宰と彼を囲む人物を互換性のあるものへと変貌させる。太宰はユダであり、我々自身でもあるという図式を明確にする。

 あえて女性を排してドラマを組み立てることで、より純粋に太宰という男の本質に迫ろうとする試みは成功した。この作品は、女たちとの関係性から太宰を読み解くという従来のパターンでは描き得なかった彼の内面性に迫る。

 太宰とユダを重ね合わせることで、太宰の目から見えたキリストを描く。太宰のコンプレックスは明確になる。さらには、太宰とキリストを重ね合わすことで、みんなの目から見た太宰という視点も獲得する。最初の飲み会の場面乃太宰はイエスを思わせる。彼の最後の晩餐とイメージが重なる。太宰、ユダ、イエス。3人をひとつに重ねる。イエスと太宰のそれぞれの周囲の人たちも重なる。『駆け込み訴え』というテキストを使い、重層的な視点から太宰治という中心に迫る。これは実に面白い試みだ。


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