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映画・演劇のレビュー

『そばかす』

2022-12-31 09:36:53 | 映画

2022年最後に劇場で見た映画だ。とても小さな作品だが、それがいい。ひとりの女性の生き方を見つめる作品で三浦透子初主演作品。先日の岸井ゆきの主演『ケイコ、目をすませて』と並ぶ女性映画の秀作。あちらはきっとベストテンの上位に位置づけられるはずだが、これはきっとあまり評価はされないはず。でも、どちらも同じように素敵な作品だと思う。メ〜テレ制作の劇映画はその慎ましさがいい。TV局制作映画なのに大手のような大向こうを狙うあざとい映画ではなく、低製作費だけれど着実に地道な(地味な)映画を作る。(not) HEROINE moviesの第3作。第1作『わたし達はおとな』もそうだった。これまでも『勝手にふるえてろ』『寝ても覚めても』『愛がなんだ』『本気のしるし』という凄い映画を手掛けてきたメ〜テレのこれはさらに先鋭的な企画シリーズのようだ。

30歳の蘇畑佳純(だから、「そば・かす」)はチェロ奏者になりたかったが、夢破れ今はコールセンターで働いている。実家で両親と暮らしている。妹は結婚していてもうじき出産する。結構頻繁に実家にやってきては夫の愚痴を言ったりしてまどろんでいる。母親は佳純にも早く結婚して欲しい。だからお見合いの世話をしたり、結婚相談所に行ったりと、なんとかして片付けたい。というか、幸せになって欲しいと望んでいる。でも、本人にはその気はない。

彼女は恋愛を望まない。恋人はいらないし、結婚をしたくはない。ひとりがいい、というのではないけど、誰かと暮らすのが嫌なわけではない。現に前田敦子の同級生とルームシェアをしようとしていたし。でもレズビアンでもない。みんなと違うということを世の中の人たちは受け入れない。同じ価値観を持っているはずだ、とでも思うのか。でも、ひとりひとりが同じじゃないということはわかるけど、じゃぁ、あなたはどんなグループになるのか、とある種の価値観に収めていき、安心しようとする。結婚は女の幸せ、だなんて信じているわけではないだろうけど、彼女の母親は結婚して落ち着いて欲しいと望む。(なんとこの母を坂井真紀が演じる)静かに自分の好きなように暮らしたい。多くを望むのではない。それどころか、とても慎ましい。なのに周りは静かにしてくれないし、うるさい。

映画は特別なことなんか、何も描かない。普通のことだけ。もっと自由に生きたい、と願うのでもない。息苦しい、とまでは思わない。でも、なんだかいろんなことが窮屈なのだ。誰に迷惑をかけているわけでもなく、ひっそりと生きているだけなのに、なんだかいろいろとしんどいことばかりが、なんとなく降りかかってくる。それに対処する。

主演が前田敦子(彼女になんと元AV女優を演じさせるし)ではなく三浦透子、というキャスティングが凄い。商業映画でもなく、ましてやアート映画でもない。地味な映画。だからこそ描けることを描く。これはそんな映画なのだ。このスタンスはなかなかないだろう。それを気張らず意図的にしている。(not) HEROINEというネーミングが作り手側の想いを明確に指示する。きつい話になりそうなのに、そうはしない。ほのぼのとした緩さが絶妙。これは「アセクシャルの女性を主人公にした映画だ」、なんて意気込まないのもいい。今時珍しいホームドラマにもなっているし。


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