私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




J. S. Bach: Auf, schmetternde Töne BWV 207a, Schleicht, spielende Welle BWV 206
Cantatas for August III, Kurfürst of Saxony, King of Poland
Sony Classcal SK 46492
演奏:Ruth Ziesak (Soprano), Michael Chance (Alto), Christoph Prégardien (Tenor), Peter Kooy (Bass), Kammerchor Stuttgart, Concert Köln, Frieder Bernius

バッハの世俗カンタータの内、最も編成が大きく、ライプツィヒ市の公式行事の性格も帯びた一連の作品として、新バッハ全集では、「ザクセン選帝候一家のための祝祭音楽」の分類で2巻に収録されている。これらの中には、すでに他の機会に作曲されたカンタータの転用も3曲知られており、新たに作曲された作品は、1733年から1736年の間に集中している。以前に「バッハの『クリスマス・オラトーリオ』に転用された世俗カンタータを聴く(その1)」と 「バッハの『クリスマス・オラトーリオ』に転用された世俗カンタータを聴く(その2)」で述べたように、それらのカンタータの多くの楽章が、1734年のキリスト降誕の祝日から、1735年のキリスト公顯の祝日までの6つの日曜、祝日に演奏された「クリスマスオラトーリオ」(BWV 248)に転用された。この時期に、ザクセン選帝候とその家族のためにバッハが積極的に世俗カンタータを作曲したことは、1733年に、後に「ロ短調ミサ曲」(BWV 232)のキュリエとグローリアからなる「ミサ」の自筆パート譜をザクセン選帝候フリートリヒ・アウグストII世に献呈し、それに添えて宮廷作曲家の照合を与えてほしいという嘆願書を提出したことと密接に関連している。つまり、地位を求める嘆願書と時期を同じくして、新しい作品を次々と演奏する事によって、より強く自分を印象づけようとしたと考えられるからである。
 世俗カンタータ「緩やかに、戯れる波よ(Schleicht, spielende Wellen)」(BWV 206)は、それらの中で、「クリスマスオラトーリオ」に転用されていない作品である。この種の世俗カンタータに於いては、ギリシャ・ローマ神話に題材を採った内容のものが多いが、この曲は1734年に起こったポーランド国王の王位継承戦争を題材としている。1733年2月に死亡したフリートリヒ・アウグストI世(アウグスト強王)の後を継いだザクセン選帝侯フリートリヒ・アウグストIII世は、同時にポーランド国王の位に就くことになったが、スウェーデンとフランスに支持されたスタニスラフ・レスツェンスキーとの間の王位継承戦争が起こり、1734年7月6日にフリートリヒ・アウグスト側の勝利によって終結し、アウグストIII世として即位することとなった。カンタータの歌詞は、この出来事に題材を採ったものである。従って、このカンタータは、本来は1734年のミヒャエル・メッセの際にザクセン選帝候兼ポーランド国王アウグストII世がライプツィヒを訪問した際に演奏するはずであったが、この訪問が急遽実現したため、バッハは短期間の内に「おまえの幸運を讃えよ、祝福されたザクセンよ(Preise dein Glücke, gesegnetes Sachsen)」(BWV 215)を作曲し、1734年10月5日に演奏した。そのため演奏の機会を失った「緩やかに、戯れる波よ(Schleicht, spielende Wellen)」は、おそらくは2年後のザクセン選帝候兼ポーランド国王アウグストII世兼ポーランド国王アウグストIII世の誕生日および命名祝日の祝賀カンタータとして、1736年10月7日に演奏されたと思われる。これは、主としてこのカンタータの自筆総譜に使用されている用紙とオリジナルのパート譜の作製に参加したコピストの筆跡によって、推定されている。ちなみに、バッハの宮廷作曲家への正式の任命は1736年11月19日におこなわれた。
 このカンタータに登場するのは、擬人化されたプライセ、ドナウ、エルベ、ヴァイヒセルという、ポーランドとザクセンの領地を流れる4つの大河である。楽器編成は、フラウト・トラヴェルソ3、オーボエ2、オーボエ・ダ・モーレ2、トランペット3、ティンパニと弦楽合奏、通奏低音である。現存するオリジナルのパート譜には、ソプラノとアルトの冒頭の合唱と最終楽章、第11楽章の合唱のみをふくむ第2パート譜、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのパート譜各2枚、それに通奏低音のパート譜3枚が含まれている。なお、ソプラノとアルトの2枚目のパート譜および通奏低音のパート譜のひとつは、後にカール・フィリップ・エマーヌエルが、ハンブルクに於いて作製させたものである。このカンタータは全11楽章からなり、冒頭と最終楽章の合唱、バス、テノール、アルト、ソプラノのアリアが1つずつ、そして5つのレシタティーフからなっている。このすべての楽章は、他の作品からの転用も他の曲への転用もないオリジナルの曲である。
 今回紹介するCDは、フリーダー・ベルニウス指揮のコンツェルト・ケルン、シュトゥットガルト室内合唱団、の演奏によるソニー・クラシカル盤である。ソプラノはルート・ツィーザク、カウンターテナーはマイケル・チャンス、テノールはクリストフ・プレガルディエン、バスはペーター・クーイである。コンツェルト・ケルンは、1985年創立のオリジナル楽器編成のアンサンブルで、バロックから古典派、初期ロマン派の作曲の作品を演奏するとともに、あまり名の知られていない作曲家、例えば、ボヘミアの作曲家、ヨーゼフ・ミスリヴェチェク(Josef Myslivecek, 1737 - 1781)やオランダの作曲家、ヨハン・ウィレム・ウィルムス(Johann Wilhelm Wilms, 1772 - 1847)などの作品を紹介している。現在の音楽監督は、フルート奏者のマルティン・ザンドホフで、コンサートマスターには、平崎真弓と佐藤 俊介という2人の日本人音楽家も含まれている。指揮をしているフリーダー・ベルニウスは、1947年生まれの合唱指導者、指揮者で、シュトゥットガルト音楽学校、チュービンゲン大学で音楽、音楽学を学び、まだ学生時代の1968年にシュトゥットガルト室内合唱団を組織し、当初は19世紀から20世紀のア・カペラ合唱曲をレパートリーとしていたが、やがてその分野を拡大していった。
 なおこのCDには、「バッハの世俗カンタータ『鳴り交わす弦の相和した競演(Vereinigte Zwietracht der wechselnden Saiten)』を聴く』(BWV 207)」で紹介したカンタータを転用したザクセン選帝候兼ポーランド国王アウグストII世の命名祝日を祝うカンタータ「陽気なラッパの高らかな響き(Auf, schmetternde Töne der muntern Trompete)」(BWV 207a)も収録されている。
 このCDに於ける編成は、トランペット3、フラウト・トラヴェルソ3、オーボエ3(オーボエ・ダ・モーレを兼ねる)、ファゴット1、ティンパニ、第1ヴァイオリン5、第2ヴァイオリン4、ヴィオラ3、チェロ2、ヴィオローネ1とチェンバロの27人、合唱は、ソプラノ7、アルト(カウンターテノール)5、テノール5、バス5の22人である。録音は1990年9月にドイツ、ゲンニンゲンの福音派教会で行われた。このCDは、その後2006年9月に82876876252として再発されて、現在も販売されている。

発売元:Sony Music Classcal & Jazz

注)世俗カンタータ「緩やかに、戯れる波よ(Schleicht, spielende Wellen)」(BWV 206)の成立過程や作品については、新バッハ全集第I部門第36巻「ザクセン選帝候一家のための祝祭音楽 I」のヴェルナー・ノイマンによる校訂報告書(1962年刊)を参考にした。

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