超人少年伝説

源氏物語千年 紫式部が突然現れ 紫式部氏思想を書くことになった

光源氏の優しさと残酷

2008-06-08 09:00:26 | Weblog
光源氏は品格のある優雅極まりない人であった。

その人が女性に示す征服欲・支配欲・独占欲はどういうことだろう。

*。
いろいろの見方がある。

対偶対称性で見よう。

表裏対称性と言えないだろうか。

*。
優しさの対偶は、残酷さである。

正反対が同一時空に存在する。

この世は自己鏡像構造を持つとも言える。

或いは両義構造であるとも言える。

                 *。
こう考えると人は誰もが対偶構造を持つ。

その合成に仕方に違いがある。

こう考えればいいのではないか。

*。
キリスト教は、愛と正義に昇華した。

東洋は、いい方を取り上げ、
悪い方を抑圧した。

                *。
人や社会に地下迷宮には、嫉妬や殺意もある。

それは成功と幸福の対偶とも取れる。

*。
成功と幸福、
これは嫉妬と殺意のエンジンで動くと言えないか。

両者は、現実にワンセットで存在する。

成功すればするほど、成功欲は炎上する。

               *。
いい子いい人、
これを求める社会は、衝動人間の衝動社会だ。

当てにならない。

いつか裏が表になる。

*。
癒しやいい気持ちを求める社会は、
全く当てにならない。

優しさが残酷にスプリットし、残酷になる。

              *。
残酷を抑えた優しさ、
これが愛ではないか。

厳罰を抑えた品格が正義ではないか。

*。
現実の苦しみを、
いい気持ちでマッサージすると、
苦しみは癒されても、
残酷は抑制されない。

残酷に苦しめられ、
癒しを求め、
癒されると残酷世界に戻る。

この世界はますます残酷になる。

*。
これがベイトソン法だ。

              *。
優しさと残酷を化学反応して、愛に合成する。

例えば、登校拒否フリーターの人たちは、
現実に体を置き、
現実の苦しみを体一杯に受け、
ここに魂を結晶する。

*。
現実の苦しみから逃げない、
癒しを求めない。

社会に自己を同一化しない。

自己を魂に同一化する。

*。
これがレイン法だ。

レイン法も人に押し付ければ、
魂を傷つけ壊す。

              *。
魂、なんだろう。

自己を現実に結晶することだ。

*。
では成功と幸福は何だろう。

自己の結晶ではないか。

そうだ、だがその対偶を作る。

*。
魂を作ることも、
他者の排除が生まれると、悪魔になる。

魂の作り方をマスターするに、何百年も掛るかも知れない。

異物排除は自己の排除である

2008-06-08 08:01:23 | Weblog
組織は、自己と非自己を認識、非自己を排除するシステムだ。

自己の側から見ると、
自己を守る行為になる。

だが非自己側から見ると、
自己を排除するシステムである。

*。
非自己が病原菌の場合は、排除して貰って都合がいい。

非自己が犯罪者のときはどうなるだろう。

犯罪者も社会を排除して来る。

ここに摩擦が起き、かつ発熱する。

自己側にロスが出る。

                 *。
この排除に、金と時間とエネルギーが必要だ。

これと犯罪排除が割に合うか。

*。
一方、排除することで、反作用が出る。

排除する側も、日常性が歪められる。

衝動レベルが上がってくる。

                *。
最高裁の二票格差合憲、
これで人と社会は歪む。

こんな判決の要らない社会なら、どんなにいいことだろう。

*。
無理が無理を呼び、
無理が発振する。

これは正常な社会ではない。

*。
ここに圧力で歪んだ社会がある。

その圧力は、人を歪ませ、平常心でいられなくする。

騒がしい社会となる。

                 *。
静かにしなさい、
ますます騒がしくなる。

更に強い指導が必要になる。

それは暴力となる。

*。
暴力社会、
それは犯罪社会でもある。

無理が発振社会は、犯罪社会だ。

                 
                *。
厳罰が何故必要か。

それは騒乱社会だからだ。

厳罰を不要にすることが正道だ。

*。
厳罰社会、
平常心を失った、
過激衝動社会だ。

即ち残酷を平常とする社会だ。

                *。
人が求めているものは、
成功でも幸福でもなく安定だ。

成功と幸福追求は、人を過激にした。

*。
成功と幸福追求が、人間と地球社会の排除だった!

