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映画・演劇のレビュー

江國 香織『真昼なのに昏い部屋』

2011-04-13 22:55:04 | その他
 読み終えて、かなり愕然とさせられた。最初はこの文体(子供に聞かせるような、童話のような語り口)に違和感を感じ、乗り切れなかった。つまらない小説かもしれないと思ったくらいに。ジョーンズさん、美弥子さんと「さん」づけされて書かれる。その微妙な距離感が、しっくりこなかった。しかし、彼女が世界の外に出た瞬間からこの小説のそれまでのそらぞらしさが、彼女にとってのこの世界のありようだったのだと気付く。

 正しい不倫妻なんてない、とは思うが、彼女が今までのただ守られているだけの美しい人妻から、ひとりの人間に変わっていく瞬間を目撃する驚き。それを通して、本当の自分らしさというものが見えてくる。それを理屈ではなく、皮膚感覚でこの小説は描いてしまうのである。これはすごい。凄すぎる。従順で、貞淑な妻から、奔放な女に変身する、なんていうくだらないものとはまるで違う。本当の愛を知り、真実に目覚めるとかいう嘘くさい話でもない。

 ただ、正直にありのまま生きてきた籠の中の小鳥のような女が、世界は自分の今見ているものだけではないという当たり前のことに気付く。何が正しくて何が間違いであるかなんてことではなく、こんなふうにして彼女が自分の殻を破って、外の世界へと旅立っていったこと。その瞬間を目撃してしまったというその事実のインパクトがこの小説のすべてだ。事の善悪なんてまるで関係ない。


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