自作のロケット用GPS受信機を宣伝しておいてと言っておきながら,
実際に相談を受けたら,まずは市販品をお勧めします.
市販のGPS受信機には,武器へ転用されないように,
出力される速度と高度情報に規制がかけられています.
一般に,速度で1,000ノット(514m/s),高度で60,000フィート(18km)です.
さて,この規制ですが,あくまでも測位結果を出力しないとうルールであり,
受信機の能力としてこれ以上は測位できないという訳ではありあせん.
そのため,簡単なソフトウェアの変更で,この規制を解除することができます.
測量用GPS受信機を販売してるメーカの中には,この規制解除を
公式なサービスとして提供しているところもあります.
メジャーなところでは,JAVAD(米国)とNovAtel(カナダ)です.
例えば,JAVADのホームページを見ると,OEM製品のメニューに
「Space Speed Alt」というオプションがあり,$2,000の追加で
高度・速度の規制が解除できます.
一方,NovAtelの最新のファームウェアでは,高度制限は基本的に
始めから解除されています.そのため,高高度気球実験などには,
そのまま使うことが可能です.速度規制の解除には,JAVADと同じ
程度の追加予算が必要になります.
ただし,これらはあくまでも規制解除のための手続きであり,
日本へ輸出を許可するものであありません.武器への転用の
可能性がある限り輸出規制品となり,その可否については
各国の法律に従うことになります.
この輸出規制については,許可がいつ出るのか,そもそも許可
されるのかなど,ケースバイケースであり,明確な基準がありません.
2か月で入手できるときもあれば,2年以上待ったこともあります.
あくまでも個人的な感想ですが,米国のメーカから購入するより,
カナダや欧州のメーカの方がスムーズに話が進む印象です.
もう一点,ロケット搭載において注意しなければならないのが
ダイナミクスの制限です.高度・速度の制限が解除されたから
といって,ロケット発射時の高加速度,高ジャークの信号を
追尾できるかどうかは別問題です.
信号追尾において,ダイナミクスレンジと疑似距離精度は
トレードオフの関係にあります.精度を上げたければ,
ダイナミクスレンジを狭くし,平滑化の時間を長くします.
逆に,高ダイナミクス対応にしようとすると,精度が劣化します.
また,信号追尾ループの次数も問題となります.加速度や
ジャークなど,高次のダイナミクスに追従しようとすると,
ループの次数も高くしなければなりません.しかし,高次の
追尾ループは発散の恐れも高くなり,ロバスト性が低下します.
民生品のGPS受信機が必要なダイナミクスは,せいぜい2Gです.
中には4Gまでカタログスペック上対応しているものもありますが,
このあたりが上限です.
そのため,このような受信機の速度・高度規制を解除したからといって,
ロケットの高加速度に対応できるとは限りません.
そうなると,市販受信機としては,どれを買えば良いのでしょうか?
実績重視となると,JAVADの
TR-G2あたりがお勧めです.
この受信機はNASAのsounding rocketなどに搭載されいることが
報告されています.
Sounding Rocket Working Group, February 4, 2010 (42ページ参照)
しかし,米国のメーカですので,日本への輸入は難しいかもしれません.
高ダイナミクスへの対応は未知数ですが,入手性を重視するのであれば,
カナダのメーカであるNovAtelの
OEM製品が良いかと思います.
海外のCubeSatでは,広く利用されているようです.
ところで,このGPS受信機の高度・速度規制は,いったいどこが決めた
ものなのでしょうか?
自分で調べた範囲の知識ですので間違っているかもしれませんが,
ベースとなっているのは
COCOMのようです.
しかし,COCOMはすでに解消され,新しい輸出管理体制として
Wassenaar Arrangementが発足しています.Category 7が
Navigation and Avionicsに関する規制ですので,内容を
確認したのですが,GPSの高度や速度に関する規制は
記載されていません.(その代わりに,暗号化された信号を
受信できるものや,アレーアンテナでビームステアリングが
できる受信機の輸出が規制されています.)
同じように,日本の該非判定関連の資料をチェックしても,
この高度・速度に関する規制はありません.
結局のところ,この規制は,米国の
ITARによるものかと思われます.
ITARはCOCOMを受けて90年代に施行され,いまでも効力を持っています.
ITARの規制品目を調べてみたところ,Category XVの
Spacecraft Systems and Associated Equipmentにおいて,
GPS受信機に関する明確な規定がありました.
(c) Global Positioning System (GPS) receiving equipment specifically designed,
modified or configured for military use; or GPS receiving equipment with any of
the following characteristics:
(1) Designed for encryption or decryption (e.g., Y-Code) of GPS precise positioning
service (PPS) signals;
(2) Designed for producing navigation results above 60,000 feet altitude and at
1,000 knots velocity or greater;
(3) Specifically designed or modified for use with a null steering antenna or
including a null steering antenna designed to reduce or avoid jamming signals;
(4) Designed or modified for use with unmanned air vehicle systems capable of
delivering at least a 500 kg payload to a range of at least 300 km.
ベースとなったCOCOMは基本的に「輸出」規制なのですが,ITARは輸出入の
両方に効力があります.そのため,ITARの規制品は米国に輸入もできません.
米国から許可を得て輸入した規制品を,再度米国へ輸出できないという
不思議なことも発生します.
当然,GPS受信機メーカとしては,大きな市場である米国のルールに従うことになり,
一律に同じような高度・速度規制となっているのではないかと思われます.
最後におまじない.
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