私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




El Órgano Histórico Español 1, Antonio de Cabezón
Valois V 4645
演奏:Kimberly Marshall

スペインの教会のオルガンには特徴がある。現在でもスペインに行って、いろいろな教会に設置されているオルガンを見ると、ほとんど例外なく前方に水平に並んだパイプ列がある。このパイプは、リードを持った「トランペット(Trompeta)」、「クラリーノ(Clarin)」などと名付けられたレギスターのパイプである。このような17世紀の初めに登場した前方に水平に配列されたパイプは、音響的なものより装飾効果を狙ったものと考えられる。その音は確かにリードの振動によって、トランペットなどの金管楽器に似た響きがする。スペインのオルガンは一段鍵盤のものがほとんどで、例外的に2段鍵盤のものもあるが、2段目はエコー効果を表現するものである。また、スペインのオルガンの多くは、鍵盤の高音部と低音部が分かれたレギスターを有している。これも17世紀の初めから現れるようになり、表現の柔軟性と独奏と伴奏を1段の鍵盤で行うことが出来ると言う経済性を意図したものと考えられるが、空気供給やパイプ列を分割することで、温度や湿度の変化によるオルガンの構造体の歪みやずれを少なくできるという利点からでもある*。
 今回紹介するCDは、フランスのヴァロア(Valois)・レーベルの”El Órgano Histórico Español”と題する10枚シリーズの第1巻で、3台の歴史的オルガンによるアントーニオ・デ・カベゾンの作品を収録したものである。3台はいずれもスペインの カスティーリア・レオン自治州(Castilla y León)にあり、1台目は、アヴィラ(Ávila)地方にあるマドリガル・デ・ラス・アルタス・トレス(Madrigal de las Altas Torres)のイエズス会修道院、ヌエストラ・セニョーラ・デ・グラシアの右6個、左7個の分割レギスター、ショートオクターヴ、45鍵盤を持つバロック・オルガンである。建造は側面の記銘によれば、1764年と思われる。このオルガンは、建造当時の状態が非常に良く残っており、その状態を保ったまま修復が行われた。ピッチはa’ = 約405 Hz、調律は15世紀から18世紀のカスティーリア地方で一般的に行われていたものという。2台目は、ヴァラドリッド地方(Valladolid)のトルデシラス(Tordesillas)にあるサン・ペドロ教会の左8個、右10個の分割レギスター、ショートオクターヴ、45鍵盤とペダルを持つ、1720年にアントーニオ・ペレスによって建造されたと思われるオルガンである。1864年に修復が行われた記録があるそうだが、近年修復を行った時点では、非常に「嘆かわしい」状態にあったという。現在は中全音調律となっている。3台目は、同じくヴァラドリッド地方、ヴィジャロン・デ・カムポス(Villalón de Campos)のサン・ミグエル教会にある2段鍵盤とペダルを持つオルガンで、主鍵盤は左11個、右12個、エコー鍵盤は左2個、右4個、ペダルは2個のレギスターを持ち、2段の手鍵盤はショートオクターヴ、45鍵盤である。このオルガンについては、16世紀の記録が残っているが、1733年から1738年にかけてヴァラドリッドのフランシスコ・エンリクェスが建造に関与したことが分かっている。このオルガンはヴァラドリッド地方で最も大きく壮麗なもののひとつだそうだ。なお、ピッチや調律については、添付の解説では触れられていない。
 アントーニオ・デ・カベゾン(Antonio de Cabezón, 1510 - 1566)は、16世紀スペイン最大の鍵盤楽器奏者、作曲家である。カルロスV世、フェリーペII世の宮廷オルガニストとして活動し、同時代及び後世のスペインの音楽家に大きな影響を与えた。その作品は、多声的声楽作品の鍵盤楽器のための編曲や「ティエント(Tiento)」と呼ばれる、イタリア語の「トッカータ」に近い意味を持つ、即興演奏を楽譜に記した作品、あるいは舞曲に基づく変奏曲などがある。その作品集は彼の死後、1578年に息子のエルナンドによって出版されたが、その前1557年には、すでにルイス・ヴェネガス・デ・エネストローサ(Luis Venegas de Henestrosa)が出版した曲集に40曲が収録されている。
 このCDには、これらカベゾンの様々な作品16曲が収められている。曲に応じて様々なレギスターの組み合わせがされていて、オルガンの響きの変化も楽しめる。水平に配列されたリードパイプは、カベゾン以降の17世紀起源ということもあってか、唯一16曲目のクレマン・ジャヌカンの「戦争(La Guerre)」に基づく曲のみで使用されている。
 演奏しているのは、アメリカのオルガニスト、キムバリー・マーシャル(Kimberly Marshall)である。彼女は現在アリゾナ州立大学の教授の職にあるが、1985年にイギリスのセント・アルバン・オルガン・コンテストで優勝して以降、ヨーロッパ、アメリカ、アジアに於いて演奏活動を行っている。1986年には、「中世後期のオルガンについての図像学的証拠(Iconographical Evidence for the Late-Medieval Organ)」と題する論文で、オックスフォード大学から学位を授与されている。ルネサンスのスペインのオルガン音楽は、彼女の主要レパートリーのひとつである。
 このCDを発売したヴァロアは、オルガン音楽の録音に積極的で、かなり以前から多くの録音を行っていた。筆者も1958年に発売されたブクステフーデのオルガン曲集のLPを2枚所有している。会社の所在地は、当時はパリであったらしいが、今回紹介しているCDには、バルセロナにあるAUDIVIS IBERICAが制作に関与していることが記されていて、ヴァロア・レーベル自体AUDIVISが所有していたらしい。このAUDIVISは、アストレー・レーベルも所有していたので、これらのレーベルが、全てナイーヴに吸収された可能性もある。
 このCDの録音は1991年に行われた。しかし現在ヴァロアの存在も、このCDの存在も、一部流通しているものがあるようだが、詳細はよく分からない。スペインのオルガンの録音自体が非常に少ない中、このようなCDが消えてしまうのは、実に残念なことである。

発売元:Valois AUDIVIS

* スペインのオルガンについては、”Historic Spanish Organs” © Nicolas James, England, OrganART Media, Germany, 2007を参考にした。

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