二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

雑草にうもれた小さな国(ポエムNO.2-13)

2013年06月17日 | 俳句・短歌・詩集
雑草をかき分け かき分けしていくと
もう二度とはもどれない小さな国があってね。
ぼくはきみと そこで二十数年暮らしをともにしていた。
朝顔がとてもきれいでね。
水色という色が特別あつかいされて
尊敬をうけていた だれからも。

そんな国で ぼくはきみと暮らしていた。
すでに過去の思い出だけれど いまだって
よく覚えている。覚えているとも。
リヒテルが弾くピアノの「さすらい人幻想曲」の
・・・そうあの幻想曲のワンフレーズみたいに
雨は光の粒となって降りそそいだ。
足の悪い犬がクサリにつながれたままため息をついている。
どこにも出かけることができない一日の涯のほうで雨蛙が鳴いている。

ぼくはついさっき
ありふれた けだるい恋歌を聴きおわったところでね。
まだベッドに寝そべっている。
クルミの殻の中でゆれるブランコ
深夜には消え失せる街角の彫刻。
うつろな心が煮豆のように煮えているっていうのに。

そして そして・・・
長い航海からたったいまくたびれはてて帰ってきた人のように
見慣れた自分の部屋を茫然と眺めている。
ブランコはゆれつづける。
おととい落としそうになったぼくの心臓の奥で。
ウィスキーをそそごうと思っているグラスの底で。
もつれあう男女のみだらなしぐさのあいだで。

毀れてゆくものへの挨拶とでもいうように
ブランコがゆれる ゆれる。
そのあたりでは朝顔がとてもきれいでね。
ぼくは二十数年ぶりに 大粒の涙を流した。
その見慣れた部屋が もう忘れられてしまった
人のいない公園のように見えた。
雑草にうもれた小さな 小さな国のね。
ぼくはそこで きみを抱き寄せて 飛びっきりのキスを
長いキスをしたものだった。

ゆれるブランコ
ゆれる数千の記憶の果実。

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