私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




J. S. Bach Sonatas
Onyx 4020
演奏:Viktoria Mullova (violin), Ottavio Dantone (harpsichord, organ), Vittorio Ghielmi (viola da gamba), Luca Pianca (lute)

バッハの6曲のヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタ(BWV 1014 - 1019)の成立については、すでに「バッハの『正規の』ヴァイオリン・ソナタを聴く」で詳しく述べた。現存する原典によれば、最も古い手稿は1725年に作製されたもので、そこにはソナタの第1番から第5番までと第6番の古い異稿のひとつ(BWV 1019a)が含まれており、その後に作製された手稿には、さらに異なった構成の第6番が少なくとも2種存在する。第6番の最終的な形は、バッハの娘婿、ヨハン・クリストフ・アルトニコル(1719 - 1759)によって1747年から1759年の間に作製された総譜によって残されている。これによって、この6曲のヴァイオリンソナタは、第1番から第5番までが、おそらくケーテン時代(1717年から1723年)に作曲されたものと思われ、第6番だけがライプツィヒ時代になってから、何度か手を加えられて、今日の形となったようである。そして、第1番から第5番までが教会ソナタの形式、緩-急-緩-急の4楽章形式であるのに対して、第6番だけが、急-緩-(急)チェンバロ独奏-緩-急の構成である。この様な組になった作品の最後だけが異なった形式の例は他にもある。たとえば、コレッリの12曲からなるヴァイオリンソナタ作品5の12曲目は、「フォリア」というポルトガルあるいはスペイン起源の旋律に基づく変奏曲である。コレッリの場合は、この他にも2つのヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ作品2の第12番も、「シャコンヌ」という変奏曲になっている。バッハの場合も、「無伴奏チェロソナタ」(BWV 1007 - 1012)の第6番だけが5弦のチェロを指定している。ただこの「無伴奏チェロソナタ」の場合は、第5番も調弦を変更する指定がある。
 今回紹介するCDは、すでに「ヴィクトリア・ムローヴァの演奏でバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータを聴く」で紹介した、現在世界有数のヴァイオリン奏者、ヴィクトリア・ムローヴァとオッターヴィオ・ダントネのチェンバロによるオニックス盤である。ムローヴァがオリジナル楽器でバッハの作品を演奏する事になった経過は、上述の「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」のCDを紹介する際に述べた。
 オッターヴィオ・ダントネは、イタリアの鍵盤楽器奏者、指揮者で、ミラノのジウゼッペ・ヴェルディ音楽院でオルガンとチェンバロを学び、1985年にパリの国際コンクールで通奏低音の賞を獲得、1986年には、ブルージュの国際コンクールで、イタリア人として初めて受賞した。1996年以来オリジナル楽器編成のアンサンブル、アッカデミア・ビザンティーナの音楽監督である。ダントネは1999年にオペラ指揮者としてデビューし、現在の活動も、オペラ指揮者として古典派、ロマン派のオペラの指揮と、17世紀から18世紀の音楽のオリジナル楽器による演奏の指揮、鍵盤楽器の演奏を並行して行っている。ダントネのCDは、日本ではなじみの少ないマイナー・レーベルが多いため、いままであまり知られていなかった。ダントネは、ムローヴァがバロック音楽を一から学び直す際に、その演奏を聴き、助言を受けた音楽家の一人で、2003年に発売されたジョン・エリオット・ガーディナー指揮、オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティークと共演した、ベートーフェンとメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲の録音において、ベートーフェンのヴァイオリン協奏曲のカデンツァを提供している。
 この2枚組CDの録音は、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」の2期に渉る録音の前半と重なる、2007年3月16日から19日にかけてイタリアのボルツァーノで行われた。ムローヴァの演奏は、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」の場合と基本的には変わりなく、強く自己を主張することはなく、チェンバロと同等の位置付けで、時には主役となり、時には伴奏の役を担い、一貫して美しい音色で、楽譜の細部を精確に表現している。即興的な楽句を挿入することはほとんど無く、そのため、ある意味で生真面目な演奏に聞こえる。ムローヴァの演奏しているヴァイオリンは、羊腸弦を張った1750年ジオヴァンニ・バッティスタ・グアダニーニ作のヴァイオリンで、ワルター・バルビエロ作のバロック式弓を使用している。ダントネが演奏しているチェンバロは、シュトラースブールのオルガン製作者の一人、ヨハン・ハインリヒ・ジルバーマン(Johann Heinrich Silbermann, 1727 - 1799)作の18世紀後半のチェンバロをもとにイタリアのオリヴィエ・ファディーニが2007年に製作した楽器である。バッハの作品の演奏で多く用いられるフレミッシュやフレンチ・タイプのチェンバロではなく、シュトラスブールのジルバーマンの楽器を用いたダントネの意図は、おそらくよりバッハの音楽環境に近い響きを求めてのことと推測出来る。
 このCDには、6曲のヴァイオリンソナタに加え、「ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタト長調」(BWV 1021)と、「オルガンのためのトリオソナタ」の第5番ハ長調をヴァイオリン、チェンバロと通奏低音のために編曲して収録している。ト長調のソナタは、「バッハの『正規の』ヴァイオリン・ソナタを聴く」でも触れた通り、「フルート、ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタト長調」(BWV 1038)と「ヴァイオリンとオブリガート・チェンバロのためのソナタヘ長調」(BWV 1022)と共通する通奏低音を持つ作品で、その筆写譜はアンナ・マグダレーナ・バッハの筆跡と使用されている用紙から、1730年から1733/34年の間に作製されたものと考えられている。これら2曲の演奏には、ヴィオラ・ダ・ガムバのヴィットリオ・ギエルミとリュートのルカ・ピアンカが通奏低音奏者として加わっている。オルガンのためのトリオソナタの編曲においては、ダントネはオルガンを演奏しており、第1楽章でオルガンは4フィートのレギスターで記譜より1オクターヴ高く演奏されている。この2曲は、通奏低音の奏者が加わることにより、アンサンブルの要素が強くなって、特にハ長調のトリオソナタでは、ムローヴァが楽しそうに演奏しているように聞こえる。
 オニックス・レーベルについては、ムローヴァによる「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」のCD紹介に際に触れたが、メジャー・レーベルが優れた奏者による企画ものの録音をなかなか行わなくなっている現在、国際的な名声を有する音楽家達を起用したCDを企画販売しているイギリスの新興レーベルである。最初に発売したCDは、ムローヴァとイル・ジャルディーノ・アルモニコによるヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲で、ムローヴァは、ストラディヴァリ「ジュール・フォーク」に羊腸弦を張って演奏している。このバッハのヴァイオリンソナタのCDは、無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータより先に発売されている。

発売元:Onyx

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