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映画・演劇のレビュー

『家族はつらいよ』

2016-02-27 11:30:11 | 映画

最初タイトルに「喜劇」と付けられていたのではないか。いくらんでも、今の時代にそれはないよ、と思わざる得ない。完成から公開までかなり間が出来たのはいくら山田洋次でも、これはセールスが難しいと踏んだからではないか。お蔵入り覚悟で制作されたのかもしれない。それくらいに、今の時代に作れないタイプの映画なのだ。

チラシのかたすみには、《「男はつらいよ」から20年、待望の喜劇!》と、小さく書かれてある。監督の要望で仕方なく、そう書くことにしたのか。

今、この手の映画は需要がある。シニア層が映画観客の中心に移行したから、セールスさえうまくやれば、そこそこのヒットは見込める。しかも、信用のある山田洋次印である。松竹としてはなんとかして、化けさせて大ヒットも、と目論んでいるはずだ。だから、公開には慎重になっているのだろう。この映画の後に撮った大作『母と暮せば』が先行して公開されている。本来ならお正月映画としてこちらの方が、ふさわしいはずなのだが、そこは今の時代ゆえ、こういうホームドラマには慎重にならざる得ない。

ヒットした『東京家族』を意識した宣伝になる。でも、あれは喜劇ではない。同じキャストで、喜劇を作りたい、というのが、山田監督の意向だ。それを実現したのが、この映画で、映画自体は監督のねらいがしっかり伝わる作品になっている。しかし、売り方が実に難しい。セールス・ポイントが、ことごとくアピールしにくいところになる。伝わりにくいのだ。84歳の老齢の監督が時代錯誤の映画を作る、とでもいうのならば、まだ、無視するだけで済むのだが、そうじゃない。ただ、これが今の時代にアピールできるか、と言われると、困難だ、としか、言いようがない。山田監督の世界は今の時代を映さない。しかし、ここに描かれるものは、確かにそういう側面もないではない、という現実だ。

大家族がなくなり、核家族すら崩壊し、個の時代がやってきた。そんな中で、「家族」はどこにいくのか。蒼井優演じる紀子(ではなく、今回は「憲子」と書く)は、「みなさんがうらやましい」と言う。彼女は両親の離婚を経験している。そのとき、両親は子どもたちの意向なんか聞かずに別れた。でも、ここでは、みんなが集まり家族会議を開いて両親の離婚問題を考えている。そんな日曜日にお邪魔して、会議に参加できることを、うれしいと言う。「狭いながらも楽しい我が家。」そんな歌が懐かしい。

 

今回前回の『東京家族』以上に山田洋次は自分のカラーを大事にしている。『東京物語』へのオマージュであることは、隠さない。引用ではなく、そのままいくつものシーンを映像で見せてくれる。さらには、自分の映画も随所に登場させる。(公民館の会議室には近日市民ホールで上映される『東京家族』のポスターが貼られ、まちの映画館では『男はつらいよ』祭りが上映されている。今時、それはもうない。だいたい、まちにはもうシネコンしかないから、映画館なんかほとんど存在しない。)

 

世の中は変わってしまった。山田洋次監督の知っている風景はもう、なくなりつつある。20年ほど前に、渥美清の死で終わりを告げた寅さんの旅も、もう今では出来そうもない。もちろん、NHKでは鶴瓶が『家族に乾杯』で、寅さんのように日本中をふらふら旅してはいるけど、あれは映画ではない。夢の世界である映画の中では、もうそんな風景は不可能になっているのだ。どこに行っても同じような風景しかない。寅さんがイオンに買い物に行くなんて、ありえないだろ。でも、地方を歩いていると、お店はイオンしかない。

 

そんな時代に山田洋次が何を撮るのか、しかも、現代劇で、である。1970年作品『家族』を思い出そう。あの後、『故郷』『同胞』と魂の3部作を作った頃が、ひとつのピークだった。その後、山田洋次は巨匠になり、松竹の屋台骨として自由自在な映画作りが可能となる。しかし、彼がほんとうにやりたい映画は、この世の中から消えていく。あの頃山田洋次はまだ30代だったのか、とそんなことに今初めて気づく。84歳(僕の母親とおないだ!)の監督が84本目の作品(厳密には83本目だが、公開j順では第84作目らしい)を通して、2016年の今の日本の家族を描く。

 この映画を一足早く見る機会を得て、いろんなことを考えさせられた。これからも、ずっと山田洋次の映画を見ていく。そんな思いを新たにする刺激的な作品だった。3月12日から公開される。どんな興行になるのか、かなり気になる。

 (ここからは、ネタばれになる。気になる人は読まないように。)

もちろん、夫婦は離婚しない。次男は結婚式もしない。長男は、上海出張を取り下げることが可能になる。会社人間でも、家族が大事。父親は無事退院する。喜劇だから、悲劇にはならない。敢えて「これはコメディ映画だ」なんて、口が裂けても言わさない、というのが会社(もちろん、松竹株式会社ね)からの至上命令なのだろう。

 

 

 


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