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映画・演劇のレビュー

『ヘブンズ・ストーリー』

2017-12-13 23:11:28 | 映画

 

2010年の作品なのだが、今までは見たくても、簡単には見られない幻の映画だった。劇場公開時に見逃したからだ。DVDにはしない、という製作者側の意向で、これまで劇場でしか、見ることが叶わない映画だった。

 

4時間38分の大作である。公開時は単館で上映回数も少なく、上映時間の問題で見逃してしまったのだが、後悔することになる。DVDにならないからだ。だが、この度ようやく解禁され、12月DVDになり見ることが叶った。

 

1本の映画を大事にしたい、という作り手の想いから、DVDにはしないでいたようだ。フイルムで撮られた映像はとても美しい。こんなにも残酷なお話だからこそ、この美しい風景が必要だった。全9章からなるオムニバス・スタイルだ。短編連作として見ることも可能で、これは映画館ではなくTVで見るべき映画なのかもしれない、とも思った。緊張感は持続するけど、一気に見るよりも、1話ずつ大切に見てもよい。

 

ただ、僕は出来るだけ、映画館で見るのと同じ環境で見たかったから、途中、休憩10分を挟んで、一気に見たけど、2回に分けて見た方がよかったかもしれないと後で思った。前後半での温度差に戸惑うことになる。

 

作品としての完成度は圧倒的に前半の4話の方が高い。後半の5話はどうしても説明になる。なんだかわからないまま、別々の話が3話続き、4話目でそれまでの3つがきれいに繋がっていく。しかも、少女と男が一緒に船に乗るラストが、このお話はここからどこに向かうのかと、不安にさせられる秀逸なエンディングだと思った。

 

妻子を殺した犯人を殺してしまいたい、とTVで訴えた男は、その後、他の女性と再婚して子供もいる。ささやかな幸せのなかで、暮らしている。そこに、彼をヒーローだと信じて生きてきた女の子がやってくる。出所した犯人を殺して、と言う。彼女はTVで彼の姿を見て生きようと思った。同じように両親と姉を同時に殺されて天涯孤独になった彼女を救ったのが、あのTVだった。冒頭のエピソードが4話目の再会のエピソードに繋がる。あの幼かった少女は成長したのだ。ここで前半は終わる。

 

だから、すぐに、続きが見たいと思った。だが、5話目で犯人は登場してところから、お話は急速に萎んでいく。少女と男がどうしようもなく殺したいと願った男が、もっと魅力的に描かれていたなら、お話は萎むことなく更に膨らんだはずなのに、彼にも言い分があるとか、彼の今の心情とか、そんなのは、どうでもいい。

 

映画は群像劇になっている。事件の周辺にいたそれぞれが、それぞれの想いを抱いて、生きている姿を描こうとした。しかし、その核心にいる犯人だけは、別だ。犯人である男も同じように描いたとき、この映画は方向性を見失う。

 

お話としては、破綻も大きい。警官が、裏で殺し屋をしているなんていう設定は今の日本では無理がありすぎる。嘘くさくなる。しかも、警官の話は、メインの話に付属するエピソードだ。村上淳演じるこの警官をもっとちゃんと描き、メインのお話と絡ませたなら、面白くなったのではないか。どうして、取ってつけたように描いたのだろうか。

 

それから、少女の祖父(柄本明)が、その後、一切登場しないのも不審だ。彼女のその後を描くことなく5年後でも、いいのだけど、描かなかった空白が映画の中でちゃんと見えてくるように作らなくてはなるまい。

 

そして男だ。家族を棄ててまで、犯人を殺そうとするだろうか。彼が壊れていく過程も描かないまま、少女に引き摺られるように犯人のもとへ向かう。少女の心の空白も描ききれないまま、お話に引き摺られていく終盤にはガッカリした。

 

期待が大きすぎたのかもしれないが、この大長編が、いろんなところで綻びだらけなのにショックを受けた。瀬々敬久監督はこれまで70分程度の映画でも、もっと密度の高い映画を作ってきた。

 

実は僕の中では今でも『雷魚』は生涯のベストワンである。小さなピンク映画館で見た映画がこんなにも心を震わせる。あれは衝撃的だった。

 

あの映画とそれに続く『汚れた女(マリア)』の2本の映画を見たときに「この国にはこんなにも凄い監督がいるのだ、」と思い、震えた。それからはずっとリアルタイムで彼の新作映画を見てきた。もちろん、あの2本を越える映画は作れない。でも、そんなことは構わない。些末なことだ。彼が今も、自分の映画を作るため、全力で取り組んでいることを見ているだけで嬉しい。

 

だから、見逃していたこの映画があの2本を越える作品だと信じていた。7年待ったのに、少し残念だった。仕方ないことだけど。

 

これなら昨年の『64』の方が僕は好きだ。でも、あの映画も前半が素晴らしかったのに、後半は破綻していた。そういう意味では、この映画も同じだ。この映画の前半は、ほんとうに素晴らしい。どうして、こんなことになるのだろうか。この映画の前半を見終えた時の興奮は忘れられない。(まぁ、数日前の話なのだけど) 凄いものに出会っている、と思った。

 

意味を追いかけても意味はない。この映画の舞台となる廃墟となった団地が、象徴するものをもっと前面に出して欲しかった。これは壮大な黙示録だったはずなのだ。廃坑となった山のすぐそばで、こんな団地が作られた。そこでたくさんの人たちが生活していた。そんな未来が一瞬で潰えた。3・11を先取りしたような映画だ。それだけにその先に何があるのかが知りたいと思う。描くべきものはそこに尽きるのではないか。単なる復讐の連鎖を断ち切ること、なんてそれこそ些末な話だ。

 


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