私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Johann Sebastian Bach: Triosonaten
Archiv PROC-1145
Musica Antiqua Köln

トリオソナタは、バロックを象徴する器楽曲のひとつで、その起源は、モンテヴェルディのオペラや宗教曲のリトルネッロあると考えられている。2つの同格の旋律楽器と通奏低音からなり、旋律に重点が置かれていた。旋律楽器としては当初、ヴァイオリン、ヴィオラ、コルネット(ツィンク)が主で、18世紀になって管楽器が用いられる様になって来た。低音楽器としては、チェロ、バス・ガンバ、ファゴット、ヴィオローネ、テオルベなどが用いられ、数字付き低音部はチェンバロ、オルガン、リュートで奏された。従って「トリオソナタ」は、しばしば3つ以上の楽器で奏されることが多かった。後期バロックを代表するソナタの作曲家としては、アルカンジェロ・コレッリ(Arcangelo Corelli, 1653 - 1713)が挙げられるだろう。それぞれ12曲からなる作品1と作品3は、緩・急・緩・急の4楽章からなる教会ソナタ形式で、作品2と作品4は、前奏曲といくつかの舞曲からなる室内ソナタ形式である。コレッリは、これらの作品では高度な技巧は控えて、音楽愛好者の興味を惹き、職業的音楽家には、様々な作品の可能性を示した。そのため、コレッリの生存中だけでも78もの重版が重ねられた。コレッリに続いて、トマゾ・アルビノーニやアントーニオ・カルダーラ、さらにはアントーニオ・ヴィヴァルディ等の作品が続き、ドイツではゲオルク・フィリップ・テレマン、イギリスではゲオルク・フリートリヒ・ヘンデルの作品を挙げることが出来る*。
 1950年にヴォルフガンク・シュミーダーの編纂で刊行された「バッハ作品目録(BWV)」には、4曲のトリオソナタが挙げられている**。しかしすでにこの目録に於いて、2本のフラウト・トラヴェルソと通奏低音のためのソナタト長調(BWV 1039)を除く3曲は、バッハの作品かどうか疑わしいと記されていた。ト長調のトリオソナタ(BWV 1039)に関しては、ヴィオラ・ダ・ガムバとオブリガート・チェンバロの為のソナタト長調(BWV 1027)と言う異なった編成の同一曲が存在し、後者には自筆のパート譜が存在するので、真作であることは間違いがない。2本のフラウト・トラヴェルソと通奏低音のためのソナタが1735年頃までに作曲され、1742年頃にヴィオラ・ダ・ガムバとオブリガートチェンバロのためのソナタに編曲されたと考えられている。緩・急・緩・急の4楽章、いわゆる教会ソナタの形式で書かれている。2本のフラウト・トラヴェルソのためのソナタでは、この2つの旋律楽器が絡み合って、いかにもトリオソナタらしい作品となっているが、ヴィオラ・ダ・ガムバ・ソナタの方は、その面白さが無くなり、単なるソナタになっている。
 フルート、ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタト長調(BWV 1038)の原典としては、バッハ自筆のパート譜が存在する。使われている紙の透かしから、1732年から1734年頃に作製されたものと考えられている。しかしこの自筆譜には、作者名が記されていない。一方、この作品の通奏低音は、ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタへ長調(BWV 1022)とヴァイオリンと通奏低音のためのソナタト長調(BWV 1021)と同じである。特にBWV 1022は、BWV 1038のフルートのパートをチェンバロの右手に割り振ったもので、ヴァイオリンパートはト長調で記譜されており、全音低く調弦するよう指定されている。この曲は、1900年前後に作製され、フリートリヒ・コンラート・グリーペンケルルによる標題を持つ写譜によって伝えられている。一方、BWV 1021は、アンナ・マグダレーナ・バッハの筆写譜が存在し、"Sonata per il Violino e Cembalo di J. S. Bach"と作者名が記されている。この写譜に使われている用紙は、BWV 1038と同じで、更にアンナ・マグダレーナ・バッハの筆跡の変遷の研究から、1730年から1733/34年の間に作製されたものと考えられている。これら3曲に共通する通奏低音の由来は明らかにされていない。アンナ・マグダレーナ・バッハの筆写譜は、バッハの自筆譜と同等の信頼性があり、作者名の記されているBWV 1021の真作であるとの判断は、揺らいだことがない 。一方、BWV 1038とその編曲版であるBWV 1022は、その様式分析から、真作ではないという判断が支配的である。しかしながら、BWV 1038の場合、作者名が記されていないとはいえ、自筆譜が存在しており、更に使用されている用紙がBWV 1021と同じで、したがって同じ時期に作製されていることも考えると、一概に真作ではないと断定して良いのだろうかという疑問が残る。BWV 1021は、アンナ・マグダレーナ・バッハによる、作曲者を明記した筆者譜が存在することによって、真作かどうかの論議が起きることがなかったが、他の2作品に関しては、原典の伝承状況に難点があったために、様式分析などを根拠に疑問が提示されたとも考えられる。事実、新バッハ全集では、BWV 1038とBWV 1022は、当該の巻から除外され、1998年に刊行されたバッハ作品目録の第2版でもこの2作品は本文から除外され、付録IIの真作かどうか疑わしい作品に加えられている***。しかし、この2作品とも、バッハの作品ではないという決定的な根拠に欠けており、2006年に第VI部門第5巻「種々の室内楽作品」の巻に、フルートのための作品の巻から除外された2曲のソナタなどとともに加えられ出版された。校訂報告書では、真作かどうかの議論を紹介しているが、この巻に加えられたことで、真作と認められたわけではない。このソナタも緩・急・緩・急の教会ソナタの形式を採っている。
 ヴァイオリン、オブリガート・チェンバロと通奏低音のためのソナタニ短調(BWV 1036)は、作者不詳の筆記者によるパート譜で伝えられており、”Trio ex D b a Violino et Clavecin oblig. di Mons. Bach”という標題を有している。チェンバロとヴァイオリンのパート譜が残っており、緩・急・緩・急の4楽章からなっている。1904年にマックス・ザイフェルトの編纂で出版された際に2つのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタに編曲されていた。ザイフェルトはこの作品をJ. S. バッハの作品と考えていたが、上述したシュミーダーの目録でも真作かどうか疑わしい作品とされていた。1975年に出版されたウルリヒ・ジーゲレの学位論文で、この作品がカール・フィリップ・エマーヌエル・バッハのフラウト・トラヴェルソ、ヴァイオリンと通奏低音のためのトリオソナタニ短調(Wq 145/Helm 569)の初期の形態であることを発表し、以来フィリップ・エマーヌエルの作品として定着した****。古い形態(BWV 1036)は1731年頃の作で、最終的な形態は1747年頃の作と考えられている。なお最終形は大幅に手が加えられ、楽章構成も急・緩・急の3楽章からなっている。今回紹介するCDに収録されているのは、元の手稿に基づくヴァイオリン、オブリガート・チェンバロと通奏低音の編成である。
 2つのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタハ長調は、1860年にヴィルヘルム・ルストの編纂でバッハ協会版第9巻に掲載されたが、そのすぐ後に、フィリップ・シュピッタがヨハン・ゴットリープ・ゴルトベルクの作とする手稿の存在を示し(これ自体は、作者と筆記者を取り違えたものであったようだが)、20世紀に入って幾つものゴルトベルクの作品とする手稿の存在が明らかになり、1953年のバッハ年刊で、アルフレート・デュルが原典及び様式的な詳細な分析を行い、ゴルトベルクの作品である可能性を示した。その後この作品は、ゴルトベルクの作と考えられるようになっている*****。ただ、この曲の作曲は、バッハの授業の際に成立し、バッハが時には手助けをし、変更や修正を行った可能性が指摘されている。この曲も緩・急・緩・急の教会ソナタの形式をとっている。
 今回紹介するCDは、ムジカ・アンティクヴァ・ケルンの演奏によるアルヒーフ盤である。録音は1980年に行われ、1981年にLP盤で発売された。しかしその後CD化されることはなく、いわば幻の録音となっていた。CD化されなかった理由はおそらく、バッハの真作であることが確実なのは1曲のみで、もう1曲はバッハの作品である可能性はあるが、バッハのトリオソナタ集としての存在に疑問があったためではないかと思われる。この録音が行われた1980年にが収録されている4曲の評価がすでにある程度かたまっていたが、それを承知の上であえて録音したムジカ・アンティクヴァ・ケルンには、バッハの作品という権威とは関わりなく、これらの作品を評価するべきであるという主張があったのではないかと思われる。今回日本のタワーレコードの企画で、「タワーレコード・ヴィンテージ・コレクション」の1枚として、日本のユニヴァーサル・レコードがCD化した。販売は、日本の鱈―レコードがqおこなっていたが、現在は在庫切れで、廃盤になっているようだ。上述のように、貴重は録音なので、継続して販売して欲しいものである。

