貞心尼。俗名奥村マス。長岡藩奥村五平の娘。彼女が島崎の庵に良寛禅師を訪ねてきたのが30歳。これより70歳の禅師に歌と書と仏道を仰ぐことになります。二人は忽ち恋仲になってしまいます。よほど気心が合致したのでしょう。年齢差40歳。年齢の差を飛び越えて、二人は同時に雲の上に昇るここちを味わいます。
なにしろ歌が相通じ合うのです。
君にかくあひ見ることもうれしさもまださめやらぬ夢かとぞ思ふ
貞心尼はこう詠います。嬉しい、と。まだ覚めない夢の中にいるような心境だと。禅師に会えたのも夢。言外に、これからの佳き日々の到来を思うと夢の中を出られない、とも。
すると禅師がすぐさまこう返歌をなさいます。
夢の中にかつまどろみてゆめをまた語るもゆめもそれがまにまに
31文字の中に「夢」「ゆめ」「ゆめ」と三度も連ねておられます。わたしもまた夢のようだと。あなたと語り合うのも夢、夢の世にこのようにまどろんでいられるのも夢、夢を題材にして歌を重ね合えるのもまた夢、だと。このままこの夢の中にいたいものだ、と。良寛禅師はもう雲の上に浮き上がっておられます。
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さぶろうももはやその良寛禅師の年齢を超えました。貞心尼との師弟淡交を偲んでいます。もちろんさぶろうにはこうしたロマンスはついぞありません。さみしいことです。道を求めもせず、ひたすらぐうたらを重ねているばかりです。
禅師は74歳で示寂されます。そのあと貞心尼は禅師との交遊録を「はちすの露」と題して世に出されます。仏道を求め合いつつ、二人はその短い時間、楽しい楽しい語らいを重ねたことでしょう。彼女は正式に得度。明治5年柏崎の「釈迦堂・不求庵」で亡くなっています。75歳でした。
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