私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Haydn: Concertos for Oboe, Trumpet, Harpsichord
Archiv 431 678-2
演奏:The English Concert, Trevor Pinnock

バロック時代及びそれ以前はもちろんのこと、19世紀に入っても、トランペットやホルンは、ピストンやバルブのない自然倍音のみが出る楽器であった。しかし18世紀の中頃には、すでにその演奏の可能性を広げようとする試みが成されており、いくつかの楽器が作られていた。しかしそれらは広く使われることなく消えていった。18世紀の終わりになって、ヴィーンの宮廷トランペット奏者、アントン・ヴァイディンガー(Anton Weidinger, 1766-1852)が、全音域の半音階を出すことの出来るトランペットを製作した(写真参照)。



Es trumpet with four keys by Robert Vanrynne. "Gemma Horbury"のウェブサイトより

 ヴァイディンガーの楽器は、現在使われているピストンやバブルによって、管の長さを変えてすべての半音階が出せるトランペットとは違って、管にいくつかの穴を開け、それをキーで蓋をし、開閉することによって全音域の半音階を出すことが出来る。しかしその音質は、当時トランペットよりもむしろオーボエやクラリネットに近いと評されていた。ヴァイディンガーは、この楽器の開発中にハイドンに会い、その構想を説明して、作曲を依頼したようだ。その依頼に基づいて1795年か1796年にハイドンが作曲したのが、トランペット協奏曲変ホ長調(Hob. VIIe:1)である。この作品は、1800年3月28日にヴァイディンガーが開催した公開演奏会において演奏され、大成功を収めたと伝えられている。ヴァイディンガーは、他の作曲家にも同様に作曲を依頼しており、現在残っている作品の中では、ヨハン・ネポムク・フムメル(Johann Nepomuk Hummel, 1778 - 1837)の変ホ長調の作品が良く知られている。両者の作品の調性から分かる通り、このヴァイディンガーのキー付きトランペットは、Es管であった。
 ヴァイディンガー自身はこのキー付きトランペットを1845年頃まで使用していたようだが、その音色が理由であろうか広く普及することなく、やがて登場してくるピストンあるいはバルブ付きトランペットに取って代わられた。
 ハイドンの作品では、その第1楽章のトランペットの主題が、自然トランペットでは出せない音程からなっており、特に47小節目には、Es管の記譜で c-h-b-a-as、実音で es-d-des-c-ces という半音階進行があり、楽器の特徴を誇示している。全体は3楽章からなり、オーケストラの編成は、弦楽合奏とフルート、オーボエ、ファゴット、(自然)ホルン、(自然)トランペット各2とティンパニである。この作品は現在も代表的はトランペット協奏曲として、しばしば演奏されている。
 今回紹介するCDには、このほかにオーボエ協奏曲ハ長調(Hob. VIIg:C1)とチェンバロ協奏曲ニ長調(Hob. XVIII:11)が収録されている。オーボエ協奏曲は、1926年に初めてブライトコプ・ウント・ヘルテルによって出版された。その原典となった写譜は、ザクセンのツィッタウで発見されたもので、写譜本体より後の筆跡でハイドンの名が記されている。そのためこの作品が実際にハイドンのものかどうか疑念を持たれているが、他の作曲家の作品であるという証拠も見つかっていない。CDに添付の解説書でデーヴィッド・ウィン・ジョーンズは、弦楽合奏にオーボエ、ホルン、トランペット各2、ファゴットとティンパニという編成、主題や様式から、1780年頃のハイドンの作品であることが充分考えられると記している。さらに、エステルハージ候の宮廷には、通常4人のオーボエ奏者がいながら、オーボエ協奏曲がないのは不自然だとも考えている。
 一方チェンバロ協奏曲は、ハイドンの作品であることが確実な11のチェンバロ協奏曲の中で最後に当たる1782年の作である。ハイドンのエステルハージ宮廷楽長時代の作品で、オーボエ2,ホルン2,ヴァイオリン2,ヴィオラ、バスという小編成のオーケストラ編成である。この曲の作曲動機は不明で、宮廷でハイドン自身がチェンバロを担当して演奏した可能性もあるし、外部からの注文、例えばヴィーンのレオポルト・コツェルフの弟子であったフォン・ハルテンシュタイン嬢の注文で作曲され、1780年2月に初演された可能性もあるとジョーンズは記している。
 このCDで演奏しているのは、トレヴァー・ピノック指揮のイングリッシュ・コンサートである。イングリッシュ・コンサートは、トレヴァー・ピノックによって1973年に創設されたオリジナル編成のオーケストラで、ピノックは2003年までその音楽監督であった。キー付きトランペットを演奏しているマーク・ベネットはイギリスのトランペット奏者で、王立音楽院でマーク・レイアードに学び、イングリッシュ・コンサートの他にも、バロック・ブラス・オヴ・ロンドン、オーケストラ・オブ・ジ・エイジ・オブ・エンライトゥンメント、イングリッシュ・バロック・ソロイスツ等にも加わっている。ベネットが演奏しているキー付きトランペットは、1810年頃にニュルンベルクのヨハン・ヤーコプ・フランクが製作した楽器に基づき、上記写真と同じイギリスのロバート・ヴァンラインが復元したものである。オーボエ独奏のポール・グッドウィンはイギリスの代表的なオリジナル・オーボエ奏者として、イングリッシュ・コンサートやロンドン・クラシカル・プレイヤーズの首席奏者などで活躍していたが、1996年に指揮者に転向した。チェンバロ独奏は、もちろんトレヴァー・ピノックである。
 録音は、チェンバロ協奏曲が1985年5月、オーボエ協奏曲が1990年5月、トランペット協奏曲が1990年10月に何れもロンドンのヘンリー・ウッド・ホールで行われた。演奏のピッチは、チェンバロ協奏曲は a’ = 415 Hz、他の2曲は a’ = 421 Hzである。このCDの発売は1992年5月で、現在も販売されている。

発売元:Deutsche Grammophon, Archiv



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コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
Unknown (Unknown)
2013-06-16 17:28:15
>ヴァイディンガーは、他の作曲家にも同様に作曲を依頼しており、
>現在残っている作品の中では、ヨハン・ネポムク・フムメル
>(Johann Nepomuk Hummel, 1778 - 1837)の変ホ長調の作品が良く
>知られている。両者の作品の調性から分かる通り、このヴァイディンガーのキー付きトランペットは、Es管であった。

フンメルのは原調 E メジャーでつ
 
 
 
フムメルのトランペット協奏曲 (ogawa_j)
2013-06-17 11:06:28
確かにフムメルの作品はホ長調で書かれているようですが、変ホ長調の楽譜も、早くから存在したようです。しかしなぜフムメルがホ長調で作曲したのか疑問がありますが、一説によると、ハイドンの協奏曲が初演された1800年とフムメルの協奏曲が作曲された1803年の間に、ヴァイディンガーが新しいトランペットを作ったからではないかとも言われているようです。
 
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