発売元:ユニヴァーサル・ミュージック
配給:タワーレコード

* トリオソナタについては、ウィキペディアドイツ語版の”Triosonate http://de.wikipedia.org/wiki/Triosonate “を参考にした。

** Wolfgang Schmieder, “Thematische-systematische Verzeichnis der musikalischen Werke von Johann Sebastian Bach, Bach-Werke-Verzeichnis (BWV)”, Breitkopf & Härtel Musikverlag Leipzig 1950

*** Bach-Werke-Verzeichnis nach der von Wolfgang schmieder vorgelegten 2. Ausgabe, herausgegeben vonAlfred Dürr und Yoshitake Kobayashi unter Mitarbeit von Kristen Beißwenger (BWV 2a), Breitkopf & Härtel Wiesbadenn, Leipzig, Paris 1998. この出版物は、1990年に刊行された作品目録の第2版を基とし、1997年までに明らかになった研究成果を反映させたものである。

**** Ulrich Siegele, “Kompositionsweise und Bearbeitungstechnik in der Instrumentalmusik Johann Sebastian Bachs”, Hänssler-Verlag, Neuhausen=stuttgart, 1975, p. 44

***** Alfred Dürr, “Johann Gottlieb Goldberg und Triosonate BWV 1037”, Bach-Jahbuch 40. Jahgang 1953.p.30 - 46

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