これは辛い映画だ。救いようがない。だけど、あのラストを見ながらここを出発点にしてきっとこのどん底から彼ら家族は這い上がれるのではないと信じる。新しい命が彼らを救うはずだ。そんな想いは甘い感傷でしかないのかもしれないけど、信じたい。一瞬「また自殺するのか」と暗い気持ちになった。でも、走り出した彼は絶対海に身を投げ出さないと思えた。
人はどうしようもない想いを抱えて生きていく。心を病み、仕事を辞め、東京から函館に戻ってきた男が、ここでも仕事を続けられなくなり、優しい妻や友人に見守られながら一進一退を繰り返していく姿を描く。そんな彼ら3人のお話と並行して、まるで彼らの若かりし日を彷彿させる同じように男2人の高校生と女の子(女の子は少し年上)の話が描かれる。最初は主人公たちの高校時代を描いているのかと思った。だけど、女の子が年上だし、友人の雰囲気が違いすぎるし。でも、この二組の3人組は、そう思わせるほどの相似形。周囲はこんなに優しいのに、そこになじめない。
東出昌大演じる主人公は、医者から進められてランニングをする。毎日定期的に走ることを通して少しずつは治癒していくのだが、簡単ではない。東出の暗い表情が全編を貫く。笑っていても、暗い。自律神経失調症だと言われても、「じゃぁ、どうしたらいいのか、」なんてわからないし、「徐々に良くなってますよ、」と言われても信用できない。だから淡々と走るだけ。薬を減らしたいけど、医者は「徐々にでいいですよ、」と言い、やめさせてくれない。だから自主的に飲むのをやめる。それでよくなるわけもない。
彼とイメージの重なり合う高校生が死ぬ。現状に適応できなかったからか。やがて彼も自殺する。妻が妊娠し、もうすぐ出産でこれから状況は変わるはず、と期待した矢先。幸い命を取り留める。精神科の療養所に入院して治療を受けることになる。映画は何も解決しないまま、いきなり終わる。ラストは海に飛び込むのではないか、と思わせるところで終わる。彼のアップがストップモーションになり映画は終わる。唐突だ。でも、そこに希望を見た。危ういものだけど、それは確かなものだ。
これはとらえどころのない映画である。ドラマチックな展開はないわけではないけど、ストーリーで見せていく映画ではない。では何なのかというと、それはなんでもない日々のスケッチなのだ。その積み重ね。過酷な状況の中、なんとかして自分を取り戻そうとする男と妻と親友。たった3人の濃密な時間がさらりと描かれていく。ここには明確な答えはない。だけど、彼らをみつめる斎藤久志監督の視線は優しい。声高には語らないが、かすかな希望がそこには確かにある。