おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「道絶えずば、また」 松井今朝子

2009年10月13日 | ま行の作家
「道絶えずば、また」 松井今朝子著 集英社 (09/10/12読了)

 めちゃめちゃ面白くて一気読み! でも、読み終わってみると、「無理にミステリーにする必要はなかったのでは?」という、疑問もちょっと残りました。
 
「非道、行ずべからず」(08/05/15読了)に続き、江戸の芝居小屋・中村座が舞台。立女形(たておやま)・三代目荻野沢之丞が引退興行の初日、大道具係との打ち合わせの生き違いから、奈落の底に落ち、不慮の死を遂げてしまうところから物語は始まる。

 沢之丞の名跡をめぐっては、実の息子であり姿形のよく似た長兄・市之介が継ぐのか、血のつながりはないもものの、芸の素質を認められた次男・宇源次が継ぐのか-という問題が持ち上がっているさなか。もしや、跡目争いのために、兄か弟かのどちらかが父親を殺したのか-との疑念が渦巻くものの、沢之丞の死の原因を作った裏方が殺され、さらには、江戸の町の大工が相次いで殺される。果たして、一連の事件につながりはあるのか、ないのか。

正直なところ、ミステリーとしては、かなり甘めです。物語の後段になって、唐突に、都合のいい姻せき関係が明らかになるのは、興醒めでした。

しかし、「芸の道に生きることを定められた男・宇源次の苦悩」という視点で読むと、さすが、歌舞伎の専門家である松井今朝子の本領発揮なのです。特に、フィナーレで、兄と弟が「名跡を次ぐ」ことの意味について語り合う場面は、心打たれます。

 芸の道かくも厳しき。しかし、「道絶えずば、また」。読み終えてみて、改めて、タイトルの言葉に立ち戻りたくなるような一級の芸道小説。

 というわけで、やや無理があるミステリー部分をそぎ落とし、市之介と宇源次の葛藤をもっと濃厚に描いた方が松井今朝子にしか書けない、松井今朝子らしい作品になったのではないでしょうか。もちろん、ミステリーでもいいのですが、だとすれば、謎解きの部分はもう少し洗練されている方がいいなぁ。

 それにしても、改めて、歌舞伎、江戸の文化に対する造詣の深さを感じました。松井作品の中では、それぞれ東洲斎写楽、十返舎一九をモチーフにした「東洲しゃらくさし」(08/05/01読了)「そろそろ旅に」(08/04/22読了)がお気に入りですが、次は、本丸に切り込んで「近松門左衛門」を取り上げてほしいです! 領家高子の「鶴屋南北の恋」(09/08/22読了 光文社)は小説の形を借りた鶴屋南北論でしたが、今、「近松論」を小説にできるのは、松井今朝子をおいて他にいません! 



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