小路幸也は何をやっても同じになる。彼の興味が「そこ」にしかないからだ。それってなんだか笑える。それは『東京バンドワゴン』の頃からずっと一貫している。それは、現代では失われつつある「家族の絆」だ。そこがテーマなのだ。そこには他人もいる。疑似家族も含めて家族なのである。今回もまた、同じだ。本来他人同士がひとつの場所に集い、家族を作る。たくさんの人が同時に住めるような大きな家を舞台にして、見知らぬ同士がひとつになる。今の時代にこんなのはありえない、といつも思う。でも、こんな優しさがなんだかうれしい。単純に受け入れていく。ここにいれば心が癒される。
できることなら、自分も彼らの仲間になりたいと思う。そんな気分になるともうどうしようもない。またやられたな、と思う。甘すぎる、と知りつつも、その調子のよさに乗せられる。もういいや、と思う。どうせ本を読んでいる間くらいこの心地よさに浸っていたい、と思う。それもいつものことだ。
会社で大きな失敗をして、首になると覚悟していたのに、なんと鎌倉の屋敷の管理人を命じられる。まぁ左遷だが。(25歳の新人だから左遷なんていう言い方はしないのかも)恋人と2人で、住み込みでそこの管理に携わる。すると、変な老人と、中2の不登校気味の女の子がやってくる。彼をここに派遣した会社の部長も混ざって、てんやわんやのお話が展開する。
こんな一見たわいもない話なのだが、これを読みながら、気がつくと胸が一杯になっている。こういう優しさに包まれて生きて行けたなら本当に幸せだ、と思う。当然のことなのだが、現実は過酷だ。こんな場所はどこにもない。でも、小説を読んでいる時間くらいは、この幸せに包まれていたいと思う。
ふつうなかなかこんな気分にさせてくれる本はない。単純過ぎて嘘くさくなるからだ。だが、小路幸也の場合はいつも結構無条件にOKだ。彼の描く優しさは嘘くさくない。
ここには、自分たちが好きなことをして、好きな仲間と一緒に力を合わせて過ごす時間の幸福が描かれる。夢のような話だ。出てくる人はこんなにもみんないい人たちばかり。いくらなんでもそれはないでしょ、とも思わないでもない。でも、それでいいや、と思える。ここではどんなことがあろうとも夢は叶う。みんなが幸せになる。そんな世界があってもいいと信じさせられる。
できることなら、自分も彼らの仲間になりたいと思う。そんな気分になるともうどうしようもない。またやられたな、と思う。甘すぎる、と知りつつも、その調子のよさに乗せられる。もういいや、と思う。どうせ本を読んでいる間くらいこの心地よさに浸っていたい、と思う。それもいつものことだ。
会社で大きな失敗をして、首になると覚悟していたのに、なんと鎌倉の屋敷の管理人を命じられる。まぁ左遷だが。(25歳の新人だから左遷なんていう言い方はしないのかも)恋人と2人で、住み込みでそこの管理に携わる。すると、変な老人と、中2の不登校気味の女の子がやってくる。彼をここに派遣した会社の部長も混ざって、てんやわんやのお話が展開する。
こんな一見たわいもない話なのだが、これを読みながら、気がつくと胸が一杯になっている。こういう優しさに包まれて生きて行けたなら本当に幸せだ、と思う。当然のことなのだが、現実は過酷だ。こんな場所はどこにもない。でも、小説を読んでいる時間くらいは、この幸せに包まれていたいと思う。
ふつうなかなかこんな気分にさせてくれる本はない。単純過ぎて嘘くさくなるからだ。だが、小路幸也の場合はいつも結構無条件にOKだ。彼の描く優しさは嘘くさくない。
ここには、自分たちが好きなことをして、好きな仲間と一緒に力を合わせて過ごす時間の幸福が描かれる。夢のような話だ。出てくる人はこんなにもみんないい人たちばかり。いくらなんでもそれはないでしょ、とも思わないでもない。でも、それでいいや、と思える。ここではどんなことがあろうとも夢は叶う。みんなが幸せになる。そんな世界があってもいいと信じさせられる。