二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

永遠のこちら側(ポエムNO.98)

2012年12月09日 | 俳句・短歌・詩集
いつのことだったか思い出せないが、ぼくはその村で生まれ、老いて死んだことがあった。村はずれには二メートルを越える道祖神の石碑が建っていた。おそらくいまから百年か、もっと昔の出来事だったろう。唇の大きな、心根のやさしいおろかな女と数十年暮らし、豆腐屋のような仕事をしたり、野菜をつくったりしながら、遠くへ出かけることもなく平穏な日々は過ぎていった。それを・・・つまり前世のようなものを想像すると、なぜか胸がずきずきと疼く。老いて病死したのではなく、飢えて死んだのかもしれない。秋になるとコオロギがうるさいほど耳について眠れないほどで、なんの特徴もないまずしい暗い村だった。ツユムシもいたな、さっき突然思い出した。 現世にいるぼくは、前世のぼくの墓碑をさがしているが、いつまでたっても見つからない。 . . . 本文を読む
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冬景色

2012年12月09日 | Blog & Photo
冬型の気圧配置が強まり、耳たぶや指が凍えるような木枯らしが吹き荒れている。ことしは秋が短く、冬将軍の到来がはやいような気がする。しかも、かなり強力な(~o~)ブルブル冬景色といっても、北関東の平野部では雪はめったに降らない。三国山脈の向こうの新潟が雪だとすると、上州では空っ風がびゅーと吹きまくる。街路樹の葉っぱはほぼ90%が落ちてしまい、師走らしい冬ざれた風景になってきた。そういう風土で、風さえなければ、朝晩の冷え込みはともかく、日中はポカポカ陽気だったりする。ホームページ「メディアプラネット」をやっていたころ親しくさせていただいた方に、西上州にお住いのかぜくささんがいる。 . . . 本文を読む
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カエデにぞっこん!

2012年12月07日 | Blog & Photo
ところで、今年の秋は、Mikenekoは“カエデ”に目覚めた。・・・そう、あのカエデである(^^;)写真を撮って歩いていると、一口にカエデといっても、様々な種類があることに気がつかないわけにはいかない。 http://mohsho.image.coocan.jp/report7.htmlほら、ね。これがこうなるのです(笑)。撮影したり調べたりはしないけれど、「ああ、大きな葉っぱ。変わった色だな、なんとまあ、鮮やかな色だろう」と、小さな感動を積みかさねてゆく。「草木図譜」の番外編を12月3日と5日にも撮った。むろんカエデばかりでなく、蔦モミジ、草モミジにも眼を向けるようにしているけれど、アップしたくなるような一枚がなかなか撮れない。 . . . 本文を読む
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気功書画個展 ~高崎シティギャラリー

2012年12月06日 | Blog & Photo
買い物に出かけたついでに、市役所の地下駐車場へクルマを止めて、高崎公園周辺を一回り。最高気温12℃、風のあまりない、おだやかな一日だった。 最近ではめったに足をはこばないが、たまにはのぞいてみようとおもって、シティギャラリーへ。■高崎シティギャラリーhttp://www.takasaki-bs.jp/gallery/すると「佐藤文惠子気功書画個展」というのをやっていた。 「へええ、気功書画ってなんだろう?」第十二回とある、書と絵画のコラボレーション展示だった。トップの写真をご覧いただけばわかるが、佐藤文惠子先生が、お一人で制作し、展示している。 書も絵もまったくの自己流だとのこと。お生まれは北京だが、在日30年。とてもおしとやかな、流麗な日本語を話す。「ああ、中国の方なんですね」 . . . 本文を読む
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夜への階段 ~新作をめぐって

2012年12月05日 | Blog & Photo
いくつかのシリーズを並行して撮影しているけれど、このあいだ「夜への階段」シリーズで、わたし的にようやく納得のいく一枚が撮れた。それがこの写真。「え? どこが・・・」といわれそうなので、少しだけ説明を試みよう。これは夕刻の前橋市内、国道17号線の、とある交差点である。奥の正面に見えるのは、ときおり利用するレストラン「ココス」。その右に「洋服の青山」がある。空は日没後しばらくたっているけれど、まだ夕照の照り返しがかすかに残っている。そこに黒い雲が浮かんでいる。左にホワイトの右折車が一台停車していて、その向こうをトラックが通過しようとしている。 右からは歩行者があらわれて、横断歩道を左へ渡りかけている。その背後から、左折車が接近中。 . . . 本文を読む
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すばらしきYouTube

2012年12月03日 | 音楽(クラシック関連)
YouTubeは無料アーカイブズ(記録保存館)である。文書のではなく、画像と音声の。しかも動画は大量に保存されている。うるさいことをいえば、著作権保護の観点からは問題があるものがあるけれど、そうそう目くじらをたてなくても・・・とわたしは考える。ずいぶん恩恵をうけているし、YouTubeがなかったら、もっとも貴重な情報源の一つを失うことになる。 吉田秀和さんの追悼日記を書いたとき、まだYouTubeをチェックしていなかったが、その後検索し、2本の動画を閲覧することができたので、linkしておこう。(興味がある方ははやくご覧になって下さいね、削除されるかもしれませんから)■吉田秀和クローズアップ現代「吉田秀和のメッセージ」 . . . 本文を読む
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悲観的なバラード(ポエムNO.97)

2012年12月02日 | 俳句・短歌・詩集
思い出せることよりも思い出せないことのほうがはるかに多い。世界は鏡でできているわけじゃないのになにを見てもそこに自分の黒っぽかったり白っぽかったり 赤っぽかったりする断片が映っている息苦しさ。それが自意識だとするなら自意識のない犬や猫が うらやましくなる。中高年になると フジツボやイソギンチャクがふえてゆく。根をおろした岩礁から身動きできなくなる。海鳥がやってきて糞をしていってもきみはそこにしがみついていなくちゃならない。ああ なんだか眠いなあ。もう十分寝たはずなのに。 行為が意識のクサリからはなれて一人歩きしている。 . . . 本文を読む
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昭和は遠くなりにけり

2012年12月02日 | 写真集、画集など
降る雪や明治は遠くなりにけりこの俳句は、まだ学生だった中村草田男さんが、昭和6年(1931)に詠んだたいへん有名な一句。わたしの計算に間違いがなければ、明治が去って19年後の感慨なのである。だから来年ははや平成25年となるわたしが、「昭和は遠くなりにけり」と慨嘆しても、なんら不思議ではなかろう。昨日「つぶやき」で書いたように、友人がやっているネットラジオ「昭和ラヂオ」に招かれ、1時間半ばかり、友人2人とおしゃべりし、その内容を録音してきた。マイクロホンを前に、公開を前提にしてしゃべったのは、はじめての経験であった。あとでどう編集されるのか?出席した当事者にとっては、硬軟とりまぜた愉しい「昭和懐古談義」となった(^-^) . . . 本文を読む
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