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映画・演劇のレビュー

『アイ・アムまきもと』

2022-10-09 08:21:04 | 映画

意外な面白さに刮目した。こんなはずじゃなかったのだから、これはまさかの僥倖だ。水田伸生監督と阿部サダヲのコンビによるコメディ映画の新作という触れ込みだから、また『謝罪の王様』のラインの笑わせるだけの映画なのだろうと軽く見ていた。だが、これはまるで違う。『おみおくりの作法』のリメイクだと見てから知る。でも、あの映画ともまるで感触の違う作品になっていた。これはまず阿部サダヲありきの企画だ。彼のキャラクターを最大限に生かすというところから発想されたのだろう。彼のよさを十二分に知る水田監督が彼の素地を生かしたままコミカルではなくシリアスなタッチで仕上げようとした。その結果基本オリジナルと同じ話なのに、まるでルックスの違う作品になった。宣伝にある「ちょっと迷惑な勝手ルール男が巻き起こす騒動」という触れ込みから遥か遠い映画である。

舞台となる山形、庄内地方という土地の美しさを最大限に生かした映画にもなった。自然が美しい。ここで暮らす人たちのドラマとしてこの夢のようなお話はリアリティを持つ。お話自体はある種のファンタジーだ。牧本は市役所の「おみおくり係」という閑職に就いている。自閉症気味で、集中すると周囲が見えない。医者にかかると発達障害という診断が下されるはず。でも、なんとか周囲の人たちとうまく(もないけど)付き合い生きている。真面目過ぎて融通が利かない。仕方ないなぁ、と思われている。

そんな彼は役所のかたすみでひとりマイペースで働いている。毎回身寄りのない死者の葬儀を自費でしている。ありえないことだ。あのクラスの葬式ならかなりのお金がかかるはず。彼の給料では賄いきれないのではないか。懇意の葬儀屋(でんでん)とふたり、毎回ちゃんとお坊さんも呼んできちんと式を出している。

新しく赴任してきた課長がいきなり経費削減のためおみおくり係の廃止を言い渡す。今彼が関わっている死者の葬儀が最後の仕事になる。その日死んでいた老人は彼が住んでいる自宅のマンションの向かいの棟の同じ階だったことに衝撃を受ける。毎日窓からその男の部屋が見えていたのに、彼が2週間前に死んでいたことなんて知ることもなかった。62歳の一人暮らし。偏屈な老人(なんと!宇崎竜童)ということなのだが、おいおい62歳って僕とおないじゃないか。しかも免許書を見ると、僕より1学年下である。いくらなんでも62歳はまだ老人じゃないぞ、と文句を言いたくなるけど、今はそこは流す。問題はそこではない。

身寄りのない独居老人の孤独死。よくある設定から始まる。牧本は彼の家族を探し出す。映画はそこまでするのか、というくらいに粘り強く捜索を繰り返す彼の姿を追う。いくら仕事だといえ、そこまでできるのかと思うくらいに精力的に必死になり丁寧に向き合う。あれだけの移動を出張で処理できるのだろうか。短期間とはいえかなりの時間を使いあらゆるところへ出向き、たくさんの人に会い話を聞き、遺族を捜し出し説得する。その間、警察に遺体を預けたまま。3日の約束だったけど、何日かかったか、もうよくわからないほどの時間の経過を感じさせる。役所ではほかにする仕事はないのだろうか、もう彼は放置プレーなのか。そこもよくわからない。映画としてはまるでリアリティはない。(だいたい橋の下の浮浪者が何年もずっとそこで暮らせるのか?)だけど、牧本としてはこの行為はリアルなのだ。

そしてあのラストだ。いきなりの彼の死はオリジナル通りの展開のはずなのにそれを忘れていたから衝撃だった。しかも、そのあとの宇崎の立派な葬儀と並行して行われる牧本の葬儀の侘しさ。宇崎は牧本が捜し出した家族や友人に囲まれて行われる素敵な葬儀。牧本は誰にも知られずたった一人、知り合いの警察官に見送られて無縁墓地に葬られる。(生前から自分のために彼が買っていた墓地は宇崎に譲っている)ふたつの葬儀の対比で見せるこのラストシーンは素晴らしい。彼が何をしたのか、その行為の意味をしっかりと伝える。誰も来なかった牧本の遺骨を納めた無縁墓地に集まってくる死者たち。彼らは牧本がひとりで葬った人たちだ。まるで『フィールド・オブ・ドリームズ』の田舎の球場に車が集まってくるラストシーンを思わせる。そうなのだ、この映画が素晴らしいのはあの映画と同じテイストがそこにはあるからだった、と気づく。ケビン・コスナーの演じた男がトウモロコシ畑にシューレス・ジョーのために野球場を作ったように阿部サダヲは宇崎竜童のために墓を作った。だが、それはその「ひとり」のための行為ではない。そこから始まる「すべての人々」のためだ。死者と生者、この世のすべての人たちに幸いあれと願う優しい男の姿がここには描かれる。


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