影もぼそぼそ夜ふけのわたしがたべてゐる 種田山頭火
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昭和10年。山頭火53歳。自殺未遂。翌年暮れにまた旅に出る。泊めてもらった旅籠の共同部屋だろう。人の話し声もする。それは気にならない。己の影が障子に映っている。その影を相手にして彼は遅い夜の食事をした。見るともなしに闇を挟んだ障子を見ると、男の影がぼそぼそと影を食べている。それが何だろうと、生き長らえるには食べなければならないのだ。掌の上の食事は行脚で頂いたもの。胡麻塩おにぎりの1個だけ。山頭火は痩せ衰えている。ここまで歩いて来たその疲れがどっと押し寄せて、もう重たく冷たい体を支えきれなくなる。竹筒にもらったどぶろくを煽る。
失望と祈りとが折り合いをつけて、毎日貧しい織物を少しまた少し編んでいく。そして句を詠む。句が己の傾きのバランスになる。