私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




J. S. Bach Suites for Violoncello Solo, BWV 1007 - 1012
Sony Classical S2K 48047
演奏:Anner Bylsma (Cello)

バッハの「無伴奏チェロのための6曲のパルティータ」(BWV 1007 - 1012)については、すでに「バッハの無伴奏チェロ組曲をオリジナル楽器で聴く」で詳しく述べた。最も古い筆写譜は、ヨハン・ペーター・ケルナーによって1726年に作製されたものなので、それまでに作曲された事は明らかであるが、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」(BWV 1001 - 1006)の3曲のパルティータと基本的に同じ構想によっており、アンナ・マグダレーナ・バッハによる手稿やケルナーの手稿が、これら2つの作品を連続して写譜していることから、同じ時期、バッハがアンハルト・ケーテン候の宮廷楽長であった1720年前後に作曲されたと考えて良いだろう。
 今回紹介するCDは、アメリカのスミソニアン博物館の国立アメリカ歴史博物館が所蔵する、1701年にアントニオ・ストラディヴァリが製作したチェロをアネル・ビュルスマが演奏したバッハの「無伴奏チェロのための6曲のパルティータ」(BWV 1007 - 1012)全曲のソニー・ミュージック盤である。このCDで演奏されているチェロについては、上記の「バッハの無伴奏チェロ組曲をオリジナル楽器で聴く」で、「1992年に(ビュルスマが)ソニー・クラシカルに録音した演奏は、第1番から第5番まで、4弦の最高音を除く3弦に金属を巻いた弦を使用し、a’ = 435 Hzで調弦されているなど、HIP = historically informed performanceとは言えない」と記したが、今回改めてケネス・スロウィークによる解説を読んだところ、単純には「モダン・チェロ」とは言えないところがあると思えるので、ここで紹介することにした。このチェロは、ストラディヴァリが製作した、大型のチェロの最後のものと思われる。17世紀末頃までは、「ヴィオローネ(violone)」、「バセット(bassetto)」あるいは「バス・デ・ヴィオロン(basse de violon)」などと呼ばれていた楽器で、現代のチェロよりその胴体は3 cm以上大きい。スロウィークの記述によると、「信じ難いほど美しく、頑丈で堂々としている一方で、細部は洗練されている」そうだ。この楽器は、かつてベルギーのチェロ奏者アドリアン=フランソア・セルヴェイ(Adrien-François Servais, 1807 - 1866)が20年以上使用しており、この楽器がオリジナルの状態を今日まで保っていたのは、セルヴェイのおかげであるとのことで、それにちなんで、「セルヴェイ」と名付けられている。ビュルスマは、今回の録音に際して最高音のA弦に羊腸弦を、他の低音の3弦には羊腸弦に金属線を巻いたものを用い、ドミニク・ペカッテ(Dominique Peccatte, 1810 - 1874)作のフランソア・トゥルトゥ(François Xavier Tourte, 1747 - 1835)が開発した斧型の先端を持つ弓で弾いている。ピッチは a’ = 435 Hzである。CDに添付の小冊子に掲載されたビュルスマの写真では、エンドピンを備えている。このエンドピンは、セルヴェイも用いていたということで、すでに19世紀前半からその様な状態で演奏されていたようである。これは、おそらく楽器の大きさから、膝で保持して演奏する事が困難であったためであろう。
 ビュルスマが演奏するバッハの無伴奏チェロ組曲を聞くと、低音の響きが豊かであるが、音がかなり鋭角的で、羊腸弦を張ったバロック・チェロとは明らかに異なっている。これは、第6番を1700年頃にチロルで製作された5弦のチェロを、1975年オランダ、デン・ハーグのウィレム・ボウマンが製作したバロック弓で演奏した音と比較すると、その差は明瞭に分かる。ただ、この楽器を「モダン・チェロ」に分類するのが、果たして適切であるかは疑問がある。確かに低音部3弦は羊腸弦に金属線を巻いた弦を用い、19世紀に開発した弓を用い、 a’ = 435 Hzと言う高いピッチで演奏していることは、バッハの時代の楽器、ピッチとは明らかに異なっているので、オリジナル楽器による演奏とは言えないが、19世紀の音と考える方が妥当ではないかと、筆者は考える。
 なお、ソナタ第6番ニ短調は、1700年頃にチロル地方で製作された作者不詳の5弦のヴィオロンチェロ・ピッコロを、1975年にデン・ハーグのウィレム・ボウマンが製作したバロック様式の弓で弾いている。この様調弦を貼ったヴィオロンチェロ・ピッコロの音を聞くと、その柔らかな音に正直ほっとする。
 アネル・ビュルスマは、バロック時代の奏法に通じた演奏家であり、基本的には、その演奏は「歴史認識にもとづいた演奏(Historically Informed Performance)」と認識して良い。ただ、今回の演奏は、1979年にセオン・レーベルに録音した演奏と比較すると、全体的にかなり遅いテンポで演奏されている。組曲第1番を例にとると、前奏曲は、前回2分10秒に対して今回は2分48秒、全曲では前回の16分50秒に対して今回は17分52秒、6曲全曲では、前回の2時間4分51秒に対して今回は2時間7分21秒である。ただ今回もバロック・チェロで演奏している第6番においても、前回の26分12秒に対して今回は28分27秒で、かなり時間がかかっており、テンポが遅いのが大きい楽器のためとは必ずしも言えない。
 録音は1992年1月29日から31日にかけてニューヨークで行われた。この2枚組のCDは、現在も販売されている。

発売元:Sony Music Classical & Jazz

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