温泉クンの旅日記

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魔法

2007-03-14 | 雑文
  < 魔法 >

 高校時代からの友達のトシオから電話があったのは、週の初め月曜であった。
急で悪いが夜の予定がないなら呑もうという。奢るからというひと言につられて、
定時であがると待ち合わせの横浜駅五番街の焼き鳥屋に向かった。
 乾杯をすませると近況やら旅の話などをするのだが、なにかいまひとつ盛り上がらない。

「トシ、おまえなにか心配事でも抱えているのか」
「うむ。聞いてくれるか。おーい、こっちに銚子を二本くれ!」
 かいつまんでもちと長いのだが、こういう話だ。
 バツいちのトシオが行きつけにしているスナックAに、去年秋頃はいったエリと
いう女性に一目惚れして、通いつめて今年のある日ついに割りない仲になった。
いずれ、一緒に暮らしたい。そんな、相思相愛の仲になったそうである。

 トシオにはそのスナックのほかにもう一軒行きつけのスナックBがあり、そこに
も贔屓にしているエリと同年輩の女性がいてチョクチョク顔をだしていたそうだ。
もちろん、こちらとは単なる客とホステスの間柄である。出す料理はこちらのスナ
ックのほうが断然うまい。独身のトシオの口にあう味だそうだ。たいてい次にエリ
の店にはしごするが、どうかするとこちらのスナックだけで帰ってしまう夜も何度
かあった。

 狭い町だから、いずれエリの耳にもはいった。両方に出入りしている客からかも
しれない。
 トシオがスナックBの女性に熱をあげているらしい・・・。噂というのは、必ず
といってどこかで捻じ曲がる。エリも頭がいいから、知らん顔していつもどおりの
付き合いも続いた。重ねる無理で、疑惑はますます膨れあがる。しまいには、そう
思えば得心できることもあれこれあるわと、疑惑が真実にみえていく。



 ある日、トシオは血相変えてエリに詰られるが、別になにも疾しいことないから
言い訳する意欲もない。黙っていると、開き直ってるのオ不実なひとね言い訳も
できないのねと責められ、しょうがなくぼそぼそする言い訳にもまるで身がはいら
ない。へたな言い訳ね聞きたくない、もうわたしたちも終りねとボソリ呟きプイと
横を向かれたそうだ。勝手にしろ、売り言葉に買い言葉をなげつけたそうだ。
 
「そこでさあ、頼みがあるんだけどなあ」
 大声で銚子を追加すると、改まった。
「・・・なんかややこしいことは頼まれたくないなあオレ」
「そんな冷たいこというなよ。今日これから一緒につきあってほしいんだ、頼む
よ」
 最後にひと目会いたいが、ひとりでは行けそうもない。これ、この通りだ。トシ
オが両手を合わせる。

 横浜からひと駅電車に乗り、まず西口にあるスナックBにはいった。
 月曜ということもあり空いている。女性がふたり付いた。
 渡されたお絞りをつかいながら、トシオのほうをみると目でわたしの右横に座っ
た女性のほうを指した。なるほど、トシオの好みそうな面立ちである。それにして
も、凄く甘い香水の匂いが鼻をうって、くらっとしてしまう。

 ボトルから水割りを手早く二人分つくり、自分たちのカクテルグラスを持ち上げ
ると乾杯する。
「あ、つまみはいい。トシ、ちょっと思いついたことがある。これ呑んだら、すぐ
に出よう」

 スナックAも同じように空いていたので、はいると同じように女性が二人つい
た。
「ずいぶん、ご無沙汰じゃないの。寂しかったわよ、トシさん」
 カウンターのなかのママが、トシオに意味ありげなウインクを送った。
 トシオに聞くまでもなく、わたしの隣に座った表情の硬い女性がエリであろう。
ことさらトシオのほうを無視している。エリです、よろしく。トシオのほうもぼん
やりとした視線をわたしとエリのほうに投げている。



「おい、トシ。おまえのカラオケを久しぶりに聞きたいな、そうだデュエットで
やれ。ママ! 適当な曲いれてくれ」
 イントロがはじまり、トシオとミニスカートがマイクのほうに急ぐ。
「あ、トシさんの古い友達なんですが、どうも」
 カラオケの音量がでかくて話ができない。どうしても耳うちするように喋るよう
になってしまう。トシオが唄いながらちらちらこちらを気にしていた。
 わたしの囁いた言葉に、エリが眼を大きく見開いた。反応に満足したわたしは、
唄っているトシオに手をあげると店をでた。

 駅で電車を待っていると携帯が鳴った。
「おい、いったい全体どんな魔法を使ったんだ。エリと仲直りしちまったぜ」
「なあに、軽く耳たぶを噛んだだけだよ」
「おい! 冗談はやめて、教えてくれよ」
「もうひとりと違い、エリさんはほとんど香水の匂いがしなかった。あれはきっと
シャンプーの匂いだけだろう。おまえは昔からキツイ香水が嫌いだったもんな。
だから、あの噂はデマカセだろうって言ったのさ」
「たった、それだけでエ――。とにかく心から感謝して」

 電車がホームに進入してきた轟音であとは聞き取れなかったので、
「オイ、いいか。必ず近いうちにもう一回奢れよ、な」
 と大声で言って携帯の電源を切った。

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3 コメント

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Unknown (にゃぁ)
2007-03-17 22:35:40
すみません。私も驕りで、連れてって下さい!
ただ、それだけです!
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いいですけど・・・ (温泉クン)
2007-03-18 07:35:43
にゃあさん
「奢」りで連れてってもいいですけど、女性がいない居酒屋ですよ。
返信する
Unknown (にゃぁ)
2007-03-22 22:31:28
この頃、すっごく充実していますね!
画像貼り付けを駆使した文章!
いやはや、おみそれしました。
今回は、イラストがまたいい!
想像の世界に飛ばせて頂きました。
さすが!
タミフル温泉さん!
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