パパと呼ばないで

再婚した時、パパと呼ばないでくれと懇願した夫(←おとうさんと呼んで欲しい)を、娘(27)「おやじ」と呼ぶ。良かったのか?

アメリカからの祈り(2)

2015年01月24日 | Weblog
1月24日(土)晴れ
Nは坂下さんにメールする。
「年末年始は色々バタバタしますので、年明け3週目あたりはいかがでしょう。」
数回のやり取りの後、ランチは1月中旬の金曜日に決まる。
場所は、王さんが来日した時に一緒にランチしたホテルのレストランだ。
Nはまた色々考える。
坂下さんは、王さんから預かった『何か』を届けるために、私に連絡を取りレストランの予約を取り当日それをもってわざわざ都心まで出かけてくる。
ということは、そのランチ代は、『何か』をもらう私がご馳走すべきなのか。
そのレストランのランチは、ビュッフェ形式とはいえ一番安いコースを選んだとしても二千円は下らない。
二人分で四千円。
Nのパート代一日分だ。
決して貧乏な生活ではないが裕福なわけでもない。
超一流商社で働いていた王さんや坂下さんとはそもそも生活水準が違うのだ。
定年退職された坂下さんは60過ぎていらっしゃるとは思えないお若さで、長い髪に緩いウェーブのパーマをあて、
ピンクのダウンコートがよくお似合いだった。
さらりと羽織ったストールは、おそらく私が身につけているものの総額よりお高いんだわきっと。
10歳も若い私のことを、もしかしたら坂下さんは自分と同じくらいのお年かしらなんて思ってるかもしれない。
Nは自虐的思考をどんどん膨らませる。
ささやかな抵抗をするように、自宅でせっせと白髪を染めてみたりする。
さらにNは考える。
いったい、王さんが坂下さんに託したNに渡したいものは何だろう。
Nには大体予想はつく。
ハンカチとか靴下とか、その程度のものに違いない。
だって、「渡すもの」に深い意味はないのだから。
その「受け渡し」として二人がランチをすることに意味があるのだと、王さんは考えているのだから。
バーバリーだか、ラルフローレンだかのハンカチを1枚もらうために、私は電車に乗って、普段足も踏み入れないホテルのレストランでランチをするのだわ。
それも、一度しか会ったことがなく、さらには何の接点もない女性と一緒に。
Nは腹立たしく思う。
王さんからみたら私は友達も少ないだろう。だから引きこもってしまうのよとお節介を焼きたくもなるのだろう。
でも私は友人も恋人も何もかも自分で選びたいし、選んできた。
あえて自分の友人を別の友人に紹介もしないし、紹介されることも望まない。
何か必要があってというか、そこに何かしらの根拠があって同席して知り合うならいいけど、友達の友達は友達だ的な思考はない。

金曜日になった。
いつもより少し念入りにお化粧をして、ヘナで染めきれなかった白髪隠しのカチューシャをして、娘のコートを勝手に借りて、娘のお下がりのブーツを履いて、駅へ向かう。
Nは、待ち合わせに遅れることを嫌う。
親しい友人と会う時ですら10分前には着くように心がけている。
親しくない人との待ち合わせは何をか言わんやである。
ところが、そんな日に限って電車が来ない。
どこかの人身事故の影響らしい。
早めに出ていたおかげとは言え、待ち合わせ時間ちょうどに電車を降りることになり、メールで詫びた後、
猛ダッシュでホテルへ走る。
何もかもがうまくいかない気がして腹立たしい。
エレベーターを降りたところでも「ご予約の坂下さまのお連れ様でしょうか?」と尋ねられ、
レストランの入口でも「坂下様の?」と尋ねられ、肩で息しながらうなずく。
そんなにお待たせしたか?ほんの5分の遅れじゃないか。
「お待たせしてすみません。人身事故があったらしく電車が遅れまして・・・」
窓際に座っていた坂下さん、にっこり微笑んで「最近事故多いですよね。」
お互い大人なので、何か話題を探しては、沈黙の時間が訪れないように努力する。
そもそもビュッフェスタイルが好きではないNだが、今日はこのスタイルのおかげで少しでも時間を浪費できることに感謝はする。
でも、特別に目新しく美味しいものがあるでもなく、2000円も出せばもっと美味しいランチを食べられるところはほかにたくさんあるよなあと思ってしまう。
話題にできるような料理や味もなく、「お正月に太ってしまった」というどうでもいい話や、「痩せるためにはやはり運動ですよねえ」という当たり前の話、
「趣味がないんですよ」という話が広がらない話、
独身の、キャリアウーマンが一番嫌がる話ではないのかと思いつつ、結局、娘や夫の話をしてしまうN。
必死でしゃべることを考えながら、脳の一方で、
「それにしても、今日のランチの目的は『何か』を私に渡すことじゃないのか。
早くそれを渡してくれたら、話題が一つ増えるのに。
Nは口角をあげて楽しそうにお話ししながら、心の中で思う。
さらには、隣のテーブルに少し異質な感じのする女性が座り、ひとりで食事を始めたのが非常に気になる。
テーブル一杯に新聞のようなものが散乱し、iPadだか何やらそんなものを広げ、
独り言なのかぶつぶつつぶやいている。
気になる。気になる。気になる。
これが、気の合う友人達とのランチなら、こそこそと彼女のことを探りあい妄想しあい楽しめるのに。

デザートのケーキも、全種類食べ尽くした頃、ようやく坂下さんがバッグをごそごそしはじめる。
ほっとするN。
これを受け取って、お礼を言って、昨日のパート代分のお会計をしたらお役御免だ。
そんなことを思いながら、坂下さんのスローモーな動きをみつめる。
裏返しの封筒のようなものを差し出す坂下さん。
「王さんからです。」
え?手紙?表に返すと「お見舞い」とある。
坂下さんが言う。
「手術されたと聞きました。王さん、ずいぶんと心配されてました。
会って、お顔も見てきてくださいと言われました。
とってもお元気だとお伝えしますね。
あたしの銀行の口座に振り込まれたのよ、今日のランチ代も含めて。
だから、今日は二人で王さんにご馳走になりましょうね。」と坂下さんがにっこり微笑む。

そういえば、王さんが来日した時、Nの顔を見るやいな、その後体調はどうですかと聞いた。
以前Nは乳癌の手術をし、その後肺がんの手術もした。
その度に王さんはひどく落ち込み、心配してくれ、回復を祝ってくれた。
だから、会って、真っ先にNの健康状態を聞いたのだ。
たくさんのお土産の中に、健康食品のボトルも入っていた。
ちょうど婦人科関係の手術を終えたばかりの時だったので、少々病気慣れしているNは何のためらいもなく「今度はねぇ~」と、まるでおもしろい話をするようにべらべら手術の話をしたのだ。
帰国してから、王さんはずっとNの身体のことが気になり心配していたらしい。
坂下さんと別れたNは、来る時とは別のもやもやした気持ちを抱えながら電車に揺られる。
コメント
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