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私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 



Pergolesi: Stabat Mater
Harmonia mundi France HMA 1951119
Concerto Vocale, Sebastian Henning (soprano garçon), René Jacobs (contre-ténor)

スターバト・マーテル(Stabat Mater)は、カトリックの典礼式文の一つで、もとは13世紀にイタリア中部の町トーディのフランシスコ派修道士ヤコポーネ(Jacopone da Todi, ? - 1306)が作った詩をもとにしたセクェンツィア(続唱)として唱われたもの。1570年のトレント公会議で大多数のセクェンツィアと同じく禁止されたが、1712年に公認され、9月15日の「マリアの7つの悲しみの記念日」の典礼式文に入れられた*。十字架に架けられたイエス・キリストの足下で、聖母マリアがわが子の死を嘆く、悲痛な内容の詩である。その第一節は:Stabat Mater dolorosa/Juxta crucem lacrimosa,/Dum Pendebat Filius.(悲しみの聖母は立っていた/御子が懸けられている/十字架のもとに。)**であり、この歌詞の冒頭から「スターバト・マーテル」と呼ばれる。
 トレント公会議で禁止される前に作られたグレゴリオ聖歌があるが、その後もパレストリーナやラッススが作曲しており、バロック時代以降スカルラッティ父子やヴィヴァルディ、ロッシーニ、シャルパンティエ、さらにはドヴォルザーク等多くの音楽家が作曲している。その中でも現在最も演奏される機会が多いのが、ペルゴレージの作品であろう。
 ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ(Giovanni Battista Pergolesi, 1710 - 1736)は、イタリアのジェシという町で生まれ、最初の音楽教育を受けた後、ナポリの音楽院で学んだ。卒業後オペラや宗教的声楽作品の作曲を始め、中でも1733年に作曲初演されたオペラ”Il Prigionier Superbo”(誇り高き囚人)の幕間劇として作曲された”La Serva Padrona”(奥様女中)は、本体のオペラが失敗に終わったにもかかわらず大成功を収め、オペラ・ブッファ(喜歌劇)の最初の作品の一つとされている。さらに1752年にパリで演奏されたことが、仏伊のオペラの優劣に関するいわゆる「ブッフォン論争」のきっかけとなったといわれている。宗教的音楽作品についてはミサなどの作品があるが、中でも1736年、最後の作品として作曲された「スターバト・マーテル」は、死後まもなく国際的にも高く評価され、18世紀に最も多く印刷された作品に数えられている。そして多くの編曲がなされ、バッハもこの曲に詩編51番の歌詞を付け、モテット「我が罪を拭い去りたまえ、いと高き神よ(Tilge, Höchster, meine Sünden)」(BWV1083)に編曲している。
 ペルゴレージは1710年生まれながら、1736年に26歳で死亡しており、その作品は、バロック後期に収まっているが、この「スターバト・マーテル」を聴くとその様式は、対位法的ではなくホモフォニック(単声的)で、もはやバロック時代とは言えず、むしろ初期古典派の作品といえるだろう。曲想はオペラのアリアの様である。聖母マリアの悲しみを歌う悲痛な内容であるにもかかわらず、明るく楽しげなアリアもある。
 ペルゴレージの「スターバト・マーテル」には数多くの録音があるが、そのほとんどは女性のソプラノ歌手を起用しており、オリジナルの演奏を再現しているとは言えない。歌唱技巧や表現力の観点から、本来男声で歌うべきパートにボーイソプラノではなく女性歌手を起用したり、器楽パートを複数の奏者の編成にしたりして演奏演奏するのは、その作品の本来の響きを損なうもので、たとえば、ベートーフェンの交響曲の楽譜に手を加えたり、指定以外の楽器で演奏するのと同じで、作品そのものを損なう行為というほかない。極論すれば、女性歌手と弦楽合奏によるペルゴレージの「スターバト・マーテル」は、この作品の現代風編曲と言って良い。
 数少ないオリジナル編成の演奏のひとつが、今回紹介するCDである。ソプラノパートは、ボーイソプラノのゼバスティアン・ヘニッヒ(Sebastian Hennig)が歌っており、カウンター・テノール・パートはルネ・ヤコブス(René Jacobs)、器楽部の編成は、ヴァイオリン2、ヴィオラ、チェロ、コントラバスとオルガンの6人で構成されている。指揮はテノールのルネ・ヤコブスである。 この演奏は1983年に録音されたアナログ音源をもとにしたもので、この曲一曲のみの総演奏時間37分20秒という珍しいCDである。このような演奏は、オリジナル編成による録音が一般的になった今日ではむしろまれになってきて、本来男声で歌われるべきパートを女性の独唱や合唱で歌うことが当たり前になっている中で、貴重な存在である。このCDは、ハルモニア・ムンディ・フランスの”musique d’abord”シリーズとして現在も入手可能である。ちなみに筆者は最近、池袋のHMVで1,617円で購入した。
 なお、このほかにも”Berlin Classics”というレーベルから、ボーイソプラノとカウンター・テノールが唱うCDが出ているようであるが、日本で入手出来るかどうか、詳細は分からない***。また、1992年録音のペルゴレージの『スターバト・マーテル』とヴィヴァルディの「ニシ・ドミヌス」を収めた、男声のソプラニストとカウンターテノールによる演奏のCDが、ロシアの”Olympia”というレーベルから出ていたが、現在入手出来るかどうか不明である。ただ、このCDの伴奏はモダン楽器である。

発売元:Harmonia mundi France

* 「スターバト・マーテル」の成立等については、三ヶ尻正「ミサ曲、ラテン語・教会音楽ハンドブック - ミサとは・歴史・発音・名曲選 -」、(株)ショパン、2001年を参考にした。
** ラテン語歌詞並びにその日本語訳は、上記の三ヶ尻正氏の本を引用した。
*** CD Universeの情報によると、Berlin ClassicsのCDは、ペルゴレージの「スターバト・マーテル」と「サルヴェ・レジーナ」を収録したもので、Dennis Naseband (Discant), Jochen Kowalski (Couter Tenor), Kammerorchester “CDP Bach”, Hartmut Haenchenという歌手、楽団、指揮者が記されている。もとは2005年8月に発売されたもののようだが、2008年10月に再発された模様である。CDのカタログ番号は不明である。

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コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


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コメント(10/1 コメント投稿終了予定)
 
 
 
おはようございます (Evangelist84)
2009-06-27 07:08:25
有り難く拝読させて貰いました。
ペルゴレージという人と態を余り知らなかったので
目から鱗です。
来春コンサートのプログラムに載せようと
野心を抱いている最中です。
 
 
 
コメントありがとうございました (ogawa_j)
2009-06-27 11:01:41
コメントをありがとうございました。
静岡で活動しておられるようですね。バッハの作品の演奏に挑戦されているようで、息の長い活動を祈っております。
 
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