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映画・演劇のレビュー

石田衣良『チッチと子』

2010-03-04 19:55:37 | その他
 一気に読んでしまった。いつもなら通勤電車でしか読書はしないのだが。なんだか止まらなくなった。この主人公に感情移入してしまった。石田衣良に、またやられた!

 しかも最後ではじぃ~んときて、ちょっと泣いてしまったりもした。主人公の万年初版本作家(要するに売れない作家)、青田耕平39歳が、苦節10年、ついに直木賞(小説では、直本賞!)を受賞するまでが描かれるのだが、こういうあからさまなハッピーエンドに泣かされるなんて。でも、素直に喜べる。こういう頑張ってきた真面目な人を応援したいし。11歳の息子がけなげで。

 正直言ってこのベタな内容のどうってことのない家族小説が、こんなにも感動的だったのは、まるでエッセイのような軽いタッチで自分たちの日常を綴っているからだ。ドラマチックな要素は皆無。作家と小学生の息子。4年前に交通事故で妻を亡くし、その後2人で生きてきた。主夫と作家を掛け持ちして、頑張ってきたけど、仕事はなかなか上手くはいかない。自由業だから、反対に融通が利かない。

 後半、妻の死についての謎解きがあるが、そんなドラマチックな展開も含めて、全体の日常描写の中に埋もれて行く。直木賞の話ですら、彼らの日常のただの1ページに過ぎないのだ。この小説のよさはそういうスタンスの中にある。作家だからといって特別ではない。普通の中年男が、幼い子供を抱えて奮闘するさまが描かれる。それがこんなにも愛おしい。

 幸せなのに、孤独で、でも、その孤独をなんとかしたいと《自分ひとり》で努力していた妻。彼女のことを理解しているつもりで、何もわかってなかった自分。彼女の残したビデオを見るシーンが胸に痛い。彼女の死は自殺だったのではないか、と疑ってきた。そのわだかまりが溶ける。

 このラストも含めて、全体は、「いかにも」なエピソードが続々と描かれていく。文壇バーでの同期の作家との飲み会。再婚を進める義母。彼に想いを寄せる女たち。これじゃぁまるで安物のNHKあたりの連続TVドラマ(昔の銀河TV小説とか)を見てるようだ。でも、それはこの小説を貶す言葉ではない。そこがなんだか懐かしく、そのチープさがなぜだかなんとも魅力的なのだ。



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