おりおん日記

電車に揺られて、会社への往き帰りの読書日記 & ミーハー文楽鑑賞記

「身も心も」 盛田隆二

2011年07月05日 | ま行の作家

「身も心も」 盛田隆二著 光文社 11/07/04読了  

 

 川崎ラゾーナの丸善にちょっと前から平積みになっていて、シンプルでビビッドな装幀が気になっていた。「死様(しにざま)」をテーマに6人の作家が競作するという斬新な試みのうちの一作。震災以降、重たいストーリーを読む元気はなくなっていたけれど、629日の日経夕刊の書評欄の評価が高かったことに背中を押されて購入。

 

 妻に先立たれた礼二郎。家業の酒屋は息子が引き継ぎ、コンビニに模様替えした。お金には困っていないが、趣味も生き甲斐もなく、ただ漫然とした日々を消化していくだけだった人生に再び色彩が戻ったのは、老人会で出会った幸子さんに恋をしたから。

 

 凜とした美しさをたたえ、セレブな雰囲気をまとう幸子さんは老人会の男性の憧れのまと。礼二郎にとっては近寄りがたい存在だったが、まるで高校生の淡い恋のごとく、2人はゆっくりゆっくりと距離を縮めていく。

 

 礼二郎と幸子さんの恋は切ない。なにしろ、2人には「命」という、避けて通ることのできない時間制限があるのだ。もちろん、若者だって永遠に生きられるわけではないけれど、20代、30代のうちは、現実味を持って時間制限のことを考えたりしないだろう。しかし60代後半、70代ともなれば、それは、明日やってきてもおかしくない。

 

 恋することの喜びと隣り合わせで、病気になって会えなくなる恐怖、記憶力が鈍って愛する人が誰だかわからなくなってしまう恐怖、そして、なによりも、自分が先に旅立たなければならない恐怖、相手が先に旅立って1人取り残されてしまう恐怖が常につきまとう。

 

 それでも、人生の最後のひととき、お互いを慈しみ合い、手を取り合って、穏やかな時間を過ごすパートナーに巡り会うことの意味を考え、電車の中で、はからずも涙がこぼれそうになった。

 

 正直なところ、幸子さんの不幸な過去(「幸子さんが不幸」ってことが、とってもベタ!)や、冷淡な嫁の描き方が、あまりにも昭和のドラマのお涙頂戴場面的な設定で安っぽい印象ではありました。

 

ただ、高齢化が進む中で、「老人同士の恋」というテーマを扱う小説が決してキワモノではなく、然るべきニーズのある安定的なジャンルになっていくのだろうな―と感じさせる真実味も十分にありました。恋に恋する小・中学生の頃、「コバルト文庫」の恋愛小説本を友だち同士で回し読みして盛り上がっていたけれど、これからは、かつてコバルト文庫で恋愛を学んだジジババが、人生最後の恋に燃え上がる時代になる。「大人のコバルト文庫」とか、「seventeen」ならぬ「seventy」が登場してもおかしくない。

 



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