この密室劇の緊張感はなかなかのものだ。グザヴィエ・ドランが演じる青年に翻弄される精神病院の院長が主人公。失踪したドランの担当医の所在を巡り、本来なら人の心を読むはずの精神科医が、一人の患者である青年(実に厄介なやつなのだが)に簡単に振り回されていく。
シンプルな人間関係、登場人物、単純な話。だが、その底には複雑な仕掛けが施されてある。冒頭の少年時代のシーンから一気に作品世界に引き込まれる。この先、何がどうなるか、期待させる始まり方だ。そして、いきなりお話の核心に叩き込まれる。2人が相対峙する。
医師はまるで患者である彼のことを知らない状態で始まる。彼がどうして心を病んだのか。そこにたどりつくまでの物語ではない。彼が仕掛けた物語に乗せられて、結末まで、彼の書いた台本通りに展開した。そのすべてが閉ざされた物語に驚愕する。誰も、彼を救えない。
冒頭のオペラ歌手である母親の眩しい姿を目に焼き付けるシーン。挿入されるたった一度だけ父と過ごした時間のエピソード。アフリカでハンティングに同行する。幼い彼が見た目の前で象が撃たれて死んでいく姿。象は涙を流す。
インサートされるそんな不在の両親との短いシーンと、今目の前にある彼の仕掛けたドラマ。それが説明なしのままラストに繋がる。見事な作り方だ。100分という上映時間も適切だ。不要な説明は一切ない。
彼は静かに、優しく、どんどん主人公の院長を追い詰めていく。だが、そこには悪意はない。自分を受け入れようとする彼への同情。それくらいに彼の孤独が深いということだ。そんなふたりの対決は最初から勝敗はもう明らかだ。だから、お話のポイントはそこにはない。結果的には、娘を死なせた悔恨を抱える院長を優しく抱きとめることになる。なのに、患者である彼が自分の問題を人に預けることはない。