温泉クンの旅日記

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南京玉簾

2006-04-30 | 温泉エッセイ
< 南京玉簾 >              


 侍は、やっぱり腰に刀がないとサマにならない。魂と呼べるほどの必需品だ。
西部のガンマンには拳銃である。

 しかして温泉とくれば、エモノは手拭であろう。手拭は古いか。タオルだ。通勤
電車に、バッグも財布も紙袋も一切なにも持たず丸腰で乗り込むOLをみて、
あれっどこかおかしい変だと思うように、温泉に手ぶらの、丸腰丸裸はサマに
ならないのである。


 タオルは万能である。石鹸つけてゴシゴシ洗うだけがタオルの能ではない。
あの有名な南京玉簾なみにサマザマに変化するのだ。



 敷地などの都合から間口が狭く奥行きのある露天風呂などで、空いている
奥に失礼シツレイと進んでいくときには、見苦しいものを覆い隠すイチジクの
葉っぱと早変わり。

(あ、さて。あ、さて。さてはナンキン玉スダレ・・・)

 満天の星空を仰ぎ見たければ、岩風呂のふちに載せて即席の枕に。
 火照った身体の腰に巻いて露天風呂奥の崖っぷちに立ち、心もち脚と鼻孔を
ひろげて手を腰に当てて眼下の田園風景を睥睨すれば俄か領主、あの織田
信長ばりの気分を味わえる。よーし働け領民どもよ、今年も豊作、ワシのために
皆の者ご苦労至極、とブツブツ呟けば完璧だ。

 思い切り長風呂するときには、いったん濡らしてやや軽く絞り、捻り鉢巻するか
畳んで頭にのっければ水冷の簡便ラジエーターになる。
(チョイトのせれば、ラジエーターに早変わり! あ、さて。あ、さて)

 そればかりではない、夏場の露天風呂では、先端を濡らしたタオルを鎖鎌よろ
しくぶんぶん振り回せば、危険な蜂やアブを一撃で叩き落す強烈な武器にもなる
のだ。
 女風呂を覗く不届きな出歯亀野郎や、はしゃぎまわる悪ガキといっこうに
注意もしない馬鹿親を、うしろから羽交い絞めにし鼻と口にしばらく押し当てて
「そっと間引く」ことも可能である。ふだん穏やかなヒトほど怒らせると怖い。いつ
も柔らかなタオルも同じようにナメルとつくづく怖いのである。そう、濡れタオルは
身を守るだけではなく凶器にも一変するのであるぞ、オタチアイ。いやいや、これ
は冗談。
 温泉を堪能したら当然ながら脱衣所では、堅く絞って、バスタオルとして使う。
 
 タオルの用途は、温泉入浴関連にとどまらない。
 車のダッシュボードあたりに濡れたタオルをのせておく。渋滞中や眠くなった
ときに、冷えたタオルで顔をつるりと拭ったり、後頭部にあてると気分転換にな
る。温泉の香りも鼻に抜けて心地よい。アラ不思議、気付け薬の役割を果たし、
眠気が飛ぶのだ。


 そんな大事なタオルだから、決して忘れるわけはない。と思うとあにはからん
や、これがけっこう忘れてしまったりするのだ、よ。

「ずっと思い続けていたあの温泉にはいれる、ヤッタアーついにはいれるんだ」
 それだけで顔は笑みくずれ気持ちがうわずり胸がドキドキ、浴室に向かう足が
勝手にスキップを踏んでしまう。完全に舞い上がってしまうのだ。温泉キチガイの
悲しいサガってやつである。

 最悪は、越後湯沢温泉のときだった。このときは正確にいえば忘れたわけで
はない。
 ソソクサと軍艦マーチを口ずさみながら着替え終わり、小走りに浴場に駆け込
むと、先客たちの視線がわたしの下半身にくいこんだ。みな目を剥いている。

「なに? あー、いけねえ、オー・マーイガアアッド!」
 一瞬にして赤面する。次の一瞬にしてターンする。
 握り締めたイチジクの葉っぱであるタオルが、なんと「く」の字の形だ。脱いだ
白のロングソックスの片一方だったのである。・・・あ、さてもナンキン玉すだれ、
のお粗末。
 

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