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映画・演劇のレビュー

佐藤多佳子『聖夜』

2011-07-20 22:57:40 | その他
 心がしんと静かになる。この聖なる夜の中で、自分が包まれていることの幸福を感じる。そんなラストシーンを持つこの小説は、ひとりの少年が自分と向き合いながら自分自身への違和感を持て余していく姿が描かれる。

 もどかしい。でも、どうしようもない。誰かにわかってもらいたいわけではない。そんなことはどうでもいい。高校3年。6月からクリスマスまで。彼はオルガン部に所属する。そこはなんとなく、クラブのようなものになっているけど、ただオルガンを弾いているだけ。みんなもそれぞれオルガンを弾くだけ。彼は別に音楽家なりたいわけではない。昔から家にオルガンやピアノがあったから。父は牧師で母はピアニスト。両親の離婚によって大切な何かを喪失した。10歳の頃のことだ。それからもう7年経つ。母はドイツに行ったまま帰らない。それ以降会うこともない。

 この小説の中には特別な出来事は何も描かれない。ただ仲間と共になんでもない時間を過ごす。ラストでは、クリスマスのコンサートに向けてのリハーサルで学校の普段は使えない特別なものであるパイプオルガンを弾く。ここに自分たちがいて、音楽がある。そんな時間が描かれる。

 最初はとっつきにくい小説だと思った。ストーリーを追っていくタイプではない。こんなにも感覚的で、きっと子供には難解な小説だ。だのになぜかこれが今年の課題図書に選ばれた。しかも中学の部、である。なんだか不思議だ。高校生の男の子を主人公にしたこれが中学の部の課題図書で、中学生を主人公にした長野まゆみの『野川』が高校の部の課題図書だ。まぁ、どうでもいいけど。

 劇的な展開は高校の文化祭をエスケープするエピソードくらいか。それ以外は本当に何もない。ただオルガンと向き合い、メシアンの『神はわれらのうちに』という難しい曲を弾きたいと願う。別れる前、母が演奏するのを聴いた。その曲を自分の手で弾くこと。本来ならラストであるはずのクリスマスコンサートのシーンは描かれない。彼の手にある母からの手紙も、読まない。リハーサルのため、学校のパイプオルガンを弾くシーンで終わる。その中途半端な幕切れがとても美しい。こんなふうにして人生の一番大切な時間は過ぎていく。


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