非成功・非幸福を排除する、
成功と幸福追求は、
成功と幸福の排除である。

*。
非自己によって、自己が排除された現代だ。

今この逆転の地獄にある。

これがグローバリゼ-ションでもある。

田中慎弥論 魂の置き場所を求める旅人

2008-06-08 06:32:45 | Weblog
高校出て以来、働いたとことがない。
いや働こうと思ったことがない。

何もしない訳にいかないので、
本を読み文章を作った。

*。
かくして魂を作り、
これを小説として社会に置いた。

魂を作る旅人、
魂の置き場所を求める旅人。

                  *。
月日は魂を作る時空、
行きかう年に、魂を置く。

この世は年を取る、即ち旅を浮かべる時空である。

日々を旅し、旅を栖とする。

こう取ると芭蕉だ。
日本の伝統だ。

*。
現世は、人が魂を作る時空であり、
世界は、その置き場所である。

そういう世界を作る人間人類革命だ。

*。
日本はそれが出来る場所となりつつある。

これが登校拒否フリーターの意味でしょう。

屁理屈天国 客観的普遍妥当性の欠如

2008-06-08 05:56:56 | Weblog
日本語には二種の感情が付いている。
それは音韻という衝動感情と感情と名のつけられた前感情である。

二種の感情は、前感情として一群化している。

*。
西欧から移入した理性語にも感情がつく。

日本の判決はすべて屁理屈と言われる。
判決だけでなく、日本の世間自体が屁理屈だ。

*。
どういうことか。

判決だろうと、言葉の展開は、
そのベースに気持ちがある。

気持ちが良くないと、それだけで排除される。

*。
感情言語が、屁理屈の正体だった。

              *。
頭に来ると、
つまり不快になると、
それ全体を否定排除する。

日常は、人情世間体で組織化されている。

*。
人情世間体は、行動にも感情が付いていることだ。

言葉と意味と気持ち、
日本人の会話や文章は、この三要素からなる。

非常心の時はこれらが分離している。

*。
衝動レベルが上がると、
これらはフリーズして、激情が炸裂する。

言葉と感情がショートする。

するといい気持ちでないものは、異物として排除される。

              *。
判決が屁理屈だと言う事は、
バカ死ねと言っていることだ。

判決する側も、される側も、バカ死ねと言っているのだ。

*。
屁理屈だという側も屁理屈となる構造がある。

日本全体がは理屈なのだ。

「我こそ生後」と非難する方も、
「我こそ正義」なのだ。

*。
即ち日本人には、客観的普遍妥当性がない。

即ち、財布がない→お前が取った→金を返せ。

双方がこう言っている。

結局権力の強い方が押し切る。

             *。
客観的普遍妥当性、そんなものはない。

これがお上の立場だ。

そしてこれを維持できる。

*。
お上とは、屁理屈を通せる立場だ。

これを批判する人は、お上にはならない。

*。
かくしてこの国は、
所得・消費・欲望を丸出しで生きるのだ。

このベースに、いい気持ちがある。

              *。
正しさよりも、いい気持ち原理主義だ。

いい気持ちの時は、優しい人。

いい気持ちが犯されると、残酷になる。

*。
本人は、残酷と思わず、毅然とした態度と思うばかりだ。

相手にはただの残酷だ。

               *。
屁理屈のない世界はない。

日本人の常識だろう。

日本人は、客観的普遍妥当性こそ妄想と思う。

*。
人や自然は機械である。

この間違った世界に、科学と産業が成立した。

*。
人は間違いにしか生きられない。

こう仮定して見ると、
大体正しいことなんてあるかとなる。

間違いの中に、如何にいいものを作るか。

                 *。
間違いを生きる、
これが人の立場ではないかと推察される。

*。
間違いの中に作るまともなこと。

正しいと言うことはこの程度ではないか。

*。
玉蔓の、ウソの中にこそ真実がある。

事実を生きることこそ、ウソを生きることだ。

二つの立場の非可逆性、
ここに現実がある。

*。
存在するもの、すべて幻である。

幻に中に作る、真実。

                *。
人は現世に幻を作り、
それを現世に戻す。

現世に戻せない幻が、虚偽と偽善だ。

*。
Gёdelの不完全性定理とナッシュ均衡論の到達点だ。

                *。
間違いと言うことは、間違いだ。

そういうことも間違いだ。
それが人の立場ではないか。

*。
これがGёdelの不完全性定理であろう。

これを知れば、
人のやることは、間違いの中に、魂を作ることだ。

これがナッシュの均衡理論だ。

               *。
いい気持ちや癒し、
これこそ我こそ正義の屁理屈だ。

自分にバカ死ねと言っている事だ。

*。
これは心のない世界だ。

               *。
自分が自分に、バカ死ね。

これが一億玉砕への万歳突撃だろう。

これを理解するには、
客観的普遍妥当性が必要だ。